プロローグ

 命がけで子孫を残そうとするセミが不規則に鳴く音を不快に感じながら、絶賛夏休み中の高校二年生、藤月誠は街中を歩いていた。


 社会の役に立たないガキを閉じ込めておく牢獄、通称『学校』でもらう国語の教科書風に現在の状態をまとめてみる。


 ここは公園だ。かなり大きい公園であり、遊具が多いことで有名な公園だ。しかし、今俺が大好きな子供の声やJKの声が聞こえないし、姿もない。


「暑い……」


 下らない妄想でただでさえ少ない体内エネルギーを脳に使ってしまったことに激しく後悔する。いや、体内エネルギーって何だよってしばし自問自答し、やっぱり閑話休題しよう。


「うあー……」


 我ながら情けない声を出す。しかし、今日までの仮宿であるボロアパートの一室に辿り着くには、歩いて40分はかかる。つまり、この灼熱地獄のような環境でまだまだ歩き続けなければならないのだ。そりゃあ誰でもこうなるはず・・・だと思う。


 そもそも、何故こんな環境なお外でお散歩中なのには理由がある。それはバイトだ。高校生になると同時に、やっと許される輝かしい小遣い稼ぎだ。始めるのは良い。しかし、とても辛かった。


 その理由はバイト先の古本屋の先輩JKにある。彼女は言葉に表すのも難しい失敗を、半日で両手の数ほど繰り返したのだ。さらに、当の本人はいつの間にか逃亡した。世に言うバックレである。


 おかげで、俺には壊れたエアコンや扇風機と一緒に残業という、灼熱地獄の切符を渡されてしまった。そして、俺はリストラの4文字を店長から頂いたのだ。


 まあ、当初の目的は果たしたから良い。でも、厄日だなと思った(小並感)。


「暑い……もう嫌だ……」


 疲れた体を動かし、独り言を呟きながら手元の腕時計を見る。腕時計は夕方の時間を表していた。見ると共に立ち止まり、俺は決心した。


 休める場所を探そう、と。


 下を向いている頭を上げ、俺は全力で涼しげな場所を探す。ゆらゆらと熱によって揺れる景色の中で、少し離れた場所に横幅取り過ぎな滑り台の下の空間を見つけた。


 俺の頭の中でナイスとレッツゴーの文字が踊り、自然と足は滑り台が作る物陰に向かう。


「影……影……影がある場所」


 ゾンビのように足を引きずりながら目的地へと向かう。そして、5分後倒れるようにその少し薄暗い空間へと侵入していった。仰向けになって大きく深呼吸し、息を長々と吐く。


「……疲れた」


 とりあえず、今日一日の感想として一言を脳内で呟いた。そして、俺は地面に帯びる優しい冷たさに癒される。やはり自然が一番だ。


 そんな謎の第三者に脳内説明しながら横を見ると、変に角張ってる物体を見つけた。この滑り台の下に既にあった物らしい。俺の視界は急激な温度変化に耐えられなかったのか、それをはっきりと捉えることができない。


 何故だろう、見なかったことにすべきなのだが、何故か興味が引かれてしまう。


 目をこすり、再度確認してそれが段ボールの山であることを理解する。興味を引くのは段ボールの真ん中にある黒い空洞だ。どうやらこの時の俺は、暑さに頭をやられており、理性も弱まっていたらしい。おそるおそる俺は近づき、中を覗きこんだ。すると、………












 小さいホームレスがいた。








 どこからどう見ても、というか臭いがもうホームレスだ。第3級日本人か?と疑うが、普通第3級日本人はこんなところにはいない。彼等はスラムや隔壁からは出て来ない。いや、出て来れない。


 だとすると、この子供は?


