第1話 生贄と供物

「「ごちそうさま」でした!」


 誠と月野の二人は久しぶりに満足のいく食事をして、笑顔だった。しばしの、優しい世界。この食事で、誠は月野のことを少し知ることができていた。月野は家族をなくしていたのだ。たぶんあの、忌まわしき人災で。


ーーーー『イシュタム』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 2033年11月2日、マリアナ海溝直上で起きた地球全土を覆うほどの白い光が5秒間発生する。


 そして、地球に住む生命体の四分の一の消滅が後に確認された。


 混乱する世界のなかで、日本で起きたことはドサクサに紛れた革命だった。


 今の日本の政治は、彼らの手中にある。


 革命という人災の結果によって……、2年たった今でも……犠牲者は増え続けている。


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「私は…2年前に、家族をなくしました…。」


 月野の俯いた顔から出てきた言葉から、誠はそれを察した。その後は、ふたりとも腹を満たすことに没頭していた。そして、時間が少し進む。


「誠さんは、何をしてる人なんですか?」


「んー、普通の高校生だな。」


 今は二人は自己紹介をしている。月野は、誠に心を許したのか、先ほどからずっと笑顔だった。


「じゃあじゃあ、そこに友達がいっぱいいるんですか?その・・高校ってところに?」


「常陽高校ね。まあ、数は多くないけれど友達はいるよ。」


 誠は、うるさい友人を頭に思い浮かべる。


「いいなぁ、楽しいところなんでしょう?」


 月野は眼を輝かせながら、少しうっとりする。


(こいつ、何歳なんだ……?)


 少女のなりで、言葉遣いが大人だ。月野は頭を横に傾ける。そして、誠は月野が何歳なのかを聞いていないことに気づく。


「なあ」


「なんですか?」


 すぐさま、月野は反応した。


「月野はその、年はいくつなんだ?」


「えっ……」


「ん?」


「わからないんですか……?」


 誠は質問を質問でかえされ、戸惑った。


「すいません、私って何歳ぐらいに見えますか?」


 誠は2つ目の質問を返され、困ったように笑いながら考える。


「10歳・・・?」


「・・・・・ごです。」


「え?」


「15ですっ!!!!」


 驚愕の真実に誠はポカンとする。


「・・・そんな顔をしないでください・・・。」


「・・・」


 誠はその顔のまま、何かを探し始める。


「・・・何を探してるんですか?」


「・・・・・・無いな」


 月野は、ちょこんと首をかしげる。


「何がですか?」


「メジャー」


「まだ信じてないんですか!?……私は!本当に!15歳です!!!」


「嘘だろ」


「信じてください!!」


 月野は顔を赤くしながら抗議する。それを見た誠はケラケラと笑った。多分、15というのはサバを読んでいるのだろう。笑っているうちに誠は、はっと何かに気付く。


 誠は携帯を見て時間を確認し、充電することを忘れていたことに気づく。充電切れになっていないことが不幸中の幸いだった。画面は、昼過ぎを表示している。


(時間は結構あるけど、まあいいか・・・)


「月野」


「は、はいっ」


 突然名前を呼ばれた月野は少し驚く。


「今から外に行くけど、ついてくる?」


「どこにいくんですか?」


「居酒屋だ」


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 居酒屋<康身>は、第4東京市の大商店街で開いている焼き鳥屋だ。


 年中無休で15時から午前1時まで開いており、疲れたサラリーマン達の御用達になっている店だ。特に人気なのは、店主の作るおにぎりである。焼き鳥では無い。


 そんな居酒屋の前に、けだるそうな顔をした誠と月野が立っていた。


「ここが、俺のバイト先だ。」


「そ、そうなんですかぁ」


 月野は前にある建物よりも、長い道のりを歩いた疲れの方が先行しているようだった。


「まあ、説明はいいや。それよりも中に入ろう……暑い……。」


 誠はそう言いながら、玄関の引き戸に手をかける。すると、


「金なら払ってやるつってんだろ!!!!」


 怒声が聞こえてくる。誠はまたかとため息をつき、月野を自分の後ろにつくように指示する。


「?」


 月野は不思議そうな眼で誠を見ながら、それに従う。誠はガラっと戸を開け、入る。同時に、月野をカウンターの陰に隠す。そこにはいかにもガラの悪そうでグラサンをかけた金髪と赤髪のふたりの男と筋肉質の店主がおり、一斉にこっちに振り向いた。


