第3話 拉致
「ふひひひ、ふひひひひ」
ある暗い部屋の一室で、一人の男がPCの画面を見ながら笑っている。彼の周りには多くの事件の書類が積んであった。
そして、その画面には一人の男が映っている。
「ふひひひひ、藤月……誠ぉ!!や-っぱり君が名無しなんだな!!ふふふ」
そう独り言をつぶやきながら、彼は画面を少しづつスクロールする。
「傷は全て鋭利な刃物によるもの、ほとんどの遺体はその傷以外はどこにも傷が無い。傷は全て頭、首、心臓のいずれかのみと。ふひひひ、完全にあいつの仕業じゃないか、そうとしか思えない」
なぜなら、この地域では同業者でも刀などという古臭い武器を使う人間はいない。彼は先ほどの戦闘を思い出し、うっとりする。
そのまま、さらに画面をスクロールする。
「最近新しいものはー、あの古本屋の店長かー」
画面上には朝のニュースとして、それが公開されていた。
この地域には6人の情報屋がいる。彼らは名前を明かしているものもいれば、明かしていないものもいる。その中で、名前を公開しているやつだ。画面上にはそいつの名前が書かれている。
「ふーん、やはーり殺し方は一緒、ふひひっ」
彼は窓のカーテンを開ける。すると、朝日が彼の顔を照らした。
「ん~~~~!良い朝だねー」
彼は体を伸ばし、机にある仮面をとる。そして、それを着けた。
彼の名前は誰も知らない。いや、もしかすると無いのかもしれない。
そのかわり、ある人間達が知っている名前が彼の名前だ。
Mr.999
「よーし、今日までにやりますかね!!」
そして、ミスター999はその部屋を後にした。その部屋には、鉄のような吐き気がするような臭いが充満していた。そして、茶色の皮製の財布からは厳しい顔をした男の顔写真が写っていた。後に、彼の階級は二つ上がることになる。
朝日がカーテン越しに1つの部屋を照らしている。その光はだんだんと時間が進むことで強くなっていく。その光はそこの住人の一人の睡眠を邪魔するように顔を照らした。
「……ッ!」
藤月誠は自室のベッドで眼を覚ました。しかし、その顔はまだ眠気を訴えている。彼は頭を掻き、あくびをしながら体を伸ばす。すると、手に何かやわらかいものが当たる。
横を見る。すると、そこには黒髪の幼い体つきの少女が寝ていた。すぅすぅと寝息をたてながら、可愛らしい寝顔を誠にのみ晒している。
「……」
誠は自分の上半身を起こし、その小さい頭を優しくなでる。
「……ん、んぅぅ」
誠は体を少し震わせ、月野の頭から手を離す。突然、月野が声を出したからだ。彼はばれたと思い、少し顔を赤らめる。しかし、何事もなかったように月野は、また一定の速度で寝息を立て始めた。
「……」
誠は月野への集中をずらすように、頭を反対方向をにして時計を見る。それには長針と短針が7時24分を示していた。それを見た誠はベッドから抜け出し、用意しておいたシャツとジーパンに着替える。
そして、洗面所に向かい洗濯機に洗い物を放り込むと顔を洗う。そして、タオルで水っ気をふき取ると、キッチンへと向かった。
誠は大きな冷蔵庫を開け、ふと考える。
「月野が好きなものって、何なんだ?」
誠はこの前まで短期間だが住んでいた家の冷蔵庫とは違い、我が家の食糧豊富な冷蔵庫を満足げに見る。しかし、この材料の中からどれを選んで朝食を作るか、それが問題だった。
「うーん。あ、そう言えば!」
誠は思い出す。月野がプリンを勝手に食べていたことに。
「あの時は有耶無耶にしたからなぁ、とりあえず月野は甘いものが好きなんだろうか?」
好きな男の子の弁当を作ろうとする女子小学生のように、誠は考える。
「うーん、甘いものか・・・・」
誠は一度冷蔵庫から水を取り、閉める。そして、水を飲みながら本棚から一冊の本を取る。それの表紙には、(良いお父さんの節約簡単お料理レシピ)と書かれている。料理を始めようとして買ったのは良いが、結局始められず本棚の中で埃をかぶっていたものである。
コンロを起動させ、お湯を沸かす。そして、インスタントの紅茶の袋を取りだしてコップに入れる。
そして、誠は椅子に座り本の目次のページを見る。項目から出来るだけ女の子が好きそうな料理の項目を探す。すると、大きく(~娘の心をガッチリキャッチ!可愛い料理で生活に彩りを~)という項目がある。項目のタイトルを考えた人間は、天才だなと思いながら彼はそのページを開く。
「なになに?パンケーキ……」
そのページには可愛いウサギが多くプリントされており、確かに女の子が好きそうな料理の写真が描かれている。
ピー!と湯が沸いた証拠として甲高い音が、やかんから発生する。誠はそれをコップに入れ紅茶を作り終える。そして、それを片手で持ちながら、また机に座りレシピを読み始める。
その中で彼の目についた料理はパンケーキだった。初心者でも簡単にできる!という見出しに引かれたのである。紅茶を飲みながらもしっかりと本からは目を離さない。
「材料・・・薄力粉150グラム、砂糖、卵、牛乳、ベーキングパウダー……」
誠は冷蔵庫とキッチンの引き出しからそれぞれの材料を出し、慣れない料理を始めた。
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「んんん…………ん?」
ベッドの中でゆっくりと月野が目を覚まし、その赤い眼が姿を現わす。そのぼんやりした目はきょろきょろと辺りを見回す。
「・・・・・まことさん?」
昨日、一緒に眠って貰ったはずなのだが隣にいない。その事実は月野に拒否反応を引き出す。
「どこ?まことさん……どこ?」
目から涙があふれ始める。また、いない。自分の近くにいた人が。
「どこ?まことさん……どこ?どこなの!?」
月野は布団の上で体育座りをして泣き始める。そして、昔のトラウマが蘇り始める。
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「赤い目!!」
「あいつ……外国人だったのかよ」
「忌むべき血・・」
「汚い!!!」
「いままであいつと仲良くしてたけど、もうやめようぜ」
「あんたのせいよ!!」
「吐き気がする」
「この家からでていきなさい」
「あなた浮気してたの?しかも外国人とっ!?」
「触るな」
「お姉ちゃん、なんでここにいるの?」