 そんな疑問を浮かべていると、


「う……うなあー……」


 子供が少し高い音でとぼけた声をだす。


「ふわああ~あ~~」


 子供は大きく欠伸をして起きた。そして、こちらを見る。


「……」


「……」


 目が合い、数秒無言の時間が流れる。そして、


「キャアアアアアアアアアアア!!!!!」


「……」


 とても大きな声で叫ばれた。声の質はとても高く性別は女らしい。また、とても怯えている為、超紳士的なファーストコンタクトを試みてみる。


「ぼくh……」


「イヤアアアアアアアアアアア!!!」


「……。」


 この少女は喋らせてくれないらしい。ファーストコンタクト失敗につき、気だるさが増した。しかも、まだ怯えている。俺は原因が何かわからない。どっちが危なそうかと言えば、普通は……この状況だと俺の方か。


 ふと外を見るが、影の外はまだまだ暑そうだった。流石にもう涼しくなるまでは、ここからあまり出たくない。しかし、ここには俺を怯える子供が一人いる。


 ここから我慢して出ていくか、この子供ともう一度コンタクトをとるか。二つの選択肢の内、どっちを選ぼうか考える。


 しかし、俺は斜め上の閃きを見つける男だ。つまりは選択肢3の発見である。 子供を無視し、涼しくなるまでここで待つ。これが良い、厄介事はスルーに限るじゃないか。


 そうと決まれば寝よう、結構この芝生寝心地良さそうだし、時間もつぶれるだろうと思う。そして、ごろんと横になり寝る準備を整えると、


「あ……あのぉ」


 急にそちらから話しかけてくる。さっき話しかけたら悲鳴をあげたくせに。俺は女心がよくわからない。知り合いの女も時々訳分からない事を言うし、そういう気質なのだろうか。


「そ……そこは、」


 疲れてる為か、とても簡単に眠れそうだ。どんどん眠気に支配されていく感じがある。ちょっと心地良い。


「ムカデの……すみかですよ。」


「…………。」


 この時、俺の思考は1コンマの間だけ一時停止した。そして、即座に多足虫のフォルムを想像し、自分の背中に感じるモゾモゾした感触を感じる。そして、それを感じるごとに、俺の血の気は冷めていく。


 次の行動は、もはや本能で動いていた。


「ギィヤアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 大きく悲鳴をあげながら最高速度の動きで起き上がる&服を脱ぎ、灼熱地獄のお外へ全力疾走&服をぶん投げた。


 服は汗とムカデとの空中分解を果たしながら地面に落ち、その服を全力疾走中の俺が拾い上げムカデの不所在を確認した。


「~~~~!!!」


 流石に、ひとつ文句を言ってやろうと思い、滑り台の下へ戻ろうとすると、誠はひとつ疑問を感じた。


 何故こんな公園でホームレスをしているのだ?


 普通ホームレスだならば、屋根の代わりとなる住処と食料が手に入る下町の商店街に行くはずだ。しかし、この整備された公園では住処は手に入ったとしても、まともな食料が手に入るとは思えない。


 じゃあ、あいつはどうやって生活しているのだ?


 もし最近ホームレスとして、ここに住み始めたとする。その場合、誰かから食べ物を恵んでもらわない限り、水道水しか飲めないだろう。誰かを襲う等は、この華奢すぎる体では無理だ。


 そして、この灼熱地獄のような環境とすると、もし一週間前に暮らし始めている場合、早くまともな食事をしない限り、あの小さな体では限界が近い筈だ。


 いや、まだ決まった訳ではない。まずは本人に聞いてみないと分からない。しかし、何らかの訳ありな事は明白だった。


 俺は服を着てから滑り台の下へ向かう。 


 戻ると子供はまだ汚らしい段ボールハウスの中にいた。顔を半分だけ出して、こっちをじーっと見ている。ボサボサ長めの髪の毛が目を隠しているため、一層精神的な危険を感じさせるように仕上がっている。例えるなら、野良猫が近いだろう。