「こんちはー」


「よう、今日は早いな、どうした?」


 誠と店主が言葉を交わす。


「いえ、なんとなく。」


「ほーん」


 店主は眼を少し細める。


「おいっっっ!!!さっきから何こっちを無視してんだ!!!まだ話は終わってねえぞ!!!」


 一番背の高い金髪の男がうるさく声を荒げる。しかし、誠は全く表情を崩さない。


「ちょうどいいな。誠、お前相手してやってくれ。」


「嫌です。NONO」


「おいっ!!!」


「頼むよ、俺まだ今日の昼ドラみてないんだよ……。」


「おいっ!!!!」


「録画しとけばいいじゃないですか……」


「おいっ!!!!!」


「だって佐知子がキャプテン翼特集とアイカツ65代目編とってて録画出来ないんだ……あいつ上目遣いしてくるんだもん、断れねえよ」


「無視してんじゃねえええええええ!!!!!!!」


 無視されることにいらつき始めた金髪の男が大声で叫ぶ。


 月野が、その叫び声におどろいたのか誠をじっと見る。誠は荷物を置くふりをして、月野に近づく。そして、自分の口に人差し指を持っていき、静かにしてるように合図をする。月野は両手で口をふさぎ、頷いた。誠は月野の頭をなでると、立ち上がる。


「はぁ……。とりあえず、あなた方はどちらさまですか?」


 誠が二人に素性を聞く。


「誰だっていいだろっ!!!おまえはここの何なんだよっ!!!」


 金髪はいまだ大声をだして、ビックリマークで質問してくる。


「俺はここでアルバイトをしています。藤月誠といいます。それでまた、何でうちの店長と争ってたんですか?」


 ちなみに店長は、イヤホンを耳に入れて携帯で音ゲーをして遊んでいた。誠は恨めしそうに睨むが、店長は完全なスルーを決め込んでいる。


「私たちは、青木不動産の人間です。」


 赤髪の男が話し始める。


「ああ、あのデカいビルの。」


「知ってるのですか?」


「ここら辺の人間はみんな知ってるだろ、色々噂もたってるよ、特に悪い噂がさ。」


「そうなんですか、驚きですね」


 誠は少しイラッとし、顔が険しくなる。対して、赤髪の男は口元がつりあがっている。


 青木不動産は3年前ぐらいから、この大商店街でかまえはじめ、急成長した会社だった。こう言えば聞こえは良いが、実際はやくざや警察の買収をしたなどの黒い噂が絶えない。簡単に言えば、商店街の一店舗にとっては危険な存在なのだ。


「それでご用件はなんなんですか?」


「あなたに話すことではありません」


 さらに、誠はイラッとする。


「それはなぜですか?」


 しかし、冷静に理由を聞く。


「だってあなた、アルバイトの身分でしょう。」


「まあ、・・・そっすね」


 誠はこの男から理由を聞くことを諦めた。


「とりあえず、今日は帰ってもらえませんか?店長があれなんで。」


「あれとは?」


 誠は人差し指で店長を指さす。


「・・・」



「・・・・・・・・・・ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!かなでたあああああああああああああああああああああああああんんんんんんんん!!!!!!!!!まあああああああああああじてんしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!もっふもっふしたあああああああああいいいいいいいいいいいいいんんんぎゃがあああああああああああああああああああああああふふふっふふhhっふふふふふふふふふふふふふhっはあああああああああああ(以下略)」



 携帯の画面上に映るアイドルに萌えまくっているキモオタへと店長は進化していた。誠の顔は死んでいた。対して、赤い髪の男の眼は信じられないモノでも見るかのような目をしている。


「……心中お察しします。」


「なんかすいません……」


誠はいつものことなので、ただただ無心だった。


「今日は帰りますか、あれでは話にならない」


「おいおいっ!!いいのかよっ!!!!」


「話になりそうにないんだ、今日の所はこれで失礼します。」


 二人は一礼して、入口へと行く。誠は彼等を月野を隠すように立っていると、金髪の男が肩にぶつけてきた。


「っ!」


 誠はカウンターに手をつく。そして、ガチャァン!と食器が不注意で落ちて割れてしまう。


「おっとっと、わるいなあ」


 金髪はニヤついている。完全に喧嘩を売っていた。しかし、


「おいっ!いくぞ!」


赤髪が金髪を怒鳴った。


「ちっ……」


 金髪は舌打ちすると、店から出ていく。そのまま、彼等は帰って行った。いまだに騒いでる店長のおかげで、彼等は帰ってくれることになった。しかし、誠は出張帰りに面倒事を早々に押し付けてきた店長を後で殴ろうと決意していた。


