第2話 第3東京群

 住人のほとんどが今、1Fの厨房に集まっていた。新たな住人となる月野を、誠が紹介するためだ。


 右から店長、莉奈と響、ふとった赤メガネ男、その4人の前に月野、月野の後ろにはしゃがんでいる誠がいる。


「ほら、月野。自己紹介してくれ。」


 誠は月野の背中を押して皆の前に出す。どうやら月野は大人数の前で言葉を出すことが苦手のようだった。


「わ、わ」


 月野は赤面し俯きながらも、自己紹介をしようとする。そんな少女に響が抱きつこうとするが、莉奈に服の襟を掴まれている。しかし、抱きつこうとはしないが、月野の振る舞いにはただ一人を除く皆がいやされていた。誠だけは月野がちゃんとできるか、ハラハラしながら見守っている。


「ま、誠君が母のような眼をしている・・・・!」


 店長が戯言を言っている・・・と、思いきや結構、的を獲た発言をする。


「ふむ、誠殿はロリコンだったのでござるな(笑)・・・っ」


 やけに嬉しそうな太った赤メガネ男の発言は戯言だった。それを認めない莉奈は渾身の一撃の蹴りを喰らわせる。


「いつもいつも!御褒美!ありがとうございまーーーーーーす!!!!」


 捨て台詞(?)のような発言をしながら、彼は何処へ吹き飛ばされていく。


「先にこちらから自己紹介する?」


 もじもじしている月野に、誠は助け船を出す。それに月野はコクリとうなづく。


「それじゃあ、紹介するね。」


 前置きを入れながら、店長に眼で合図する。店長は笑顔で応える。


「右から、店長の毛利宗次」


「おほん、よろしく」


「よ、よろしくお願いします・・・・・」


 店長はやけに野太い声で挨拶し、カッコいい大人を気取る。だが、月野は画面に向かってラブコールをするところを見ているので、後の祭りだ。月野も緊張ではなく、恐怖ので声が震えているのだろう。


(あ、握手無視した)


 毛利店長は手を出すが、月野は誠の後ろに隠れてしまう。誠は莉奈たちの方へと月野を出す。


「それでは改めまして、私は高橋莉奈と」「響だよ!」


 いつも通り莉奈のナイスバディーで、響は綺麗なスレンダーである。まあ、この居酒屋の華というのもあり、主戦力だ。


 コンビネーションがそろった挨拶をする高橋姉妹だが、誠は気になることが一つあった。


「響、その頭どうしたんだ?」


 響の頭の上にはおおきなこぶが出来ていた。


「これはねー、おねえ……ンンッ!!」


「誠さん?世の中しらなくてもよいことがあるんですよ?」


「「……」」


 後で月野に”莉奈を見習う”という言葉を撤回しなければ……と、誠は感じた。それと後でどうにかして、宝物を取り返さなければならない。


「あ、誠さん」


「な、なに?」


 誠は少し動揺しながらも返事する。彼の声は震えていても、まだ希望はあると信じていた。そう、信じていた。


「不埒な本は全て焼却処分しましたから」


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 時すでに遅し。誠は床に手をつき無念を示す。


「ま、誠さんも男だからしょうがないですけど・・・・・私がい、い、い、いい!、いるじゃないですかっ!!」


 莉奈は顔を赤らめるが、誠は絶望と羞恥心と空虚感に襲われながら角隅で体育座りをしているので全く見えていない。しかし、莉奈は勇気を込めた自分の言葉に満足そうな顔をしていた。