「なあ」


 とりあえずセカンドコンタクトを開始してみる。だが、返答は返って来なかった。この場合、それは返答したことになるのだろうか?いや、ならない。


「お前さ、名前は?」


 めげずに一方的なコンタクトをとり続けてみる。哀しさと虚しさを感じ始める。するとその時、少しだけ警戒心を緩めたのか、おずおずと顔のもう半分をだしてきた。


「えー……っと、お名前は?」


 アルバイトで培った営業スマイルを駆使して、再度同質問した。


「……月……野…………。」


 それが功を奏したのかやっと名字らしい名前を名乗ってくれた。ふむ、月野…。変わった名字だ。名前は……後回しでも良いか。


 とりあえず、この子供が何なのか知りたいと感じている。また自分の意思と本能のような何かが乖離かいりしている気分に落ちた。これは何故かよくある事なのだ。痛みも何も無いが、自分と自分以外の何かが体を共有している感覚だ。


「……あなたは?」


 俺の名前を知ろうとしているのか、オドオドしながらも質問を投げつけてきた。


「俺?俺は藤月誠ふじつきまことという人間です。」


 誰に対しても丁寧な口調で返答する俺は偉いと思う。俺が名前を明かすと、月野は警戒心を解いたのかいそいそと体を出してきた。


 その子供が出てきた瞬間、太陽が傾いたのか強い光を目に受けてしまい、視界が一瞬で曇ってしまう。


「うっ……!」


思わず場所を移動し、何度か瞬きをしてみる。すると、俺の目に月野の姿が段々と見え始める。その時、突然強風が駆け抜けながら彼女の前髪を祓った。


「………ッ!!!」


 その瞬間、俺はその月野という人間の姿に見とれていた。


 約8~10歳ぐらいだろうか、ぼろぼろのフリルのついたワンピースを着た少女。少し細いと思われる体と不安げな表情をした端正な顔立ちと真黒いボサボサの髪と水墨画の線のような細く長い眉毛。そして、前髪の奥から見え隠れしている純粋な赤色の目が、特に印象的だった。


 つまり、美少女。だれが見ても、多分そう言うだろう。良く今まで汚いアイドル事務所に捕まらなかったものだ。捕まれば、今頃第1級日本人の玩具となっていただろう。


「あの」


 呆然としている俺に、少女は少し高い清涼な声で話しかける。


「……あ、ああ何だ?」


 月野という少女は少し首をかしげながら不安そうな表情をする。何を言い出すのだろうか?


「だ……大丈夫ですか?」


 身を案じられてしまった。俺は少し頭を押さえ、冷静になる。先程の疑問を質問しよう。


「俺のことよりさ、月野ちゃんに質問したいことがあるんだけど…いい?」


 コクンと月野が小さく頷く。あれ?今頷いたのだろうか?まあ、いいか。


「じゃあまずさ、何でこんな場所でホームレスしてるんだ?」


「……えー、お金がないから……ですね……。」


 そうじゃない。


「いやそういうことじゃなくてさ、なんでわざわざこの公園を選んでるのかってこと」


「………!」


 どうやら理解してくれたようだ。


「………眠い…」


 俺は少し口をポカンと開ける。


「…おやすみなさあい……」


 俺が静止の頼みを言う前にもう寝息が聞こえる。これはひとつ言わせてもらいたい。


「のび〇かお前は」


 すやすやと段ボールの上で気持ちよさそうに眠る少女、月野を見ながら、考えていた。



 この少女は、これからどうやって生きていくのだろうか?