 誠は入口を閉める。そして、ため息をつきながら月野を見た。


「ひゃ……ぁぁぁ……」


 案の定、月野は泣きかけだった。口を押さえながら、体育座りで顔を下にして、息を潜めていた。


「月野、悪いな」


 頭をポンポンと叩きながら、名前を呼ぶ。すると、月野は顔を上げる。


「それじゃ、休もうか。」


 コクンと月野は頷く。誠は騒ぎすぎな店長を見なかったことにし、月野の手を引いて奥の部屋へと向かうドアを開けて進んでいった。少し暗いから月野が不用意に怖がっている。


「あ、あの」


 月野が誠に話しかける。


「ん、なに?」


「あの、大丈夫ですか?」


「なにが?」


「いえ、殴られたようなので・・・」


 誠が金髪に肩をぶつけられたことを、月野は自分をかばって殴られたのだと考えているようだった。


「ああ、全然。殴られてなんかないよ。」


「ほんとうですか・・・?」


「ああ」


「そうですか・・・良かった!」


 月野は、すこし元気を取り戻し、笑顔になる。そして、右に並んでいる4つ目のドアを開ける。すると階段があり、そこを登っていく。


「誠さんは強いんですね」


「それはどうも」


 誠は月野からの賞讃に軽く受ける。照れているからなのだが、月野は分からないようで、少し受け流されたように感じてムッとした。


「着いたぞ」


 誠が3号室と書かれた部屋の前に立って言う。


「ここは・・・誰のお部屋なんですか?」


「そりゃもう俺だ」


 そう言いながら、誠はドアのカギを開ける。中に入ると、少しほこり臭かった。誠は靴を脱ぎ、窓を開けに行く。月野は、二つの部屋を興味深々に見ていた。誠は荷物を置き、ベッドに横になる。


「つっかれたー」


 今日の一言だ。


(後で山川さんに報告しないとな・・・)


 誠は自分のやるべきことを思い出すが、体のだるさには勝てなかった。


「誠さん誠さん」


「誠でいいよ」


「じゃあ…まこと。さっき何かの画面に向かって、大声を出していた人は誰なんですか?」


 月野は、当然の疑問を投げてくる。あんな怖いものを見せられれば、特に女子は怯えるかもしれない。


「あの人は、ここの居酒屋の店長だよ」


「へー、あの人が……。大丈夫なんですか?」


 月野は結構失礼な質問をする。


「大丈夫だよ、仕事の時は……」


「……ここってまことの家なんですよね?」


 月野は空気を読んだのか、質問を変える。


「ん?そうだよ。」


「まことって、2つも家を持ってるんですか?」


 誠は月野に嫌な質問をされ、少し汗をかく。誠は月野と打ち解けているが、誠の仕事については話していない。話していいか分からないからだ。


 誠にとって、久しぶりの宝になり得る存在の扱い方は、まるで説明書もなくPCを作れと言われるようなものなのだ。誠は月野から目線をそらし、少々嘘を織り交ぜた真実を話す。


「仕事上、あそこにいたんだ。アルバイト俺もうひとつやっててさ、だから…」


「まこと、私……」


 月野は誠のお腹に座り、顔をつかむ。そして、腕を使って誠の顔を固定し、自身の顔を近づける。バッと、誠の顔のすぐ鼻と鼻があと少しで触れるところまで近づくと、口を開く。


「私、その感じのまこと、嫌です。」


 静寂の時が流れる。誠にとっては、時が止まったかのようにも感じる。


 誠はその赤く透き通った眼で見つめられ、自分の眼は吸い込まれるかのように大きく見開かれているのを感じた。嘘を見抜かれた?と、彼の心臓はドクドクと激しく脈を打つ。


ジリリリリリリリリリリリッッッッッ!!!!!!


「「!!!」」


 一昔前の大きい電話機が鳴り、互いに集中していた二人は驚く。誠はこれ幸いと月野をどかし、受話器をとりに行った。


「もしもし」


「先程はお疲れでござるぅ~」


「アルバイトに課す仕事じゃないんですけど、あれ」


「私がここの王だ」


「よーし、革命だな」


「やってみせよ」


「お前……魔王だったのか……」


「じゃあ、お前はゴブリンで」


「じゃあって何だよ、じゃあって……せめて、邪炎王黒龍ヘルフレイムアークシャドウドラゴンにしてくれませんかね」


「すっごい中二!キャッキャッ」


 誠はため息をつく。電話の主は下で騒いでたはずの店長兼大家だった。誠はあのハスキーボイスでキャッキャッとか馬鹿にしているとしか思えてならなかった。しかし、それが彼の表での性格なのだから仕方ない。