「浮気なんてしていない!!」
「月野火凛はもう第1級日本人とは、言えませんな」
「あいつを殺せ!!!一族根絶やしにしてしまえ!!!!」
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月野は自分の肩を抱く。体が震えている。
「やめて…………お願いだから、お願いだから、おね……がいだから、私から離れていかないで!!!」
月野は自分の存在を示すように、叫ぶ。そして、月野はいよいよ本気で大声を出して泣き始める。その時、月野が何かに包まれる。それは、少しごつごつしている。そして、だんだんと聞こえてくる。
「……!」
「……の!」
「つ……の!」
「月野!!」
その声は誠のものだ。それに気づいた月野は誠の中でゆっくりと落ち着いてくる。
「大丈夫か、月野?」
「ひっく、まことさん?」
しゃっくりをしながら、震えあがった月野は誠に抱きつく。誠は月野の頭をなでながら休ませる。
「怖い夢でも見たのか?」
「なっっ!!」
これがいけなかった。
「まことさん!私をこども扱いしないでください!!」
「ええ……」
涙の跡を残した月野は、誠から見たら完全に子供だった。しかし、彼女はそれを認めたがらない。
「さっきまで大泣きしてたじゃないか」
言い返すように、誠はさっきまでの月野の状態を言う。
「そ、それはぁ!!」
月野は顔を赤らめ、何かごまかす言葉を探す。しかし、なかなか思いつかず考え込んでしまう。
「えっと、んんん……」
その姿に誠は微笑み、安堵する。彼はさっきまで料理をしていたのだが、いきなりベッドから泣き声が聞こえてきたため、慌てて駆けつけたのだ。
「む~~~」
「……とりあえず顔洗ってきたら?あと、シャワーも。」
「……はーい」
月野は言い訳することを止めたようで、誠の言葉におとなしく従う。ベッドから出て、洗面所に向かった。
誠は替えのパーカーを取り出し、それを月野に渡す。そして、月野は洗面所へとつながる先程まで開けたままだったドアを少し強く閉めた。警告のつもりなのだろうか、いまだに裸を見られたことを気にしているようだ。少しするとシャワーが持つ独特の音が聞こえる。
ふぅとため息をつき、誠はキッチンに戻って慣れない料理を再開する。
今日は、夕方までは仕事が無い。つまり、誠は暇である。こういう日の時は、誠は刀の整備か外へあてもなくふらつくしかない。彼が月野を連れ帰ろうと決めた理由は、はたして暇つぶしなのか寂しさを埋めるためなのか。
「あっ、ああ~」
誠はホットケーキを裏返そうとするが失敗した。それは形が崩れ、明らかに本に掲載されているものとは比べられないものになる。
「…………難しいな」
誠は小さく呟き、それが一度出来上がるのを待つ。すると、後ろからドアが開く音がし、誠は焦る。
「まことさん、着替え終わりましたー」
「……あ、ああ」
「あれ?良い匂い!」
フライパンに乗っているそれの匂いは月野の眼を輝かせ始める。
「これは・・・・ホットケーキですか?」
月野はトテトテと誠に近づき、フライパンの中をのぞく。
「……まことさんって、料理下手なんですね」
「うっ」
月野の言葉が誠の胸に刺さり、誠はショックを受ける。月野はそんなことは知らず、近くにある本が目に入る。すると、何を思ったのか誠を押してどけようとし始める。
「えっ、なになに」
「んー!」
当然、誠は不審がる。しかし、月野は上目づかいで睨みながら押してくる。誠はその良く分からない勢いに負け、そこからどく。すると、月野は台所の方を振り向いて深呼吸をする。
「よし!」
気合いをいれたらしい月野は誠が失敗したホットケーキを近くの皿に入れる。そして、新たに素を焼き始める。
「月野……料理できるのか?」
誠は料理し始めた月野に質問する。
「はい、できますよ。私、昔から料理をしてたんです。」
「へぇ・・」
やはり女の子はこういうところが違うなと誠は思う。もし月野がいなかったら、冷蔵庫に入っているものを適当に調理して終わりだ。そのため、まともな料理などあまりしたことが無い。
「えいっ!」
「おお」
月野の掛け声とともに、調理されているものが一瞬以上一秒未満で宙に浮く。思わず、誠は月野の掛け声に同調する。そして、パスンと音がしながら綺麗にそれは裏返った。
「おお、すごいな月野」
誠は自然と頭をなでる。月野の頭はまだ少し湿っていた。月野は猫のように眼を細め、されるがままになる。月野が小さくガッツポーズを取る。
「月野?」
しかし、誠がそれを見ていることに気づき顔を赤らめる。そして、手を後ろに組み、そっぽを向く。
「どうしたの?」
「なんでもありません」
「?」
そっぽを向いたまま月野は返事を返す。誠はその行動が理解できない。
(なんで?・・・まぁいいか)
「月野、朝食作るのを任せても良いか」
誠は理解することを放棄し、月野に頼んでみる。そして、誠は玄関へと向かう。
「えっ、はい……いいですけど。どこに行くんですか?」
誠の手が頭から離れ、少し月野はしかめつらになる。誠の背中を見ながら、質問を投げかける。
「ちょっとねー。まぁ、すぐに戻るよ」
そう言い、誠はサンダルを履いて玄関を開けようとする。すると、服の裾を掴まれた。
「私も行きます」
「……朝食は?」
「行きます!」
月野が裾を掴んだまま誠に意思を表示する。先程まで嬉々として作っていたのに……。
「じゃ、いいや。行かない」
「良いんですか……?」
「いいよ、早く朝食を作ってくれないか?」
誠はサンダルを脱ぎ、また部屋に戻る。
「はーい!」
月野は駆け足でキッチンに戻る。
ここでまた分かったことがある。月野は何があったかは分からないが、彼女には全方位の他人から強い拒絶を味わったことがあることだ。
(俺と同じか)
誠はそう思い、合点がいく。自分が何故月野に特別な感情を抱いていることにだ。所詮は、傷の舐め合いなのかもしれない。
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「「いただきます」」
2人そろって手を合わせ、食事の合図を行う。机には2枚それぞれ2皿ずつホットケーキが置かれている。そして、トッピングとしてメープルシロップとマーガリンがある。