 この公園には今はかなり暑いから人もあまり出てこないから大衆の目にもつかないが、夏にも終わりがある。秋に近づけば人目につくし、何が起こるか分からない。最悪の場合、夏の間に死んでしまう可能性がある。


 やっぱり、これしかないか………。


 影の外を見てみる。少しは涼しくなったかどうか、とりあえず途中で倒れないことを願いながら、新たな重い荷物を背負って歩き始めた。


 俺は思う。自分には合わないことをしている。そして、やはり何か……乖離しているな、と。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 我が家であるボロアパートの一室の玄関前に着いた時、藤月誠は汗で水浸しの様な状態だった。


「ハァ、ハァ、やっと……ついた……」


 くそっ、最初は軽いし大丈夫だろうと思ってたけど……坂道はさすがに……きつかった。背中には、すやすやと幸せそうな寝顔をした少女、月野が乗っている。何とか片方の手で月野を支えながら、もう片方の手でドアを開けた。そして、少しごちゃごちゃした1LDKで空いてる空間にひとまず月野を寝かす。


 結構汚れているため、後で風呂場に入れて洗わなければ――とか考えながら冷蔵庫を開ける。すると、夏場には至福のような冷風が出迎えてもらい、快感を感じる。しかし、無駄な電気代がかかると我に帰り、中身の確認作業に戻ると肩を落とすはめになった。


 水とおにぎりが2つだけ……という現実。


 そのおにぎりは料理下手な知り合いの姉妹の内、妹の方が作ってくれたものだ。だが、とても食えたもんじゃない。何が入っているかもわからない超危険物体だ。口にしてはならない禁忌の食物と言っても良い。


 つまり、現在口につけられるのは水だけということになり、自ずと選択肢は限られる。水だけで一日やりすごすか、何かを買ってくるかの2択に別れて、俺の脳内会議が勃発した。


 いつもなら節約のことを考えて、通常スキル 我慢 を使用する。そして、水だけで今日は過ごし、明日の朝にファミレスの食べ放題カレーでも食べる方が良い。


 しかし、この今日の疲れを水と睡眠だけで癒し、明日のバイトに望めるだろうか……?


 悶々と考えていると、いきなりガチャンッと音がした。その瞬間、俺は台所にある包丁を手に取って振り向く。


「……あら?」


 しかし、そこには異常はなかった。包丁をしまい、音源であろう月野に近づく。近くにある彼女の手が俺の持ち物のバッグに触れているのを見て、彼女がそれを押したから鳴ったらしい。とりあえず、何らかの襲撃ではないことに安心した。


そして、月野の寝顔を見たとき、俺の脳内会議は決着がついた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 赤色の眼を持つ少女、月野は眠っていた。


 月野のその姿は誰から見ても、普通の少女だった。


 それはそこに異常がないからだった。


 少女はまぶたを下ろしている時のみ、普通の存在となり、周りの人々とも手を取り合うことができる。しかし、その少女が願うことで眼を開放した瞬間、その世界は瞬く間に壊れていく。


 その少女に異常が現れたがために、手を取り合う人々は皆離れていく。


 黒色の髪の毛と黒色の眼を持つ民族


 そして、この国で上位階級の人間達


 第一級”純粋”日本人


 異端を嫌い淘汰する世界には、赤眼の少女の居場所など存在しなかった。


 だから……いつまでも逃げ続ける。


 そんな過去を夢の中で少女は見て、今度は眠った場所とは違う場所で起きる事も知らず、現実の世界に帰っていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 月野が目を覚ました時、最初に見たのは知らない天井だった。


「……ちゃいろ……」


 寝ぼけているのか、天井の色を呟く。


「……ァ……!」


 少しして、完全に目が覚めたようで、辺りを見回して状況の確認をし始める。そして、ここはどこかの民家だと理解した。


「……ここは、どこ……?」


 しかし、どこかもわからず、誰が連れてきたのかも分からない月野は怯えていた。先程、自分の住みかの前で会った男のことは、恐怖心で忘れているらしい。


 月野はその恐怖からか、台所にある包丁を手に持ち、机の下に隠れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 誠は夜道を歩くことに1つ後悔していた。