「うおぉぉ、拙者はいったい……」


 先ほど、莉奈に蹴り飛ばされたデブ男が起き上がる。その近くに月野が駆け寄る。月野誰に対しても、優しいようだ。


「大丈夫……ですか?」


「デュ?デュ……フ……?」


「?」


 月野が心配そうな顔で、少し頭を横に小さく傾ける。その仕草は少女そのもので、可愛さにあふれている。


 デブ男はカッと眼を見開き、呟く。


「……女神…………?」


「……はい?」


 デブ男は西洋の騎士が女王に敬服するように、膝をつく。その行動に月野は戸惑う。


「わが女神よ、拙者は八義仙吉朗と申します。我を今よりあなた様の下僕にしていただきたい。」


 頭を深く下げ、仙吉朗は月野に頼み込む。それに月野は圧倒されてしまう。


「よ、よろしくお願いします。」


「おお!!!ありがたき幸せ!!!!!」


 パンッパンッ!と毛利店長は手を叩き、


「よーし、そろそろ時間だ!そろそろ自己紹介してくれ、月野君!」


と、月野に呼び掛ける。同時に誠は月野に近づき、肩車をする。


「ほら、これなら怖くもなんともないでしょ?」


 みんなが月野より身長が高いせいで、威圧感を感じている可能性を誠は考えていた。


「う、うん!!ありがとう」


 月野は、誠の頭にしがみつきながら、お礼をする。そして、みんなの方に向き、








「私は月野火凛です!歳は15歳、誕生日は11月3日です!好きなものはプリン!これからここでお世話になります、よろしくお願いします!!!」








 パチパチと、少なくも幸せそうな拍手が1Fを響きわたる。そして、みんなが笑顔になる。


「よし!開店だ!!」


「「「「「はーい!!!」」」」」


 次に、全員一致団結した声が、1Fを響きわたらせ、忙しそうな音が聞こえ始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それで?あの居酒屋はまだ潰れないのか?」


 少し暗い部屋に白髪の黒い杖を持った初老が座っていた。横には、冷たい眼をした切れ長の目を持つスーツ姿の身長の高い男がいる。彼の腰には、中華風の剣が装備されている。


「はい、申し訳ありません。社長」


 2人の男のうち一人が、頭を下げる。もう一人はそっぽを向いていたが、腕を引っ張られしぶしぶ頭を下げる。


「ふむ。お前たちは私の顔に泥が塗りたいのか?かれこれ3ヶ月たつが幹部候補のお前たちが居酒屋の一つ、何故つぶせないのだ?」


「返す言葉もございません」


 頭を下げながら、また、謝る。


「もう良い。お前たちはあそこをつぶさない限り、ここにもう報告しに来るな。さがれ。」


「はい、わかりました」


 ふたりは静かに下がり、部屋から出ていく。そして入れ替わるように、かなりグラマーな肉体を持つ美人が入ってくる。どうやら彼女は秘書らしい。


「社長、今日の予定はこれで全て終わりました。」


「そうか……いやあ、今日も良く働いた」


「では明日もありますし、私が疲れを癒しましょうか?」


「ほほほ、君は最近秘書の仕事がわかってきたんじゃぁないのかね?兼松君」


「そんな……私なんてまだまだですよ…………」


「ほほほ、それでは癒して貰おうかね。おい、行くぞ。」


 社長と呼ばれる男は中華風の剣をもつ男を呼ぶ。男は黙ってついていく。


「ちっ!!なにが報告しに来るなだよ糞が!!」


 金髪の男は切れていた。コケにされたことにだ。彼はプライドが人一倍高い為か、八つ当たりすることも多い。


「お前は悔しくないのかよ!?おいっ!!」


 さっきから黙っている赤髪の男もとい自分の相棒にいら立ちを見せる。


「……まあ、落ち着け。」


 部屋から出て、初めて相棒が言葉を発したことにより、金髪の男は安心する。


「とりあえず、事務所に戻ろう。」


「そうだな、俺は腹が減った……」


赤髪の男は、金髪の言葉を否定しニヤリとする。



「俺に策がある」



その言葉を聞き、金髪の男もニヤリと笑う。


「待ってたぜ、相棒。もうお前は何かを考えてると思ってた。」


「ククク」


「それで今度は何をするんだ?」


笑いながら、金髪の男は聞く。その顔はとても下卑た笑顔だ。


「そりゃあもちろん俺たちが傷つかず、」


赤髪の男も見る見るうちに、下卑た笑顔になる。





「やつらが壊滅することさ」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「火凛ちゃん大人気だったねー」