誠が先に手をつける。ナイフで一口サイズに切り、フォークで刺して口に運ぶ。その様子を月野はじっと見ている。
「……うま」
「本当ですか!」
「うん。本当においしい」
「へへ~」
月野はとても嬉しそうだった。そして、彼女もナイフとフォークを持ち食事を始める。
「あのさ月野」
食事を続けながら、誠は月野に話しかける。
「なんですか?」
「服、欲しくないか?」
「……そりゃあ、欲しいですけど」
誠は気づいていたのだ。月野を他の住人に見せた時の自分に向けられる奇異の視線に。月野は裸パーカーだ。しかも、見た目は幼女と来たものだ。
どう考えても、誠が変態野郎である。このままじゃオチオチ外にも出かけられない。
「じゃあ、今日買いに行かないか?」
相手は女子だ。服には眼が無いだろうと思い、喜び笑顔になる月野を予想していたが、実際は違った。月野は手を机に置き、俯く。
「えっ?えっ?どうしたの?」
「……いえ……」
「あの、いいんでしょうか?」
「……なにが?」
「そんな……服を買ってもらうとか、いろいろしてもらって」
月野は今更なことを言う。人の優しさに怯えているんだろうか。
「……別に、僕がしたいと思ったからやってるだけだよ」
「そう……ですか」
「気にするな。早く食べなよ、僕が作ったわけじゃないけどさ」
「はい!」
月野は笑顔に戻り、誠は安堵する。
「これ食べ終わったら服を買いに行こうか」
「はーい!」
笑顔の月野は可愛らしい。そう感じる誠だった。
居酒屋[康身]の看板を背に、約130度・約2キロ離れたところにあるビルの屋上からMr999は監視していた。正確に言うと、ビルの屋上に張ったテントの中から、約5時間前からである。そこから望遠鏡を使うことによって監視している。
ポケットから一定の音が鳴る。その音が電話を知らせるものだと瞬時に彼は理解する。望遠鏡から眼を離さず、彼は携帯の電話に出た。
「もしもしー?」
「999か?」
「どなたですかー?忙しいので切ってもいいですかー?」
電話の声は現在の依頼者だろう。そのことは分かっているのだが、彼は退屈していた。彼の声は楽しそうに相手を煽ろうとする。しかし、
「依頼は遂行できそうか?」
電話の声は彼の挑発に乗らない。多分、赤色の男のほうだろう。999は相手に聞こえないように小さく舌打ちする。
「あーうん。できるできるできまーすよー。それではー」
途端につまらなくなった彼は電話を切る。呼びとめるような声が聞こえてきたが、不機嫌になった彼に聞く気は無い。彼はそれの電源を切り、胸ポケットにねじ込む。
(嫌なタイプだよなー今回の客はー)
彼は殺し屋だ。殺し屋は殺人鬼や殺戮者とは違い、人を殺すことを商売としている。つまり、客とのコミュニケーションが必要なのだ。そこの1点だけはサービス業の仕事と変わらない。その中で、やはり好きにはなれないタイプは、自分中心の客だ。
自分中心のやつは、成功しても文句をつけてくることが多い。今回の仕事は内容が良いが、依頼者は良くなかった。よって、彼は電源を切ることで依頼者の存在を忘れるようとしたのだ。
(期限さえ守れば大丈夫だろー。何でこう日本人って奴隷気質なんだろうなー?)
彼がいつも思っている疑問だ。そして、彼はその答えを見つけてはいない。しかし、彼はそんなことはどうでも良くなる。
「でってっきったーーーーーーーーー!!!」
彼は興奮する。今日、自分と戦うことになる男だ。別名『名無し』。
望遠鏡で見える彼は、やはりあの黒い箱を持っている。どうやら、いつも常備しているようだ。横には昨日見た少女もいる。途中までは彼女がターゲットになる。
「発進ー!」
彼は横にあるPCと小型探査機を起動させ、ふたりの元へと飛ばす。かれは2人を対象として設定する。そして、かれはもう一つの自作携帯を起動させPCの連動設定を行う。そして、優先度を少女の方に高く設定する。
「……よーし、終ーわり!」
彼の自作携帯はコミュニケーションツールは使えない。ただ彼のPC等を遠隔から操作したりすることしかできないものだ。しかし、それは外部からの情報盗難ができないことを意味する。
2人が歩いて行くところを自作携帯は画面上に映し出している。これで拉致するまで彼らの居場所を探知することができる。
「よっし!じゃあこれらは片付けますかー」
彼はPCと探知機以外のものを片づけ始める。朝食の残骸などはゴミ袋に放り込み、寝袋や望遠鏡などの器具などはリュックに詰め込む。
「ふふひひひひひひひひ」
彼は片付ける最中、笑いを止めることができなかった。自分の胸に手を当てる。すると、いつもの仕事の何倍も激しく胸が高鳴っているのを感じる。
彼は昨日の戦闘を思い出す。自分を驚かせた彼と彼の黒い刀。それを思い浮かべただけで、さらに押さえきれないほど胸が鼓動する。
「あっ……はぁぁ……」
思わず喘いでしまう。戦うまでに理性が自分を押さえてくれていられるか心配になってくる。
「藤月……誠君……楽しみだねぇー」
彼は映像に話しかけてしまう。こんなトキメキは久しぶりなのだろう。
「……暑い」
「……まぶしい」
誠と月野は玄関から出てきて、最初に環境の感想を言いあった。誠は頭が勢いよく熱を持っていくのを感じる。月野は手に持っていた水色のリボンがついたワラ帽子をかぶる。店内に無造作に置かれてあったので、拝借したのだ。
彼女は誠の顔を見上げる。子供っぽい顔だなと誠は思うが口には出さない。経験上のため。
「あはは、ずれてる」
誠は一度箱を置く。そして、ずれているわら帽子を月野の頭に被せ直した。途端に月野の頬が膨らみ、誠はそれをつつきたい衝動に襲われる。
「むぅ、笑わなくてもいいじゃないですか!」
「ごめんごめん。じゃ、行こうか」
「はーい」
月野は両手をポケットに突っ込み、右方向に歩き始める。
「月野ー」
「なんですか?」
誠は月野を呼びとめる。誠の右腕と人差し指は月野とは逆方向を指さしている。
「目的地はこっちだよ」
瞬間、月野の暑さによって紅潮した顔はさらに赤くなり、眼はギラギラさせる。誠はそれを見て何故かニヤニヤしてしまう。月野はワラ帽子のつばを両手で引っ張り、顔を隠しながら誠に近づく。
誠は可愛いなと思い、月野の頭を撫でる。月野は抵抗はしないものも、撫でた瞬間に歩くスピードが速くなる。