 それは不良集団の存在だ。不良集団とは、俺たち第二級日本人の学生の落ちこぼれの集まりである。彼等は人があまり徘徊しない夜の時間帯に集まって、行動をし始める。しかも何らかの迷惑活動をするから困る存在なのだ。カブト虫の方がよっぽど常識というモノをわきまえていると素直に思う。


 問題は、コンビニから家へと帰る途中で、10人ほどの不良達とのハッピーな出会いがあったことだ。


 当然、俺は金をゆすられた。万全の俺なら、別に余裕で叩き潰すことは造作も無い。しかし、今の俺は一日の半分を費やすバイトと少女を担いで家に帰るというハードデイを過ごしたばかりだ。


 これには勝てません、と俺の脳内では一瞬で諦めを結論として提出してくれた。そして、俺はしぶしぶ俺は財布を見せ、残りの500円を持っていかれた。


 それを見た彼らの目は、可哀想なやつを見る蔑みの目だった。意味が分からない。高校生が500円しか持っていない事実の、何が彼らの眼をそうさせたのかが。


 すっかりダイエットを成功させた財布をポケットにしまう。少々落ち込みながら俺は食材を持ち帰り、眠る少女の月野がいる借宿の玄関前まで来ていた。


 そして、鍵を取り出し玄関を開けると異常に気がついた。月野がいない。窓、ベランダは開いていないし、玄関は閉まっていた。


 別に部屋が荒らされた形跡は……最初から散らかっているため分からない。だが、盗む程価値があるモノはバッグぐらいしかない。


 にも関わらず、月野が寝ていた場所にぽっかりと穴があいたかのように、そこには何も存在していなかった。嫌な考えが頭をよぎるが、とりあえず家に入って買ったものを机の上に置く。そして、カーテンを開けて窓を確認しようと。カーテンを開けようとする。その瞬間、窓にはナイフが写っていた。


 背中から冷えるような危険を感じる。それと同時に、俺は左方向へと全力で避けた。


 そして次の瞬間、俺にナイフを降り下ろしてきた人間を確認する。それは俺の嫌な考えの通り、月野だった。彼女は窓にぶつかり、頭を押さえて呻いている。


 しかし、すぐに月野は立ち上がり、こちらに包丁を向けた。その時、見えた月野の顔をは、何か恐ろしいものから逃れようとするような酷く歪んだ顔をしていた。


「ウアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」


 姿を見られたからか、奇声を発しながら襲ってくる。


「ちょっ、まっ……クソッ!!」


 俺は考える余裕もなく、何とか今ある全力を出して襲ってくる月野を避ける。しかし、避けた先には俺の書類の山があり、それらに背中から首までまんべんなく強くぶつかった。


「……ッ!」


 受け身が取れなかった為に鈍い痛みが発し、俺は情けなく呻く。すると、その衝撃のせいか疲れのせいかはわからないが、意識が遠くなっていくのを感じ始めた。


 しかし、ここで意識を失えばこの狂った月野に殺されてしまう。それは絶対に嫌だ。とにかく、なんとか疲弊しまくった肉体を動かして間一髪のところを避け続ける。


 だが、動き続けるごとにだんだんと視界もぼやけていった。そして、とうとう腕にわずかだが傷をつけられ、同時に倒れる。もう限界だった。


 燃え上がるような赤い目が俺を見ながら、近づいてくる。俺はここで情けない死を覚悟しながら、悔みつつ意識を落とした。


 その赤目が誠の隣に移り、そして、とても大きく哀れに見開かれていることに気付かないまま。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それはまさしく、一瞬 という表現が当てはまる状況だった。あの時、意識が落ちた後に自分の意識が復活していたのだ。しかし、意識があるにも関わらず、何も見えない。


 真っ暗だった。俺は本当に死んだのではないのだろうか。そうに違いない。何も見えないということはつまり、ここは地獄なのだろう。


(そのうち、地獄の使者達が俺を閻魔のもとに連れていくのかぁ。せめて、閻魔の秘書が超美人のお姉さんだったら良いんだけどなぁ)