「それ何ですか?」


 電話に興味を抱いたのか、月野がこちらにトテトテと近づいてくる。その月野を手で押し返しながら、誠は店長との話を続ける。


「で、ご用件は何ですか?」


「おいおいちょっと待て、そんなことよりもなんか幼女の声がそっちで聞こえたぞ!!!とうとうロリに目覚め……」


 ガチャンと誠は電話を切る。しかし、またしても電話の呼び鈴が鳴り、誠はすぐに受話器をとる。


「もしもし」


「俺と一緒にこれから百合アニメを見よう」


「おかけになった電話番号は、間違っているか、現在使われておりません。」


「用件を聞こう」


「お前が話せよ!!!」


 電話の向こうからは楽しそうな笑い声が聞こえる。誠にとっては苦痛以外の何でもないが。


「とりあえず、用件は3つ」


(やっとか……)


 誠は、耳に受話器をしっかり当てる。


「まず一つ目、今回の報酬だが予定通り指定された口座に振り込まれてるはずだから、仕事終わったら確認しに行って来ること。」


 誠は、テレビをつけて月野の注意をそらす。


「2つ目、お前が注文してたバイクが届いてるらしいから、ついでに取りに行って来い。」


 誠は椅子に座り、テレビに釘付けな月野を眺める。彼女は不思議そうに画面に映る動物に触ろうとしては、触れられない事に首をかしげている。


「3つ目、これは大事だからよく聞け」


 誠は耳を集中させる。


「赤目の幼女は後でみんなに紹介することだ」


「……」


「驚いた?ねえねえ、驚いた?」


 向こうでニヤついてる店長の顔が浮かび、ただちに誠は受話器を切る。ハァーと、ため息をつきながら誠は肩を落とす。


(まあ、バレてるとは思ってたけどな……)


 多分、誠たちが入ってきた時からもう気づいていたのだろう。


「月野」


「なんですか?」


 時刻は15:09を指している。


「今日から月野は俺の家に住むことになるけど、良い?」


「……まことって、大胆な人なんですね。」


「ちょっと待て」


 月野が自分の胸を抱くようにして、顔を反らす。


「だって私、15歳ですよ。それで、私より年上の男性と一緒に同じ屋根の下で暮らすなんて……」


 誠は最近知ったことだが、女はピーの知識を男よりも先に知るらしい。だが、今更それを知った童貞は安心して欲しい。逆に考えるんだ。それはつまり、女の方が君よりも性に関して高い経験値を持っているのだと。