 仕事が終わったのにもかかわらず、響は元気そうだった。他に元気そうなのは月野の下僕と化した仙吉朗ぐらいだった。


「ふん、あの可愛さだぞ当り前だろう。何も理解していない小娘如きが」


 汗だくだくの仙吉朗が響に、同調してるのか反論してるのかわからない答え方をする。


「まあねー」


 響は受け流す。


「しかし、大丈夫かしら。夜の商店街は結構危険なのよ……」


「お兄ちゃんがいるんだし……大丈夫でしょ。」


「そうね。でも、何の用事なのかしら。教えてくれれば良いのに……。」


 莉奈は頬杖をつき、少しさびしげな顔をする。


「お姉ちゃんは本当にお兄ちゃんが好きなんだね」


「ふふ、当たり前じゃない。あんな人そこらには絶対いないわよ♪」


「早くお兄ちゃんが、本当のお兄ちゃんになれば良いね!」


 仙吉朗は誠がいなくなると、言動が危なくなっていく姉妹を見て思った。


 あいつ苦労人だなぁ、と。


 夜の商店街の十字路で、誠はブルリと体を震わせた。隣を歩いていた月野は心配そうな顔をする。


「あの、まこと・・・・大丈夫ですか?」


「ああ、時々なんか身震いする時があるんだよ。なんでだろうな」


 私は知りません。と、月野は笑いながら言う。


「ところで、」


 ん?と、誠は反応する。


「それは何なんですか?」


 月野は誠の手を指さす。正確には誠が持っている黒い箱のことだ。


「これか、・・・・・これは月野は知らなくても良いものだよ。」


「知らなくても良いもの・・・?」


「そうだよ」


 誠は内心焦っていた。誠達をつけているものがいるからだ。


(誰だ?)


 先ほどカーブミラーに2回ほど映っているものがいた。すれ違う人はいれど、先ほどから遠廻りをしているのも関わらず、ついてくるのだ。


(目的は?なんで俺たちをついてくる?複数人なのか?)


 色々な可能性を思い浮かべる。予想するには情報が足りず、かなり難易度が高い。しかし、別に倒せない敵でも無さそうだ。手に持っているものを使えば必ず倒せる。


 しかし、問題は月野だった。自分の横でピョコピョコと歩いている月野にあまり血を見せたくない。


(撒くか)


 最善と思われる結論を出し、足を止める。


「月野、ちょっとこっちに来い」


「なんですか?まことさん」


 月野は何も知らず、不思議そうな顔をしている。


「ごめんね。」


 バッと月野の膝後ろに腕を入れ、月野の体を倒し、頭が地面に着く前に首元にもう片方の腕を入れて支える。通称、お姫様だっこをする。


「ま、ままままことさん!?!?!?」


 月野は一気に顔を赤らめる。しかし、誠はあまり気に掛けない。


「しっかり掴まってて!」


 誠は月野に言い、最高速で横に走り始める。すると、後ろから少し遅れて銃声が聞こえてくる。誠はそのまま走る。


(今は犯人が誰かは関係ない!)