 そんなことを考えながら、今まで、自分が造ってきた罪を思い出さないようにする。しばらく、悶々としていると意識だけでなく、体の動作権も取り戻していく。


 すると、ある異変に気がつく。頭に妙な圧迫感があるのだ。あと、異臭がする。


(何だこれ……恐ろしく鼻につくニオイなんだが……)


 右手を使い、自分の頭をさわろうとする。その触り心地は、完全に布だった。どうやら、異臭の源もこれのようだった。


 腕に力を入れて、その源をどかす。すると、強い光が俺の目の中に侵入してくることを感じる。


「…………」



 すっかり朝だった。


 窓から入ってくる朝日は、現在の我が家の昨日の惨状の結果を見せてくれた。そして、自分の腹筋と背筋に力を入れて起きあがる。


 その隣には、さっきひっぺがした物体があった。それの正体は幸せそうな寝顔の月野だった。とりあえず、窓と玄関を開ける。臭いが、ヤバいのだ。


 感想としては……、少女の臭いなのかこれは。窓と玄関を開けると、次に少女を風呂場へ連れて行く。臭いの根源を何とかしない限り、借り宿の臭いがきつくなり続けるからだ。まあ、ここは今日にでも出て行くのだが。


(俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない……)


 俺は総計10文字の言語の羅列を淡々とリピートしながら、月野の服を脱がそうとする。俺の額に緊張からの汗が垂れた。


 昔、出来心で女の子の友人(誰かは忘れた)のスカートを覗こうとして、母上に強く叱られた覚えがあるからだ。


 その時、何故許してもらったのかは分からない。だが、それ以来よりトラウマになってスカートを覗くという考えすら起こさなかったのだ。


 しかし、どんどん強くなっていく臭いに耐えきれず、勇気を十万馬力で振り絞って脱がす。その拍子に、月野の頭が急に浮かび上がり、ゴンッと彼女の頭が床にぶつかる音がする。


 あっ…と、俺は思わず口を開く。


 その時、俺は生まれて初めて世の男子が追い求める女子の体を見る。それはとても綺麗な、幼い未完成の体だった。しかし、本や映像で見るよりも女を認識する身体でもあった。


「う…む…う~……」


 頭をぶつけたからか、月野が幸せそうだった眠りから目を覚ます。


「ふわあ~~うあ~~」


 あくびなのか、よくわからない声を出しながら、月野は目をこする。月野がこっちをみる。また、月野が自分の状態も見る。


 俺は冷や汗を流した。


 ぼっと月野が顔を赤らめながらこっちを見る。そして、俺の頭の中ではたったの3文字しかない。


 詰んだ


 その瞬間、


「キャアアアアアアアアアア!!!!!?!」


 やっぱり叫ばれた。


「月野、誤解だって」


「変態!!私に何をしようとしたのですか!?触らないで下さい!!!」


 俺の弁明も聞かず、変態呼わばりしてきた。この後、俺は何度も弁解しようとするが、


「………誤解だって」


「変態!!来ないで!!変態!!」


こんな感じのいたちごっこだった。しかし、しばらくして月野が幸いにも自分から風呂場に入ってくれたのだ。ありがたい。


 まあ……本人は、


「絶対覗かないでくださいね・・・」


って、丁寧に注意してきたのだが。


 おどおどした全てのものに怖がっているような月野


 俺を殺そうとしてきた月野


 今まで俺が見た月野の2つに属さない、かなり冷たい月野だった。まあ、幼女だとしても女の子の裸を見た俺が悪いのだから仕方ない。それよりも俺は直感から、あれが本来の月野なのだろうなと確信していた。


 それは置いておいて、洗面台前から追い出された俺のやることは2つだった。


 掃除と飯。特に、飯が重要だった。


(昨日の夜から何も食ってないしな。)