誠は小さく笑い、月野を追いかけ左横を歩き始める。そして、月野の歩幅に合わせて歩く。
「んっ!」
すると、月野が小さい左手を差し出してくる。もう片方の手はワラ帽子を引っ張ったままだ。月野の左目がちらちらとこちらを見ている。
「……」
誠はその手を握る。汗ばんでいるので嫌がると予想もしたが、彼女は嫌がりはしなかった。
「月野はどんな服が欲しいんだ?」
話題を持っていくことで沈黙を破っておこうと誠は思い、月野に質問する。
「……うーん、可愛いものがいいです」
「可愛いものかぁ」
「こうお姫様みたいのが良いです!」
誠は今思った。この体に合う服って子供っぽい服しか無いのではということに。
そして15分後。
誠達は衣料品店の前にいた。
「まずは今の服装をどうにかしなければ」
誠はいくつかの覚悟を決め、月野と一緒に店内に入る。まだ午前中のため人は、あまり入っていない。しかし、店内に店員はいた。
「いらっしゃいませー……!!」
入ってきた客に気づいた少し鼻が高い中年の男の店員が、誠達を見て挨拶をする。しかし、その2秒後に店員の顔は驚いた。
「くっ!」
当たり前だ。どう見ても、若い男が幼女に裸パーカーで連れまわしている構図など、ただの変態の所業である。誠は覚悟していたのだが、それでも精神的にダメージを負った。
「今日は、何をお求め・・・・でしょうかー?」
顔をこわばらせながらも正しい対応する。しかし、眼が犯罪を犯した人間を見るそれだった。正しい対応なのだが、誠に襲いかかる精神的なダメージは絶大だ。しかも、月野は誠の後ろに隠れてしまう。
「ええと、妹に合う服を探しに来たんですけど……」
誠は適当な嘘をつく。しかし、信じて貰えるかどうか誠は不安になる。それもそうだ。日本のどこに妹に裸パーカーさせる兄がいるだろうか。
「はぁ、兄妹ですか。……まぁ、こちらにどうぞ」
店員は疑いの眼を晴らさないが、それでも案内してくれる。善人だなと誠は思った。多くの衣服の羅列の中から女性服のコーナーに案内してもらう。
「こちらになります、ゆっくりとお探しください・・・」
疑惑の眼は持たれたまま、店員は去る。誠はこの間、愛想笑いをするしかなかった。しかし、それがさらに店員の疑惑の色を強くさせたのを誠は知らない。
「さ、月野。とりあえず何着か選んでくれ……」
向き直り、月野を見るとおう服を選んでいた。その眼はきらきら輝いている。
「まことさん!これ!これがいいです!あ、これも!」
月野はぴょんぴょんとその場で跳ねるようにはしゃぐ。
「はいはい」
誠は近くにあったカゴをとり、月野が欲しいと言った服のSサイズを入れていく。周りにいる店員が奇異の目を向けているが、誠は出来るだけ無視する。他にあまり客が入っていないため、騒いでも怒られないだろうが視線が誠にはそれを許そうとはしない。
「あ!このスカート可愛い!」
身長が低いせいか視線をあまり感じず、月野は大興奮である。誠と月野の温度差はかなり激しい。
カゴが半分ぐらい埋まりそうになると、流石に誠はブレーキをかけ始める。
「月野?そろそろ試着してきて欲しいんだけど……」
「えっ……ぁ、はい。すいません、大げさに興奮しちゃって……」
一気にモチベーションは下がるが、何故か誠はバツが悪そうな顔を浮かべる。月野に遠慮させてしまったのか、誠は心配になってしまう
「う、うん。いいから試着して選んでくれ」
「はい!」
しかし、それは杞憂だったようで月野はかごを持って、軽い足取りで試着室へと向かう。誠は試着室の前で待とうとする。しかし、すぐに彼女はでてきた。その顔は冷房が完備された店内の中のはずなのに紅潮している。
「どうしたの?」
彼女に聞くと、彼女はワラ帽子を誠に押し付けて、どこかへ走っていく。
「なんなんだいったい……」
そう呟くと、またすぐに戻ってくる。手には何かを持っている。彼女は息切れを起こしながら、それを誠に押し付ける。
「なにこれ?」
誠はそれを見る。それは下の下着だった。瞬間、誠の顔は凍る。
「すいません……下着無いと、流石に……」
月野が何か言っているが、それは誠の頭の中の優先度では圧倒的に低い。
(つまり、これを買えというのか……俺に!?いやいや俺ここに二度と来れなくなるよ?俺の服が買えなくなるよ、下手したらブラックリストの仲間入りじゃないか。最悪、警察沙汰だぞ!何か手は無いのか!?なにか!なにかあああああああ!!)
月野の服装に慣れ始めていた誠は、高速に現実へと戻される。今の今まで問題と強く感じなかった誠の脳は熱で駄目になっていたのかもしれない。
「月野」
「はい?」
誠は笑顔で、財布から野口さんと500円玉を取り出す。そして、レジを指さす。
「買い物の方法は分かる?」
「いえ・・・よく分かりません」
誠の予想通り、月野は知らないようである。良い機会だと思い、誠はお金を見せる。
「良いか月野?これはお金という。」
「知ってます」
「なら良い。これらをあそこに出してくるんだ」
「はぁ、わかりました。」
月野はお金と下着を持ってレジに向かい、それを台の上に置く。店員の顔は引き吊っているが。ちらちらと誠の方に見ながら、月野の相手をしている。誠はしゃがむことで店員達の視線から逃げる。誠は思った。早くここから出ていきたいと。そして、心が折れそうになっていると月野が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか、まこと?」
「あ、ああ。うん。じゃあ、気に入ったやつ選んでくれ」
「じゃあ試着してきますね!」
「早急に頼む」
「はーい!」
月野はニコニコしながら、また試着室に入る。
誠は試着室をボーと眺めていると、ポケットに入れておいた携帯が振動する。起動して見てみると、それは何通かのメールだった。
全部で3件。店長と高橋姉妹からだ。まず店長のメールを開く。
[今どこにいるんだ助けてくれ。
莉奈君にいろんな面で殺されそうになってる俺がいる。
ぜひ助けてほしい。・・・]
誠は消去の項目を即座にタッチする。誠はゴミをしっかり廃棄するタイプなのだ。さらに後にも何かが書いてあるようだったが、誠の心に読む気は全く起きなかった。
次に高橋莉奈のメールを開く。
[今日の晩御飯は何がいいですか?