 銃声に驚いたのか泣き始めている月野を抱えながら、誠は走る。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「うーん、仕留めそこなったかなぁ?」


 銃をもった男は呟く。その男は仮面で顔を隠している。


「そこまで強くなさそうなやつだと聞いていたけど……足は速いのかな?でも、いきなり走りだすってことは俺に気づいてたということだよなあ。もう少しで仕留められたのにぃ」


 情報とは違く、彼は結構強いのかもしれない。その可能性を男は頭に入れ、銃をしまう。プルルルルルルルッ!と彼の持っている電話が鳴る。男はそれをだるそうにしながら出る。


「もしもーし?」


「こんばんは。どうでしたか?」


 スピーカーから聞こえる声は若い男の声だった。何故かその向こうから叫び声も聞こえてくる。


「ごめーん、にげられたわー」


 男は気軽に失敗の報告をする。


「逃げられた?あなたがやったのに?」


「いやなんかさー、あいつね。いきなり走り始めたんだよ。人っ気も無いし2.3発撃ちこんだんだけどさー、当たらんかったわー」


「――気づかれていたという可能性は?」


「あるかもねー、お宅の金髪君が弱い弱い言うから、ちょっと爪が甘かったよ。悪かったー」


 男は依頼主に適当な発言しかしない。


「まあいい。期限は明後日までだ。それまでに誰か一人で良いから誘拐してきてくれ。ミスター”999”《トリプルナイン》」


「ヘイヘーイ、分かっておりますよー」


 電源キーを押すことで、依頼主の通話を切る。


「うーん、藤月誠ねー、どんなやつなんだろー。楽しめるかなー?」


 誠と月野はさっきまで、銀行にいた。月野が泣いてるため、誠は誘拐犯と間違えられ、その後に受付さんから謝られるなど色々大変だった。


 その後に誠がお金を引き出しバックに入れている最中に月野は従業員の方からアメを貰い、少し元気が出ていた。月野は泣き止むまでずっと誠の手を握っていた。


 そして今、誠と月野はバイク屋の前にいた。誠が頼んでいたバイクが納車されたからだ。


「ここは…バイク屋さんですか?」


「まあ、見ての通りそうだよ」


「誠さんバイクに乗るんですか?」


「んーまあ、1年前からね」


「そうなんですか」


 月野はあまり興味なさそうだった。逆に誠は嬉しそうだ。男なら欲しがるもの、それはバイクだ。


「すいませーん」


 誠は月野の手を引きながら店内に入っていく。


「おっ!やっと来たか!!」


 店内にはムキムキの筋肉をもつ男性が新聞を読んでいた。どうやらこの男が店長らしい。


「いやー、納車されたって聞いていてもたっても居られなくって」


「ハハハ、分かるやつだな!そこの嬢ちゃんは誰だい?」


「こいつは新たな同居人です。名前は月野火凛です。」


 月野は誠の後ろに隠れてしまう。


「ほほーう、嬢ちゃん、俺は亀田茂という者だぁよろしくな!!」


 茂が手を差し出す。月野はそっと手だけ出して握手した。


「茂さん。さっそく見せてもらえませんか?」


「ん?おお、そうだったな。よし、こっちにこいや」


 茂は奥の廊下に入っていく。誠と月野は茂の後ろをついていく。


「わわ、真っ暗だ」


「ハハハ、悪い悪い。」


 パチッと音と共に、誠のバイクがその姿を現す。同時に誠は目を輝かせた。


「俺作の特注バイクXZ-000。ちゃんとお前さんの要望にお答えして作り上げた完全特注品だ。」


 そのバイクは、全体が黒色で赤色の線でデザインがされている。ビッグスクーターをもとにしているためかなり大きいバイクだ。誠はバイクの周りをぐるぐる回りながら嬉しそうにする。そして、月野は嬉しそうな誠を見て不思議そうにしていた。


「どうだ?気に入ったか?」


 製造者本人が感想を聞いてくる。


「ああ、ありがとう、すごく気に入ったよ。お代はこれでお願いします。」


 誠はさっき銀行でおろした金の一部をバックから取りだし、机に置く。


「2050万ちょうどだな、よぅし!今日から、それはお前だけのものだ。しっかり使ってくれよ!!」


 茂はそう言いながらバイクを外に出した。誠は後部座席に荷物を固定し、手に持っていたものを専用のところに入れる。誠はエンジンをかける。すると、正常に作動し始めた。


「月野」


 誠は名前を呼ぶ。月野はトコトコとバイクに近づき、登りながら乗る。


「よし、月野。しっかり捕まっておけよ。」


 月野はコクリとうなづき、誠の背中に自分の顔を擦り付ける。


「それでは、どうもありがとうございました!」


 誠は茂に礼を言い、バイクを走らせた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あー、見えてきた。あれかなぁ?例の居酒屋って」