 冷蔵庫には、昨日の夜から変化なしである。そのため、俺は冷蔵庫には目もくれなかった。


 俺は下を向き、残念そうな顔をする。俺達が寝ていた時、足が向いてるほうの場所に、昨日買ってきた弁当やパン?デザートが散乱していた。


「………ハァ……」


 俺は少し時間をおき、ため息をつき、それらを回収し始める。すると、あることに気づく。


「?」


 デザートでプリンを3つ買ってきたのだが、それらだけ綺麗に食べられていた。それに気づいた時、風呂場へと続く通路を塞ぐドアが僅かに開いた。


(ははぁ…なるほど…)


 その時、俺はもうひとつのことに気づく。


 月野は替えの服を持っているのだろうか?


 そして、本能ともいえる音がした方向に顔が向くという行動原理に逆らえず、答えを見てしまう。そりゃあもちろん、答えは持っていない。


 諦めがちな顔に変化するのを感じながら、音のした方を見る。そこには、タオル一枚だけの月野の姿があった...、と思われる。ドアを少し開けてこちらを見る赤い目が、こっちを見ていた。


 あれ、なんか少しジト目……悲しい。まあとりあえず、安堵の息を吐くそして、丁度いいと思い、


「あー、替えの服って持ってる?」


「………。」


 反応がない。


「…替えの服…持ってないの?」


 少し戦慄気味に聞く。しかし、月野はジト目のままだ。メンドイ。あ、メンドイとメイドてなんか似てる。いやいや、そうじゃなくて。


 返答を聞くため、どうするか考える。が、もういいやと思い何となく月野の赤色の目をじっと見る。


 五秒後、真っ赤な顔で、変態と俺は罵られた。



 結論、放置。



 少しため息をつく。とりあえず、部屋に散らばっている物の中で、とても大切な我が食物を回収し始める。そして、それらをほぼ空の冷蔵庫に突っ込むかのように入れていく。


 消費期限?腐ってる?……そんなのは関係無い。食べられるかが重要なのだ。


 そして、月野に食べられたであろうプリンを片付けようとすると、ドアの方からガタッと音がする。思わずそちらを見ると、月野があわててドアの向こうに隠れようとする。月野の一連の行動に疑問を感じ、少し考えると、簡単に答えに行き着いた。


 答えの予想としては、ほとんど知らない人のプリン食べちゃったけど大丈夫かなぁ、といったところか。


(まぁ、様子見もするよな……)


 納得し、もう一度ドアの方を見る。月野がこちらの出方を伺ってたのか、また顔をひっこめる。ばれてないと思っているのだろうか?


 微笑ましい。あと、早くシャワー浴びて欲しい。


「月野ー?」


 ドアをノックして開ける。


 俺はここですっかり忘れていたことがあった。先程まで、これをやろうと思っていたけど、何をやるのか忘れてしまう時を想像してもらえるとわかりやすい。ちなみに、俺は断じて痴呆症では無い。


 ドアをガラッと軽快良く開けると、そこには水ッ気のとれた綺麗な状態の、裸の月野の姿があった。浴びていたのか…。


 そのかわり、赤色の目がうるうるとし始める。その後、月野の泣き声が止むのは30分後であり、結局変態と罵られた。 


 女の裸をほとんどみたことが無い俺にとっては、月野が泣き終わるまでの30分間はもはや自分自身の理性と本能(煩悩)の大戦争だった。最終的に、第8次戦争まで発展したぐらいだ。……これじゃあロリコンだな。やっぱり止めよう。結果はという事にしよう。


「んー、じゃあとりあえずこれ着て」


 泣き終わったので、まだ目が真っ赤な月野に俺のTシャツを拾い着せてみる。それにしても、月野の目はもともと赤いので、泣くとさらに赤色が強調される。


「………」


「………」


 しかし、着せて見ると月野の体には大きすぎるため、花魁のような服になってしまう。月野の不機嫌そうな顔がさらに不機嫌になり、赤色の目が俺を強く睨む。俺、何でここまで敵意を見せられるのかわかりません。少しは感謝してほしい。