店長の預金口座が使えますけど・・・。
何でも頼めますよ(*^_^*)]
最初普通の内容そうだが、店長の預金口座が破綻しかけていた。なるほどいろんな面で殺されそうとはそういうことかと誠は納得する。そして、迷い無く『寿司』と打ち込み返信した。
ザッと勢いよくカーテンが開く音がし、誠は顔を上げた。そこには先程までとは違い、かなりカジュアルな格好をした月野が立っている。あと、少し恥ずかしそうな顔をしている。
全体的に白を基調とした服装で、上から女子が好きそうなデザインがプリントされたTシャツ、ピンク色の短いスカートだ。月野は細い体つきなので、ネットにのっている妥協女子とは違い、似合っている。
「へぇ、可愛いじゃないか」
率直な意見を投言する。
「そ、そうですか?えへへ」
月野は途端にニヤニヤする。
(やっぱり、まだ子供だな)
と、思う。まぁ、そんな子供のパンツごときに動揺し、理由をつけて堂々と買いに行くこともできない誠も子供だが。
「もうひとつ気に入ったものがあるんですけど・・・・そっちも試着してみても良いですか?」
「ん?ああ、いいよ」
(早くしてくれ)
流石に、店員からの奇異の視線もほとんど無くなっている。だが、誠はいまだ思い込みによって変態に見られていると勘違いしていた。
誠はそれを無視するように携帯の残り1通を開く。送り主は高橋響からだ。
[おにいちゃん、お姉ちゃんが『やっぱり若い方がいいの?
これは浮気と扱っていいんだよね?』
って言ってたよ。返ってきたら対処よろしくね?
とりあえず、縛り付けておくから]
莉奈には虚言癖がある。これは最初にあった時からそうだった。こればっかりはどうしようもない。多分、効果が切れかかったのだろう。了解と打ち込み返信する。
店長はとばっちりを受けたのだろう。しかし、誠の心にあの返信の後悔はしていない。誠は寿司が大好きなのだ。
そして、返信が完了すると同時にカーテンが開く。
次は全体的に赤色と黒色を基調とした服装だった。先程の服装を見たせいで少しカラフルに見える。雰囲気としては先程よりも静かな感じだ。あと、重い。
黒いシャツに赤色の半袖の上着、下は少し丈が長い紫色のスカートだ。今着ていたらかなり暑そうだか、夜間に着るには適している。
「どうですか?」
試着室の中で月野はクルンと一回転する。
「さっきのよりも良いんじゃないか?」
「まことさんって、地味な服装が好きなんですか?」
質問に質問で返される。しかし、誠は否定しない。世の男は皆、地味言い換えれば清楚な女が好きなのだ。しかし、偽清楚を見たことがある誠にとっては月野はある種の天使に見える。
「うん。地味なほうがおしとやかな感じがするしね」
「それはちょっと分かります。服装ってその人の第一印象を決めますもんね」
うんうんと月野は頷きながら喋る。すると、月野のお腹が小さく鳴る。
「あ……」
誠は時計を見てみると、もう正午を越えそうだった。
「ご飯食べに行こうか?」
「……はい」
「じゃあ、一度元の服装に戻ってくれ」
誠の言葉に月野はキョトンとする。
「なんでですか?」
「レジに出さなきゃいけないから」
そう言うと、月野は合点がいく。
「なるほど、わかりました」
そして、またカーテンを閉める。中からは、衣服を脱ぐ音が聞こえ始める。
誠は携帯を使って近くのコンビニを探す。そこで月野を着替えさせれば、自分への疑惑の目も少しは晴れるだろうと考えたのだ。
カーテンが開き、裸パーカー(表面上)の月野が現れた。一瞬、これはこれでと誠は思う。先程と違うのは、直接見えない(あたりまえである)が下着の有無だけだろう。
「それじゃあ誠さん、お願いします」
「了解」
2セットの服をかごにいれ、それをこちらに出してくる。誠はそれを受け取り、同時にワラ帽子を月野の頭に被せた。
「んぅ……」
月野は両手を使って、しっかりと帽子をかぶり直す。その間に、誠は月野から離れ財布を出しながらレジへ向かった。
「あっ、待ってください!」
移動し始めた誠に気づき、月野は呼び止めながら追いかけ誠の横につく。遠い眼で見れば、彼らは兄妹にもみれるだろう。
「とりあえず、この後はどこかで昼食をとろう。月野は何が食べたい?」
「そうですね……」
レジで精算を済ませながら、ふたりは今後の予定について談笑する。
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現在の日本は、過去のように都道府県で分けられていない。理由は多々あるが時代の流れがそれを消したのだ。
そして、現在の日本は東京群・中京群・西京群に大きく3つにわかれている。そこから地理的に右から若い番号で、さらに振り分けられている。それはもともとある市町村で分けられていることが多い。
現在、群どうしの境界線を越えることは政府が禁じている。明確な理由は不明である。
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誠達が住む市の隣の地域は、まるで人っ気が無い場所だ。
そこらじゅうにあるものは全て破壊される寸前かと思われるぐらいに損傷が激しい。コンクリや建物・窓はひび割れ、信号機や電灯だったものは錆ついている。とてもじゃないが、人が住めるような環境では無かった。アクシデント=ワンの弊害の影響が強い地域だ。
太陽がそれらに追い打ちをかけるかのように、ギラギラと熱で無人の建物の劣化速度を高める。