 不審な男は壁にかくれるようにして、15Mほど離れた所から見ていた。


 ミスター999は、先に相手の様子を見ることにしたのだ。とりあえず、自分に気づいたともなると戦闘経験がある、最悪の場合、同業者の可能性が出てくる。


 最近、巷で話題の謎の殺し屋。2年前からここ第3東京群で活動しているらしい。そいつの噂は尾ひれがつき、ネット上でも話題になることがある。


 あまり期待はしないが、可能性上あるのだから確認しておきたい。怖いわけではない、戦いたいのだ。


「しかし、あんな古そうなところが何故欲しいのかねー」


 感想を述べる。残念ながら彼は経済と地理に関しての知識はさっぱりなのだ。


「まあ興味ないからいいけどー」


 すると、一台のバイクが店の前で止まる。そこには、さっきまで自分がつけていた2人組を確認する。どうやら自分には気づいていないようだった。


(殺すか)


 不確定障害は仕事の邪魔になる可能性が高い。これは、この業界で学んだ経験からの答えだった。もし、ただの一般人であってもそれは変わらない。


 もう一度、2人組はまだしゃべっていることを確認する。そして、小銃に球が入っていることを確認する。そして、ナイフを取り出す。


 相手が銃を持っている危険性もある。しかし、今の手持ちではここからでは殺すことはできない。よって、殺すには短期決戦に持ち込む必要がある。


 先手必勝即殺害。そして、男を殺したら隣の幼女をさらう。そうすれば、仕事も終わる。仕事は早めに終わらせるのが一番だ。


 そして、2人組を確認する。男が車庫にバイクを入れているところが見える。


(男がシャッターを下ろし始めたらスタート、最速で近づき小銃9発撃ちこむ、ナイフで殺害、その後はあそこのガキを連れ去る。)


 頭の中で行動パターンを組み込み、イメージする。


 そして、999はクラウチングのポーズを取り、じっと息をひそめる。

 

 男が車庫から出てくる。


 男がボタンを押し、シャッターが閉まり始める。


 同時に、






(スタート!)




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




夏夜の道は涼しい。バイクだと風にガンガン当たるため、少し寒いぐらいだ。


「おおおおおお、なかなか気持ちいーなー!はははっ!!!」


 楽しそうな誠と、


「いやあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


絶叫をあげる月野が、バイクに乗っていた。


 夜も遅い。道路にはひとつも車は無かった。夜の街は今は危ないのだ、そのため、外に住民はほとんど出ない。


 誠も内心では早く帰るべきと考えている。しかし、月野に少し見せたいところがあるのだ。


 第3日本人達の住処。


 そこは無数の数ほどの汚れがおしつけられた人間達が住む。そこは、日夜働かせられ、虐げられ、臭く、悲しい人間達の住みかに誠は行こうとしていた。


「あれ?誠さん、なんか臭いですよ?」


 月野は異臭に気がつき、誠に話しかける。ちなみに、月野は順応性が高いようで、さっきまで絶叫を上げていたにも関わらず、すぐに慣れてしまった。


 これは誠にとって、良い悪いどちらにもとれる情報だった。つまり、月野には全てにおいて天才になる可能性があるが、そのかわり、悪魔的なことにもその可能性はとれる。可能性的には低い。誠は考えないようにしていた。