「心配しなくても、その幼児体型に襲うことはないから安心しろ。」


「なっ!!」


 月野は顔を赤らめる。多分、怒りで。


「まことは私がまだ15歳だと信じてくれてないんですか?」


「普通は信じられねーよ、その体じゃぁ……」


「……まこと、女の人にモテないですね」


 誠は、目を反らす。


「……も……もてるよ……」


「じゃあ、告白されたことあるんですか?」


「まあ、……ないけど」


 月野は、ニヤニヤとし始める。


「ふふーん、私がおしえてあげましょうか?もてる方法を」


「必要ないです。」


「まず、デリカシーを……」


「ええい、やめろ!!」


「しょうがないですね」


 月野はニヤニヤしながらも、誠弄りをやめてくれた。そして、誠が月野の頭を無意味に撫でる。すると、彼女はくすぐったそうにされるがままになった。そうしいていると、


「おっにいっちゃーーーーん!!!!!おっかえりーーーーー!!!」


 玄関のドアがバンッと開かれ、そこから月野より少し大きい金髪ツインテール少女が現れる。そして、そのままその少女はダッシュし、誠の横っ腹にダイブする。


「ぐはっ!!」


 モロにそれを受けた誠は受け身が取れず、ベッドに倒される。


「ふわあああああ、久しぶりのおにいちゃんのにおいだー」


「……っ」


 誠は痛みにうめく。しかし、


「まこと、妹さんがいたのですか…。」


月野は誠に眼もくれず、新たなキャラの登場に驚いていた。


「おっ?おお?あなたは誰だ!」


「それはこっちの台詞です。あなたは誰ですか?」


 金髪少女は月野に気がつき、個人情報を問い始める。それに、月野はおうむ返しをした。


「ちょっと、何やってるのよ響!」


 いつのまにか、玄関には金髪ポニーテール少女がいた。


「あ、お姉ちゃん遅いー」


「あなたが速すぎるのよ、誠さんをまた押し倒して…」


「はやくどかしてくれ……」


 誠は、金髪ポニーテール少女の方に助けを求める。


「はいはい、ほらどきなさいって、あら?あなたは誰?」


 嫌がるツインテールの首根っこをつかみながら、そのポニーテールは月野の存在に気がつく。


「いや、ですからそちらが誰なのだとこちらが聞いてるんですけれど…」


 月野も負けじと言い返す。いやまあ、張り合ってはいないのだが。 


「えっと、誠さん。この方は?」


 ポニーテールは誠に自己紹介を求める。少し、ムッとした顔だ。


「ああ、えっとね。昨日拾っちまいまして...」


 誠はしどろもどろながらも答える。


「拾った、ほう。」


「はは...」


「誠さんってロリコンだったんですか?」


「ええっ!!」


 ツインテールはポニーテールに顔を向け、大きく驚く。


「「いやいや」」


 誠と月野は、同時に首を横に振る。


「ええ...無理がありますよ誠さん...。」


「おにいちゃん!おにいちゃんってロリコンだったの!?」


 誠は頭を抱え、月野を見る。すると、月野は下を見ながらフルフルと体を震わしている。誠は、月野が泣きだしたのかと心配する。


 月野はゆっくりと深呼吸をし始める。そして、息を整えると大きく息を吸い、



「わあああああたあああああしいいいいはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!、じゅうううううううううごでええええええええええすううううううううううううううううううう!!!!!!!!」



 決して大きな声ではないが、その声はその場を強制的に静かにさせる。


「はあっ、はあっ、...」


「ええと...、15歳?あなたが?」


「私たちと1~2歳違いってこと?ほへー、世界は広いや」


 息切れする月野に対し、金髪姉妹は唖然とした顔でそれぞれの感想を言う。


 月野は息を再度整えると、金髪姉妹に向かい合い、コホンと咳払いをする。


「はじめまして、私は月野火凛つきのかりんと言います。誠さんには、身寄りがない私を昨日助けていただきました。よろしくお願いします。」


 そう言い、ゆっくりと頭を下げる。


 その仕草は、とても小学生ができる言葉使いではない。そのことに、ポニーテールは気づき、何かを察する。そして、


「私は、高橋莉奈たかはしりなよ。ここの上の3Fにこの子と住んでいるわ。それでこの子は私の妹で、名前は……」


高橋響たかはしひびきだよ!好きな食べ物はりんご!!よろしくね、かりんちゃん!!」


 響がクルンと一回転し、ポーズをとる。その長い髪が現在この空間で空気と化している誠にピシピシィッと2HITするが、響は気づかなかった。


「はい。よろしくおねがいします、莉奈さん、響さん。」


「それにしても、月野ちゃんって丁寧な言葉良く使えるねー、お姉ちゃんと同じくらいすごいよーー」


「そんな……慣れですよ……」


「むしろあなたは使えるように練習しなさい、響。」


「えー、めんどくさいー」


 いつの間にか、月野は2人と仲良く談笑していた。


 ただ一人取り残された誠は、話に入ることを諦めていた。誠は体を休ませるための場所を女の子3人組に乗っ取られたことにより、その状況から逃れるためにもう一つの部屋へと逃げることを決意する。


(バイトが始まるまで、あと2時間と30分ちょっと……、休まなきゃ俺の体がもたない!!)


 誠は引き出しを開けると、薬を取り出し、


「おーい、莉奈ー」


「なんですか、誠さん?」


「いつも通り、いつものここに置いとくから。」


「はい、いつもありがとうございます。」


 誠は紅茶パックの缶の後ろに、残りの2人に見えないようにソレを置く。そして、カップを3つ用意した。


「じゃあ、俺は風呂にでも入ってくるよ。30分ぐらいで出てくるからその子よろしく」


 誠は顔の前に手を合わせ、頼みごとをするときのポーズをとる。


「はい、わかりました。おやすみなさい」


 莉奈は誠の方を見て、笑顔でうなづく。


「あ、誠さん」


「何?」


 誠がドアノブに手をかけた時、莉奈が呼び止める。瞬間、真夏にも関わらず、誠は背中にゾワゾワッとした何かが走るのを感じた。そして振り返ると、


「あの子のこと、……後で……ちゃんと聞かせてくださいね……?」


「はは……、はい」


 3人は笑顔だった。しかし、月野と響の屈託のない笑顔と違い、莉奈の笑顔は何故か黒いオーラが出ていた。


(何故だ)


 誠は心の中で呟く。そして、少し急いで向こうの空間に入り、ドアを閉める。もうひとつの部屋は浴場だ。といっても小さいものだが。


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 元々ここのビルは古いホテルを買い取ってできているらしい。地下2F~最上階5Fまであり、地下と1F以外は全て左右に分けて2つの部屋が設置されている。そして、誠はそこの3F、階段から見て左の部屋に住んでいる。