そんな危険地域のある建物の一室の床にシーツをひき、999は眠っていた。これから起こすことの準備のためだ。彼はほとんど不眠の状態で、この一帯を先程まで駆けまわっていたのだ。どんな人間でもこれでは体に疲れがたまってしまう。
「ぐ・・・がぁー」
寝がえりをうちながら、いびきをかく。彼の寝ている横にある机には、小銃とナイフがそれぞれ15ほど置いてある。そして、近くには仮面が置いてある。
しかし、だんだんと静けさが無くなってくる。
ばりばり……ばり……ばりばり……ばりばりばりばりばりばりばりばりばりと、嫌な音がし始める。
「あ、あああがががががががっ」
その音源は999が手で頭をかきむしる音だった。彼の顔は苦痛に歪むが、どんどんと音は激しくなっていく。
シーツには赤い斑点が描かれ始める。そして、彼の手は両手となり、やがて顔全体を掻きむしり始める。
「あぐっ!、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅが、あああぁぁ……」
彼の顔からも液体が流れ、新たに滴となり落下する。時々、液体では無い固形のゴムに似た感触がする物体が飛び散った。
急に、部屋に響いていた音が消える。彼の手が止まったのだ。そして、彼の上半身がムクリと起き上がる。
999はビチャビチャに濡れた手をゆっくりと自分の口の前に持っていく。彼は舌を出し、ついているものを丁寧に指を一本ずつ舐めとり始める。
今度は粘着性のある液体が出す独特の音が部屋を支配する。それは5分ほど続き、全て舐めとる。そして、口を動かしてそれを味わう動作をする。
999の右手が仮面を取る。彼はそれを顔に着けると、這いずりながらPCを起こす。数秒後に映像が表示される。そこには、食事をしながら談笑してるターゲットが映る。
「……」
999はあるコマンドを打ち込む。すると、画面に現在の情報が表示される。そこには、現在の位置などが表示されている。
彼らの周りを見ると人が多い。午後からが営業の人間が徘徊しはじめるためだ。あと1時間もすれば、拉致するのに良いチャンスが多くできるだろう。
「いくかー」
999はPCと睡眠薬をバッグに入れる。それを持って外に出ると、大型車がとめられている。もちろん彼のではない。昨日、情報収集に出かけた時に幸運にも手にいれられたものだ。幸運にもだ。
「彼には感謝しなきゃなー。名前は……なんだっけ?」
彼は首をかしげ、3秒間考える。
「ま、いいか」
彼は足を動かて進み、車に乗り込む。それの後ろには色々な機械が乗せられている。そして、エンジンをかけると車は少し振動する。
「出発しんこーう!」
車は動き、隣の人間が住む市へと移動し始める。
「この調子ならー、15分でつくかなー?」
ヒビなどで歪んだ道の上を悠々と走らせながら、999は歌い始める。彼にとっての至福の時間が刻々と彼の行動によって近づく。
「藤月っまこっとく~ん!早くやりたいね~!」
彼の口は、仮面からはみ出すほど斜め上に持ちあがった。
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誠達はファミレスにいた。もちろん昼食をするためだ。しかし、もうひとつ目的がある。月野の着替えだ。
月野があの姿で入ると、誠が犯罪者の眼で見られるのだ。しかも、だんだん人が多くなってきたことにより辺りを歩いているだけで360度から汚いものを見るような視線を感じたのだ。
若い美人のOLの眼は、誠の青年の心を叩き壊しかけた。他にも色々、(以下省略)。
現在、月野はトイレで着替え中だ。もうこのままでは、誠の鉄メンタルは集中砲火によりバラバラにされてしまう。
「すいません、おまたせしました」
「あ、着替え終わったの?」
月野だと思い、声がした方を見る。
「はいっ?」
それはウェイトレスだった。しかもなかなかの厚化粧のオバサンな訳で。
「あ……すいません。なんでもないです」
「はぁ」
不審なものを見るかのような眼をされたまま、注文した料理の一部を紹介されながらテーブルに置かれる。そして、無言で一礼されて戻っていく。
誠はため息をつく。午前中のうちに、精神的な疲労はピークを越えてしまったのだ。主にそのようになると考えなかった誠が悪いのだが。
「すいません、お待たせしました」
「ん」
今度は騙されないように、無言で声がした方に振り向く。
「へっ!?」
すると、それは月野だった。しかし、何故か怖がっているご様子である。
「着替え終わったの?」
「えっ……あ、はい。どうですか?」
「似合ってる似合ってる」
「そうですか?……えへへへ」
月野が一瞬怖がったが、何事もなかったように笑顔を見せる。
「……まことさんが上から見下ろすの……ちょっと怖い」
月野がボソッと呟く。
「???」
辺りがにぎやかなせいで、誠は月野が呟いた言葉が良く聞き取れなかった。
「あ、サラダ来てたんですね!!」
「ん?あ、ああ。食べるか?」
「はい!もちろん!!」
笑顔の月野は誠に向かうように座る。2人は手を合わせる。
「「いただきます」」
誠は小皿に野菜を取り分け、差し出す。しかし、月野はそれに手をつけようとしない。
「食べないの?」
自分の野菜を取ってドレッシングをかけながら、月野に聞く。
「……」
しかし、月野は黙ったままだ。
「月野?」
月野が何故か手をつけようとしないため、誠は不審に思う。心なしか月野の顔が赤い。そのまま、誠はフォークをサラダに突き刺し、それを口の中へと持っていく。
「!!!」
その時、月野の顔が急激に赤くなった。
「ちょっ、大丈夫?」
月野は誠の心配を示す言葉を聞いていないようだ。誠は本気で心配してしまう。