「ああ、少し我慢してくれ。少し見たら帰るからさ」


「はーい」


 月野はのんびりと返事する。そして、だんだんと異臭と光が強くなる。大きな建物が見えたところで、誠はバイクを止めた。あちら側に発見されると、また厄介なのだ。


「月野、着いたよ」


「うえ~、何ですかこの臭いは~」


 月野は鼻をつまみながら、嫌そうな顔をする。誠が何事もなさそうな顔でフェンスに近づいていくので、月野も誠についていく。フェンスの向こうに見えたのは、地獄だった。


「っっっ!!!」


 月野は口元に手を持っていき驚く。そこには自分と同じぐらいであろう身長の子供達が2人一組で働いていた。それだけじゃない、そこにいる人間達は全員働いている。


「あ、あの、誠さん。なんでこんな時間にあの子供たちは働いているんですか。」


「…………」


 誠は答えない。



「イヤァ!!!!ヤメテェ!!!離して!!!!」



 突然、叫び声が聞こえ、月野はそっちに眼が行く。



「うるせぇ!!!!今日はお前が当番だろうが!!!!」


「イヤ!!イヤアアアアア!!!!」



 一人の女が男2人に連れて行かれそうになっている。


「あれは男達に犯される奴だな。多分、あの女が今日の当番なんだ」


「それって……!?」


 誠が飄々と説明し、月野は信じられないとでも言うかのような目をしている。彼が特段、普通のことだと言うかのような態度にだ。


 女が泣き叫ぶことで周りにいた人間達は注目するが、すぐに仕事に戻る。月野は彼等の今の行動に違和感をもった。


「誠さん、何で誰も……あの人を助けようとしないんですか?」


「これが今の日本だからだよ」


 誠は見ていた。この日本の被害者達の、ごく一部を。


「これが……?」


「そうだよ、ところで月野。君は何故、彼らのことを知らない?」


 誠は今日一日の月野の行動や言動から、少なくとも上流家庭の子供だと推測していた。普通は12歳を過ぎれば少なくとも第3日本人の存在ぐらいは知っているはずである。しかし、月野は知らなかった。


 誠は確信していた。月野は少なくとも、第2日本人の上流家庭~第1日本人の子供である。両親が殺されるという情報から、月野がどういう存在かを割り出せる。


 誠はそれだけを知るために、月野に日本のゲンジツを見せたのだ。


「知らないものは、知りません。本当です」


 月野は不思議そうな顔をする。本当に知らないようで、苦いものを食べさせられているような顔をしていた。


「月野には事実を知っておいてもらいたかったんだ。もう帰ろうか」


 誠はバイクに乗り、エンジンをかける。


「はい・・・・・・・」


 月野は気分が悪そうな顔で誠のバイクに乗った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「着いたよ、月野」


「……」


 返答はない。静かにバイクから降りてしまう。かなり堪えているようだった。しかし、必要なことでもあったから仕方ないのだ。


「仕舞ってくるよ。」


 誠は、車庫のシャッターを開けるボタンを押す。ガーという音と共に、シャッターが上に引っ張られていく。そして、誠はバイクから荷物を下ろし、小さいバックを月野に持たせる。


「……っ!」


「重い?」


 月野には一番軽いものを渡したのだが、それでも月野には重そうだった。誠は持とうとする。しかし、月野はそれを誠に渡そうとせずに、よろよろと康身の入り口に近づいていく。


「だいじょう……ぶ……ですっ!」


 月野はふんばっている。第3日本人に少し感化されているようだった。誠は月野の心の底が純粋であることに安心する。そして、誠は康身の玄関に荷物を置くとバイクを置きに行く。そこで誠はすぐそこまで、危険が近づいていることに気づく。




 サイドミラーにさっきの男が映っている。完全に狙われている。





 誠は感づいたことを、男に気づかれないように平常を装う。そして、同時に相手が何故攻撃してこないのかを考える。


(あいつはさっきのやつ……?服装がかなり似ているからほぼ確実にそうだろうが……?目的は俺か月野のどっちだ?……いや、今外では月野は一人だ。月野が狙いなら、今すぐにでも撃てるはず……。)