「と、いう建物なんだよここは。月野ちゃん」


「そうなんですか」


 誠が風呂場へとはいっていき、邪魔な男子が消えたことで3人の女子トークはさらに花が咲いていた。特に、響と月野の間で。


「ところで、月野ちゃんはここに住むの?」


「え、はい……そうですけど……」


「じゃあ、月野ちゃんはここで働くってことかぁ」


「働く?」


 月野は小さく頭を傾ける。横にいた響がその仕草をした月野に興奮して抱きつく。


「下に居酒屋があったでしょう?あそこで働くのよ。」


「ああ、あそこで……むぅ」


 月野はすこし顔を曇らせる。


「どうしたの?」


「いえ、ただものすごく変な人を見てしまったので……」


「店長のこと?」


 月野は響を押し返しながら、莉奈の方に振り向きながらコクリとうなづく。


「ああ、店長は画面の向こう側に奥さんが何人もいるような人だから大丈夫よ。少なくとも人畜無害な人よ。」


 クスリと小さく笑いながら、莉奈は言う。


「月野ちゃんって、働いたことあるのー?」


 響が月野のお腹に回していた手を離し、質問を投げる。


「いえ・・・全然ありません。」


 顔を少し落として月野は答える。


「お?おお、そんな顔をしなくても大丈夫だぞ小娘よ!!」


 響は月野の前に立ち、無い胸を張る。


「ほんとですか?」


 月野は顔をあげて、響を見つめる。莉奈は冷たい目で、響を見る。


「ああ、私についていけば万事オッケーさ!!!」


 月野は眼を輝かせる。しかし、


「月野ちゃん、だまされないで。あの子は1ヶ月のうちにお皿を平均で15枚以上割るような曲者よ」


「えっ」


「あ、あれはお皿が勝手に落ちちゃうだけだしっ!!」


 莉奈の発言に月野は驚き、響は驚く。


「物理学上、ちゃんと持てばお皿はおちないわよ」


「じゃあ、なんで落ちちゃうのさ!」


「あなたが何故か……いきなりテンション高くなっちゃって、走り始めるからでしょう?まったく、もう」


 月野はその様子を想像する。


「でも~」


「でもも、何もないわよ。あなたこの前お皿を洗ってる時もやらかしてたじゃない」


「気合い入れたら、何故かとんでちゃったんだよね」


 月野はその様子を想像する。


「とんでちゃったって・・・」


「ふう、月野ちゃん」


 莉奈はひとつため息をつき、月野を呼ぶ。しかし、月野に反応が無い。


「月野ちゃん?」


「は、はい」


 お皿を割っている響を想像していた月野は、いきなり呼ばれたことでハッとする。


「……大丈夫?」


「はい、大丈夫です。なんですか?」


「ああいえ、働くときは私に頼ってねってこと。この馬鹿妹じゃなくて」


「むー」


 響は床に体育座りをして、口をとがらせている。


「へっ」


 響は目をそらし、小さく笑う。


「何よ」


「言っても良いの?お姉ちゃん?」


「うっ……、何その不気味な笑いは……」


「お姉ちゃん、誠お兄ちゃんへの成績上げるために月野ちゃんに媚びて……「わあああああああ!!!!何を言ってるのよ!!!!!」」


 月野は眼を点にしている。意味がわからなかったらしい月野に、莉奈はホッとする。


「ふう。響、何を根拠にそんなことを?」


「言って良いのお姉ちゃん?」


 子供っぽく笑いながら、響は攻めの質問をする。


「言ってみなさい」


「根拠はお姉ちゃんの下着だーーー!!!あと、香水!!!」


「なあーーー!!??」「し、下着で何かがわかるんですか!?」


 莉奈は大声を出して驚き、月野はとにかく話に入ろうとする。


「お姉ちゃん!!あなたは今日、帰る前に下着を替えましたね!!いつもはスポブラのくせに!!!」


 響は探偵のように指をさしながら、答える。


「な、ななななんあなあ!!!」


 莉奈は一気に赤面し、あわあわとする。


「ふ、ふん。そんなの憶測じゃない?」


 莉奈は時々鋭い響に動揺しながらも、反撃する。しかし、これがまずかった。響はあほの子なのだ、基本的に。


「ならば……調査だーーーーーー!!!!!!!」


 響は莉奈に飛びかかる。正確には、スカートの中を。


「ちょ、どんなところに顔突っ込んでんのよやめなさい!!ひゃんっ!!!」


「うへへへ、よいではないかよいではないか~」


「こ、こらぁ!!」


 ↑ここまでほとんど月野出番なし

 ↓ここから出番あり(やっと!)