「ま、まことさん」
「何?どうしたの?」
誠はどんな症状の訴えが出てくるのか心配になる。しかし、
「……大丈夫です。なんでもありません」
月野からは無事の報告をされる。誠はますます混乱してしまう。
「いや、……」
月野は俯き、何かを呟く。
「ま、まことさん!!」
「は、はい!!」
いきなり誠は大声で呼ばれ、驚く。周りにいた客もこちらを振り向く。
「わ、わわ、わたし……に、それ」
月野が小さい手の人差し指で誠のプチトマトを指さす。
「トマトがどうしたの?」
誠は質問する。ある意味、ストレートに。
「わわわ、わた、わたしに、そのぉ……く、くれないかなーって」
「あ、ああ。いいよ」
「ほんとですか!?」
月野が赤面しながらも顔を上げる。
「そ、それじゃ・・・」
月野が机に身を乗り出しながら、口を開けようとする。
「はい」
誠が月野の皿にプチトマトを置く。
「えっ」
現実は無慈悲だ。誠は年齢=彼女いない歴を日々欠かさずに更新している人間なので、月野がして欲しかったことを理解できなかった。誠の生き方にはそういうものは今まで邪魔しなかったからだ。努力と知識さえあれば誠もモテルはずなのだが。
「あれ?なんかおかしかった?」
誠は理解していないようで、月野に問題点の申告をさせようとする。
「いえ・・・」
先程までの月野の頭の中では昔見ていた少女漫画のシーンの1つである。『はい、あーん?』が表示されていたわけだが、なにぶんああいうのは本能全開の男子がやることだ。理性のほうが圧倒的にまだ強い誠に期待するのは無茶というものである。
月野はしょんぼりとしてしまい、誠は理由を考える。
そのままお互いに無言でいるとメインディッシュのハンバーグとオムライスがやってきた。
「はんばーぐー!」
月野は自分が食べたいものが来たことにより、また笑顔に戻る。
コロコロと表情が変わるところは、やはり子供のようで15歳というのが本当かどうか疑ってしまう。彼女につられて、誠も小さく笑った。
月野はナイフとフォークを使い、それを一口サイズに切る。そして、それを口へと持っていく。
「あふっ!あひゅい!」
その瞬間、月野が悲鳴をあげながら口を開閉する。その間に、誠の頼んだナポリタンを店員が持ってくる。店員は少し驚いた顔をしながらも、微笑を浮かべキッチンへと戻っていった。
「大丈夫?」
誠も笑いながらフォークを取る。そして、月野に冷水の入ったコップを寄せた。
「あひゅいでふ」
どうやら月野は猫舌のようだ。月野は誠が寄せてくれたコップを取り、口にそれを流し込むことで温度を下げる。そして、コップが空になると月野は少し強くため息をついた。誠はその一連の様子を眺めながら、笑みを浮かべている。
店内の音楽が激しい音楽からゆったりとした音楽に変わる。誠はフォークをパスタに軽く刺し込みながら持ちあげ、2・3回それを回す。そして、それを口へと運んだ。
「うん、おいしいな」
「そうでふね」
誠が感想を言うと、月野がそれに反応する。しばらく、彼らは手と口だけを動かし食事を取る。
「月野」
「なんですか?」
突然、誠は手を止めて皿のふちと机に一度フォークを置き、月野を呼ぶ。月野は顔を上げ、誠の呼びかけに応じる。その赤眼に映る誠は厳しい表情だ。
「もしかして、君は……第1級日本人じゃないのか?」
月野の表情が一瞬にして固まる。誠は今の反応で確信した。
彼女、月野火凛は第1日本人だということに。
「な……なんでですか?」
月野は震えながら理由を求める。赤い両目は右へ左へとおぼつかない動きをする。
「まずね」
誠は一拍置き、
「第2級日本人にホームレスは、ほぼ存在しないんだよ。旅人とかそういうの以外は」
月野の眼はまた下へと向かっていく。
現在の日本では、第1級日本人が政治をし、第2級日本人は国内での繁栄を、第3級日本人は恒久的な労働によるエネルギーの生産を司っている。
そして、第級2日本人の中で18から23までに職に就けないものは全員第3級日本人となるという法律もある。つまり、全ての国民は職についているということだ。よって、月野のような子供がホームレスになることは無い。もし、親がいなくなってもその子供達は第3級日本人になるだけだ。
しかし、月野はホームレスでありながら公園で生活しており、庶民の生活で知らないことが多い。そればかりか、時に上品な振る舞いをする。
つまり、少なくとも第2・3級日本人では無い。しかし、第2級日本人の中でも貧富の差はある。だから、第2級日本人の上流家庭の生まれという可能性があった。
し かし、誠の質問により見せた月野の反応は、より顕著に肯定の意を見せた。人は図星や隠し事を突かれると自然と興奮する。それが突然であると、それはとても分かりやすいものだ。そして、それはとても正直である。
ここで見せた月野の反応に誠は安堵していた。
「……そうです……か」
「ああ」
月野はそのことも知らなかったようだ。15歳というと、まだ中学3年生だ。
(やつらは事実を子供に教えていないのか)
「ああ、ごめんごめん。月野をどうこうしようというわけじゃないんだ。だから、ナイフの持ち方を変えて?」
「・・・・」
月野は皿にナイフを置き、足の上に手を置く。しかし、顔は俯いたままだが。
「ありがとう」
誠は月野の行動に礼を言う。
「まことさんは・・・」
「ん?」
月野が何かを呟く。しかし、
「いえ……なんでもないです」
「そうか」
そして、誠はまた食事を再開する。また、月野もそれに続いて再開する。
(食事中に言うことではなかったかな?)