 目算で、誠は男と自分たちの距離が大体10~20だということを入れて考え直す。


(あいつが撃ってこない理由……?あいつまさか小銃しか持っていないのか……?だから、今は俺の行動の何かを待っている?つまりあいつは、少なくとも俺と月野のどちらかを殺すつもりなら、すぐに攻撃してくることは確定的だな……。)


 誠は結論を出し、さっきから持っていた箱のカギを開けてから、持つ。すぐに中のものを取り出せるようにだ。


 そして、誠は物置から出る。意識すると、後ろから視線を感じる。


 誠はシャッターを閉めるボタンを押す。






 その瞬間、




 999は最高速で走り、9発の連続銃撃をする。その場に銃声が鳴り響く。一般人ならこれで死ぬ。


 しかし、


「……ッ!!!やっぱりかーー?」


 999はニヤリとする。その楽しそうな眼には、横によけた誠しか映っていない。999は、そのまま銃を捨ててナイフを取り出し、トップスピードのまま誠に斬りかかる。


 誠はそれを、持っていた箱でガードする。しかし、誠は自然と後退する。


「うーん、お前なかなか反応がいいなー」


 999はしゃべりながら、もうひとつ小銃を取り出し連続銃撃をする。


「・・・・っっ!!!!!」


 誠はとっさにそれを避けた。しかし、


「ッ!!!」


 よけた先には、999がナイフを顔に振りおろしている瞬間だった。誠の体はとっさに箱を前に突き出し、それをガードする。しかし、次は吹き飛ばされた。


「うわっ!!!!」


 999が蹴りをはなったのだ。それは誠の腹に直撃する。


「お前の武器ってさー、それなの?」


 999は受け身を取って、いまだ立っている誠に話しかける。


「その中には何が入っているの……さッ!!」


 999は小銃で次は3発撃ち込み、同時にナイフで攻撃を仕掛ける。誠はそれをかわし、箱を棍棒のように使って応戦する。


 しかし、武器が箱と小銃&ナイフでは、どうにも箱のほうが分が悪い。誠は防戦一方になるしかなかった。


「そんなっ!重いっ!武器でっ!勝てるわけないだろーがっ!!!」


 銃で撃ち、ナイフで攻撃する。近接戦闘において効率良く、そして基本に忠実な戦闘方法だ。


「そーれっ!!」


 999は隙を見て、誠の顎を蹴り飛ばす。


「よいしょっ!!!!」


 999は軽く浮いた誠のガラ空きの腹を見逃さず、小銃を向け、残りの銃弾を全て撃とうとする。しかし、誠は浮いたまま体を回し、遠心力によって箱を垂直移動させ999の肩にぶち当てる。


 しかし、999は体をひねって受け身を取り足に力を込める。そして、その反動で誠に急速に接近して鞭のようにしならせた蹴りを放つ。それは、誠の脇腹に直撃し、その体は吹き飛んだ。ドゴッ!という音とともに、誠の体はコンクリートでできた壁に当たる。


 完全に近接戦闘で、今の誠のやり方では999には勝つことはできない。


「もういいやー、さっさと連れ去って昼ドラ見ようっと」


 999は飽きてしまい、その場で腰を抜かしてふるえている月野に近づく。しかし、足を止めニヤリとする。


「なーんだ?”まだ”やるの?」


 誠は立ち上がっていた。いつもと同じような、平然とした顔で。


「いや、”まだまだ”の間違いかな?」


 誠は箱を開け、中のものを取り出す。それは、


「刀……か?」


 誠は、無言で一刀両断、まっすぐ斬りにかかる。それを999は、横に向かって回ることで避けた。誠が街灯の光に当たることで、それの存在感を一層増すことになる。


「黒い……刀か」


 999はニヤリとし、新たな小銃を取り出して連続銃撃する。それに対し、誠は横に1の一文字を描くように、美しく、





刀を振る。





「???」


 999はここで初めて動揺した。今、9発撃ちこんだ。しかし、標的はおろか壁にすら弾が当たっていない。カランカランという音が、どこに弾があるかを教える。それは誠の前方付近に全て落ちていた。