 月野は困惑していた。今までこのようなことに出くわしたことが無いからだ。


(どうしよう、この人達……なんでこんなことしてるの……?」


「ふひのふぁん!!(月野ちゃん!!)」


「は、はい」


「ふひのふぁんもへつだうんだ!!(月野ちゃんも手伝うんだ!!)」


「ええ!?」


「ほの胸をもむんだ!!さ、ふぁやく!!(このでかい胸をもむんだ!!さ、早く!!)」


 莉奈のスカートのなかに顔を突っ込んでいる響が何かをわめく。しかし、悲しいことに月野は何を言ったのかを理解してしまう。


「こ、こうゆーのって友達同士でもするの?」


「ほうぜん!!!(当然!!!)」


「へ、へー。そういうことなら……」


「ほい!!!(来い!!!)」


「そりゃーーー!!!」


 月野は莉奈に飛びかかる。正確にはその巨乳に手が伸びる。


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 誠は風呂に入ることで、数日間にたまった疲れをとる時間を有意義に感じていた。


「ふ~~~」


 誠は四角の石が敷き詰められたような天井を見上げながら考える。自分の過去のこと。今の仕事や学校のこと。そして、赤い眼をもつ不思議な少女、月野火凛。


 誠は眼を閉じる。そして、考察する。


(あの子は何者なんだ?)


 誠は動揺していた。少なくとも、あの時は。


 誠は月野と初めて眼を合わせた時、自分の中で何かがあった。それだけは理解していた。深く深く取り込まれるような。深く深く自分の中に取り込みたいと考えるような。


 不思議な感覚。


 誠は嫌な気分だった。理解できないものが誠は嫌いだった。


「・・・あがるか・・・」


 誠は時計を見て、小さく呟く。誠はタオルをとり、頭から足まで乱暴にふいていく。すると、ドアの向こうから3人組の楽しそうな声が聞こえてくる。誠は少し固まり、少し笑う。


「うーしっ!がんばるか!!」


 自分の周りにいる友達の存在の確認し、やる気をだす。もちろん、この後のバイトに立ち向かうためだ。そして、新しい服に着替えるとドアを開ける。そこには、……。


 さっきまで、そう。さっきまで、上品な感じで誠と接していた莉奈が二人組の女子に圧倒(意味深)されていた。


 もともと莉奈はかなりスタイルがよく、モデルもやっていたほどだ。今はやっていないが、現役女子高生で持つべきではない肉体を持っている。そんな彼女が、健全の2文字を破壊するような顔とポーズをとったら……。


(俺の心は無俺の心は無俺の心は無俺の心は……)


 誠は大興奮している3人を見て、即座にATF(エーティーフィールド)を全開にして、耐え忍ぶ。おもに本能に。


(つーか、なんで月野も参加してんの?)


 誠は月野を見て、疑問を浮かべる。


(上品になったり、子供っぽかったり、凶暴化したり、しまいには変態になるとは、末恐ろしいな……色んな意味で)


(まあ、おおかた響がそそのかしたんだろうな……)


 そんなことを予想しながら、誠は近づく。しかし、2人は誠の存在にすら気付かない。誠は思い切って、月野の両脇を両手でつかみ、もだえる莉奈をあまり見ないように引き離す。


「ひゃっ!ま、まことさん!?」


 首だけ振り向いて、月野は誠の存在を確認する。そして同時に、まことという単語を聞いた莉奈が正気にもどり、ハッとする。


「えっ、誠さん!?て、ひゃあ!!」


「響、そろそろやめてくれ。目のやり場に困るって」


 誠は響の首をつかみ、莉奈のスカート内から引っ張り出す。


「おー、お兄ちゃん嬉しくないの?」


「これで喜んだら俺は最低の人間だ阿呆」


「あっはっはっは」


 響はわざとらしく笑いながら流す。


「おい、大丈夫か?」


「う、うん・・・。ってキャアアアアアアアアア!!!!!!」


 莉奈は正気に戻り、自分の醜態にまみれまくった状態を恥じり、赤面する。そして、急いで服を元に戻す。


「・・・月野」


「なんですか?」


「良くわかんないけど莉奈を見習おうな。今の響は反面教師にしなさい」


「はい」


「アアアアアァァァ…………!!!」


「おねーちゃん、待ってー!」


 乱暴にドアが開けられ、ふたりの金髪女子はいなくなった。誠は一度、莉奈と響を帰らせると、月野を風呂に入れた。そして、今は電話をしている。相手はこの建物の最上階に住む2人のうちの1人で、店長とは別の自分の上司でもある人間だった。