月野の暗くなってしまった顔を見て、反省する。太陽が雲に隠れたのか辺りもまるで一瞬で暗くなった。周りは喧騒に包まれる中、ふたりは静寂に包まれていそうな雰囲気だ。
誠は手を伸ばし、他よりも小さいメニュー票を取る。それをペラペラとめくり、それを流し読みする。あるのはアイスクリームやパフェ、ケーキなどだ。
すると、先程まで顔を下に向けていた月野がこちらを見ている。それに気づいた誠はメニュー表で吊り上がる口元を隠しながら言う。
「月野は何か食べたいものはある?」
すると、月野の顔は少しだけ光を取り戻した。
「……はい!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ある事務所の暗い裏部屋で、赤髪の男は電話をしていた。相手はもちろん依頼を引き受けた999という暗殺者だ。受話機からは彼の声が聞こえる。
「と、いうことでー。拉致した人間はこちらが指定するところで引き取ってねー?」
「ああ、了解した。」
「それじゃあ引き渡しの場所を言うよー?」
相手は機嫌が良さそうな声で合図する。それに応答すると、彼は言われることを全てメモにとり始める。
1分ほどでその作業は終わり、相手から勝手に切られた。多分、掛け直しても出ないだろう。
隣の部屋からは大声が聞こえる。金髪の男の声だ。ここでは、それがいつも通りの日常なのだ。
(いや、……俺の日常だな)
椅子に座り、大きく息を吐きながら眼をつむる。すると、あの時のことを思い出す。今生きている誰もがあの時のことを忘れることなどできないだろう世界の過去。
彼は眠るように力を抜きながら、回想する。
~私立大学の中でも有名だった聖コーレッジ大学を俺は卒業した。そして、同時に国家公務員として最後には管理職につく約束された道が俺の人生にあった。
俺は今まで努力し、自分の人生を順風満帆にする気だったのだ。そのために昔から努力し続け、皆が遊んでいる時も自分は独りで努力し続けた。苦しさをばねにしながら立派な大人の人間になろうとしていた。
そして、初出勤したところでは俺を皆が祝福し、拍手しながら迎えてくれた。しかし、その一ヵ月後に、・・・・俺の全てが破壊された~
彼はゆっくりと眼を開ける。そして、薄暗い部屋の中に座っている自分の状況を何も写らない天井を見ながら再確認する。
手がポケットの中にある煙草を取りだし、容器の中身を一本取り出す。それを口に持っていくと、煙草が持つ独特な匂いを感じる。近くに置いてあるライターの火を付け、それを煙草の先端に近づける。口を完全に閉じ、ゆっくりと吸い込むと煙草の香りが体内に侵入するのを感じる。そして、煙草をくわえたまま大きく息を吐く。
これが無ければ何もやる気は起きない。酒・煙草・女は男の嗜みというのが彼の今の考えだった。今まで生きてきて、出した答えだ。
彼はもう一度軽く吸うと、机の上にある書類に目を通し始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おいしいか?」
「はい!」
月野は並べられたデザートを口に放り込みながら返事をする。その顔はとても幸せそうだった。ちなみに並べられているのはアイスクリームバニラ、チョコパフェ、わらびもち(それぞれ税込850円)だ。
先程アイスを食べ終わり、現在はパフェの器と月野の口の間をスプーンが何度も往復している。それは15分後に全ての皿が空になるまで続いた。
「さて、何か欲しいものはある?」
月野は人差し指を口に当て考える。
「うーん・・・特に、無いですね・・・」
「そうか、じゃあ帰るとしますかね。道中で欲しいものがあったら買いに行けばいいし」
「そうですね」
早々と結論が出る。月野は遠慮しているのだろうが、そういうものは慣れれば無くなっていくだろうと誠はもう一つの結論を出した。
誠はポケットから財布を出し、総合値段が書かれた紙を取りながら席を立つ。
「あ、あの」
すると、月野が何かを言いかける。
「何?」
即座に聞き返す。月野は眼を一度横に反らすが、すぐにこちらを見て口を開く。
「あの、……何故私なんかに、こんなに優しくしてくれるんですか?」
その質問は、誠にほとんど告白をさせる質問だった。月野はそれを自己的な安心を得るために無意識的にしてしまった。そして、彼女はそれに気づかない。
「・・・・答えなきゃ、駄目か?」
誠はなんとか逃げるように質問で返す。
「い、いえ。そんなことないですすいません!」
運が良いのか、月野は慌てて頭を何度も下げながら謝り始める。予想外の反応だ。
「あ、ああ。いいよ」
誠と月野は、やはり先程のことでギクシャクしていた。あれは完全に誠の失敗であり、誠はそれを自覚して反省する。その後、店から出るまで2人は無言だった。
後ろから聞こえるお決まりの感謝の言葉を聞きながら、ドアの外に出る。すると、とてつもない暑さが2人を襲った。
「あつ……、月野は大丈夫か?」
ワラ帽子を被っているので大丈夫かと思いきや、月野はふらふらしていた。店内で冷たいデザートを3つも食べれば当然の現象なのだが。
「ぅぅ……」
月野は誠にもたれかかるように倒れ込む。
「月野!?」
誠は驚き、月野の体を支える。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、ここで誠は完全な隙を生んだ。辺りから大きい叫び声や怒号が聞こえ始める。誠はそちらを見ると、誠の5メートル先にこちらに突っ込んでくる白いワゴン車がいた。
「!!!」
誠はとっさに月野を抱えて回避する。それはかなりギリギリで避けたため、誠の服の袖をサイドミラーがかすった。
そのままワゴン車は先程まで誠達の後ろの建物に突っ込む。瞬間大きく野太い音が辺りの空気を振動させる。
「月野!大丈夫か?」
「は・・・い・・」
月野は辛そうな顔をしながら返事する。誠は一度落ち着き、状況を確認しようとする。しかし、それは不可能となる。
ガスバーナーからガスのみが出ているようなあの音が聞こえ始めていることに、誠は気づいたが遅かった。
「まさか、」
それは先程車で突っ込んできた犯人が落としたのだろう。
「スモーク弾!?」
周辺は白い煙で覆われる。しかし、
(ここは外だ。20秒もすればこんなのは晴れるはず)
誠はこの煙の中で相手を撃つのは難しいと予測していた。犯人はおおかた理解できる。しかし、襲撃が早すぎるため別の人物の行動の可能性も誠は考える。
この誠の判断の甘さが、ケチをつけ始める。
「えっ?」
漂っていた煙の動きが急に早くなった瞬間、誠は右肩に強い熱を持ったことを感じた。そして、それは痛みだと高速で理解する。
「まことさん……」
月野が目を見開きながら何かを訴える。誠の手は月野の体から離れ、自然と右肩へと近づき押さえ始める。
ボタボタッと誠の姿勢が猫背になることで、そこから赤い液体がコンクリの上に落ちる。一瞬液体が蒸発するような音がした。
「まことさん!」
「クソッ・・・…」
月野が大声を出す。それは自然な行動だが今はそれはまずい。明確に相手に位置を教えてしまうからだ。
「一日ぶりだねー?」
楽しそうな声が聞こえ始める。昨日、今日との犯人だ。
「あっ・・・・・」
月野が悲鳴を上げたかと思うとその場に倒れる。そして、その後ろに現れた。
Mr999だ。
「名無し、藤月誠君。大丈夫?急所は外したんだから、動けるとは思うけどー」
誠は痛みに蠢くだけで、聞くのが精いっぱいだ。それを察したのか999は構わず話しかける。
「とりあえず時間も無いし、伝えておくべき事だけ伝えておくよ」
999は月野の腰を腕にひっかけるように持ちあげる。
「明日01:00に西の隣町まで来い。そこで僕と戦おう。来ない限りは彼女は助からないよー」
「な……」
誠は言い返そうとするが何もできない。
「医者はよんであるからー。んじゃ、ちゃんと来てねー?」
そう言うと999と月野は煙の中に隠れる。そして、ワゴン車が動き出す音がした。
(ちくしょう・・・…、完全に・・・・・やられ・・・・た。)
誠は999に負けたことを自覚し、そこで意識が途切れた。
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