「いったい何がっ!」


 不覚にも落ちた弾に眼を奪われていた999は、急速に近づく誠に遅れて気づく。


 ガキッ---------ン!!、と誠の黒刀と999の小銃が交差する。


「なッ!!!」


 999はさらに驚いた。鉄製の小銃すらも斬られたからだ。999は小銃から手を離し、後退することで、腕を斬られることをを避けた。


「……すごいなー、その武器。もしかしてダイヤでも斬れるんじゃないのか?」


 999は平静を装うために話しかける。しかし、今は999の方が分が悪い。逃げる隙を探すことに頭を使う。


「お前さ」


 誠が今にも襲うような眼をしながら、999に話しかける。


「おしゃべりが過ぎるぞ」


 そう言われ、999は少し虚をつかれた。


「・・・・・・くく、アハははははははははははははははははははははははははははははははははははあははっはははははははははははははっはっはhっはあはあっははhっははっはあっははははははははbはっははっはっはははっはははh!!!!!!」


 999は笑う。今まで、そんなことを言われたことがなかったからだ。言われる前に殺してきたせいかもしれないが。


 誠は999を冷たい眼で見ている。


「くふふふふふふ、お前さー名前はなんて言うのー?」


 笑いを堪えながら、999は誠に名前を聞いた。


「藤月誠だ、情けない弱者が」


「ふーん、覚えたよ。今日は下がらせて貰うよ、今の手持ちじゃあ分が悪いからね。」


 そう言い、999は闇の中に消えた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「月野?大丈夫?」


「は、はい。……すみません、まこと」


 月野はまだ、ガタガタと震えていた。誠は玄関を開け、荷物を入れる。中には誰もいない。どうやら、皆寝ているようだった。


 月野をお姫様のように優しく抱っこし、中に入って玄関を閉める。


「あ、ありがとうございます。」


 月野は照れ屋だな、と誠は思う。そして、何故俺はこの子を守ろうとしているんだろうか、と思った。


 月野を客席に座らせる。いまだに、月野は震えが止まっていない。正直、おかしかった。


 普通の人間なら銃声を突然聞けば、震えよりも力が抜けるはずなのだ。つまりは、腰が抜けるというやつだ。しかし、月野の場合、異常な恐怖から生まれているようだった。


「少しここで休んでてくれ」


 誠はそう言い、大金の入ったバッグを自分の上司に渡しにいこうとする。


「?」


 月野が服の裾を掴んでいた。


「お願いします、一緒に……いてください」


 月野は顔を俯けたまま、弱弱しく、言葉を発する。


 誠は振り返り、月野をそっと抱き締める。


「…………」


 月野は無言でそれに応じ、強く、強く、誠の体にしがみつく。


「月野」


「はい、なんですか?まことさん」


「君が昔何があったのかは、分からない」


「……」


「月野がどういう存在なのかも、知らない」


「……」


 月野は黙って聞く。


 2人はお互い顔が見えないが、今、何かが通じ合っている。もしかすると、それこそが、誠が月野に惹かれてしまう原因なのかもしれない。


「でもね」


「……」


「僕が、君を守る」


 月野が誠の服を掴む力が強くなる。いつの間にか、月野の体の震えは無くなっていた。月野の心は今、とても安定していた。


 無償の尽。誠は今まで一つの”目標”があった。それに状況では相反する可能性を持つ”目的”ができてしまった。これは、誠の人生そのものを狂わしかねない。しかし、





 誠はこれから先、全ての出来事への覚悟が出来ていた。





 そして、月野は、


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