 名前は山川佐知子やまかわさちこという。そこら辺の女どころか男すら圧倒する知能と美貌を持つ魔性の女(店長談)だ。それはまんざら嘘でも彼女は情報屋という立場で日々行動している。ちなみに、彼女の生活範囲は屋上の一室のみで、なかなか外には出てこない引きこもりだ。



「………それで今回の件はちゃんと始末をつけたと。」


「はい、ひとり大学生が仕事を無くしたぐらいですね。」


「ふむ、まあ良い。あやつは中々の罪人だからな、周りの人間にも少しは罪を償って貰わんと。」


「そっすね」


「まあ、お前は、知らんからな、私が、今まで、どれだけ、あいつから、妨、害、さ、れ、た、か、を。」


「いらいらしないでください、山川さん」


 山川佐知子はいらつくと、言葉の間に句点が多くつき始める。


「………コホン、まあいい。」


「そうですか」


 誠は、向こうで月野が体を洗っているだろうドアをみる。


(そろそろ切り出してみるか………)


 誠は情報屋である自分の上司に聞きたいことがあった。


「すいません、ひとつ頼みたいことが」


「ん、なに?」


「えっとですね、一人調べてほしいんですけどお願いできますか?」


「…………ほう、君が私に頼み事とは……驚きだな。」


「俺も驚いてます」


 誠の顔には何も変化は無いが、彼は彼女に合わせた。苛立っている有能な女は怒らせると普通の女よりも面倒なのだ(店長談)。


「それで、用件は?」


「月野火凛という少女について調べてもらえますか。」


「月野火凛?」


「はい、とりあえず分かるだけ全て。」


「……………」


「どうかしましたか?」


 突然黙る上司に誠は少し不審に思う。


「誠よ」


「はい」


「それはできない」


「え、……何故ですか??」


(まさか、月野は何か重大な何かを持っていて指名手配中だった……とか?)


「そんなことも分からないのか?」


「はい」


「そうか……」


「なんでそんな悟ったような返事なんですか、理由を教えてください!」


 誠は自分の上司に、少し強く言う。


「…………」


「まさかそんなに重大な秘密でも抱えているんですか!?月野火凛は!?」


 誠はさらに強く言う。それは月野を守りたいという強い保護欲としか言いようの無いもう一つの感情からだった。


「月野火凛とは女か?」


「そうですけど」


 誠は電話越しに自分の上司のため息をつく音を聞く。誠の顔は真剣そのものだ。一言一句聞き洩らさないように、片方の耳はふさいでいる。


「誠よ、私は幻滅したよ」


「……えっ……?」


 誠は予想していた言葉とは、全く違うベクトルの言葉に驚く。


「当たり前だろう。女の情報が知りたいというのは一介の高校生ならしょうがないことだが、そんな低俗なことのために、私を使おうなどとは…………。はぁ、全くもって驚きの一言でしかないよ。そもそも君は……」


 誠は無表情だった。こんな思考回路を持つ女が自分の上司であることに誠は幻滅していた。


(多分、疲れている)


 そう判断した誠は、即座に電話を切った。何度か名前を呼んでいたが聞かなかったことにした。誠は一度ため息をつき、振り返る。するとそこには、色違いの誠のパーカーを着た月野がドアの前で立っている。


(・・・黒色だとやっぱり重いな・・・って、あれ?)


 誠は不思議に思う。月野は何故俺の服の在り処を知ってるんだ?と。


「月野、なんで俺の服持ってるんだ?」


「取り出してきたからです」


「……なんで場所を知ってるんだ?」


 誠は背中に冷や汗をかく。


「もちろん教えてもらったからです」


「……誰に?」


「そりゃあ、莉奈さんに」


「」


誠は無表情になった。あそこには誠‘Sコレクションが下に敷き詰められているのだ。何のコレクションかは察してください。


「月野、さっき莉奈か響のどちらかが俺のもので、何かを持っていかなかったか?」


 月野は首を少しかしげる。


「さあ、私はよく見てないから分からないんですけど……本のようなものをもっていきましたよ?薄い本ばかりでしたけど……」


「」


 誠はすぐに自分の服の棚のもとへ駆けつけ、少し息を上げる。


(まさか……いや、あり得ないぞ。二重底のはずだぞ……)


誠は引き出しを開け、ゆっくりと服を取り除いていく。


(まさか、そんな……)


そこには…………

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