 裁縫道具を取り出し、その中からフックを探す。そして、それを3本ほど使い月野の首のサイズに調整するために、針を服に刺そうとする。しかし、月野が逃げようとし、慌てて俺は首根っこを掴む。


「やだっ!、なにそれこわいぃぃぃ!!やああぁぁぁ!!!」


「別に刺さないから!心配しなくて良いからじっとしてくれ!!」


 しかし、静止してもらおうと試みるが、なかなかジタバタして動きを止まる気配がない。どうしたものかと誠は頭を抱える。


 そして、月野の顔がほんのりと赤くなっていることには、誠は気づかなかった。


 どうやら、月野は虐待か何かの過去があるようだった。しかし、ピンを知らないところから第2級日本人、つまり一般人でもなさそうだった。そんな俺の考えはよそに、いつまでもいやいや言っている月野にだんだんといら立ちを感じてくる。とうとう諦め、月野を離した。


「きゃうっ!!」


 すると、月野は勢い余って床に小さい悲鳴をあげながら顔をぶつける。そして、額を強くぶつけたのか、ちいさい手で額を押さえながら、転がり始める。その先には、俺が今までかき集めてきた資料の束が……あった。


「ストップ、ストーーップ!!!」


 思わず俺は叫ぶが月野は地獄の火車のように止まらず、資料の束に激突しそうになる。その寸前で、俺は月野が着ている俺の服の裾ををつかむ。


 しかし、悲劇は起こった。


 月野が止まる代償に俺の安物の服はビリビリビリッと音を立てて破れて逝った。そっして、変に男の妄想をふくらませるような状態に(以下略)。さらに、月野はその音を聞こえたのだろうか、不意に自分の顔を自分の体のほうへと向ける。


 その赤い目をこちらに向け、月野は茫然としているような顔でを見る。赤色の目がだんだんと水っぽさを増していくうちに、俺はまた3文字の単語を思い出す。



 詰んだ。 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺は遅すぎる朝食を用意していた。部屋の片づけを後にし、飯を先に作るには理由がある。月野が本日2度目の大泣きをし、泣きやむまでにまたしても30分間ほどかかったのだ。


 そして、泣きやむと「お腹がへった」と食べ物をねだってきた。まあ、俺も腹へってたんだから良しとした。そして、散乱した部屋の片づけという苦行を後回しにした。その代わり、月野が着ていたベランダに絶賛隔離中の服をビニール袋に詰め込み、ヤバス臭を99%隔離な状態にする事だけは済ませる。


 最低限のマイミッションをクリア。そして、昨日買ってきた飯の数々を冷蔵庫から取り出し、お湯で調理し始めていた。月野は、床に女の子座りをしながら、こちらを無表情でじっと見ていた。


「……」


「……」


 振り向かなくても分かるほどの視線を感じるほどだ。ちなみに月野は今、裸パーカーとなっている。もう今持っている他の服は着せない。また破かれたくは無いのだ。無駄な出費が増えると怒られるのは俺なのだ。


 それはそれとして、俺のパーカーなのでやはり大きい。そのため、首の紐でちょうちょ結びをしてある。その為、ボンヤリと魔法使いのような雰囲気をまとっていた。これにトンガリ帽子を被せれば仮装大会で優勝を狙えるかもしれない。


 本人は気に入ったのか、さっきまでクルクルと回って踊っていった。


 しかし、お腹がすいていることもあり、すぐに誠と月野は疲れてしまった。特に月野は顔が青ざめていたから大丈夫かと一抹の不安を浮かべたほどだ。


 そして、今現在である。机の上にはドンドン色んな美味そうな匂いを漂わせるようになっていった。まあ、ほとんどがインスタントなのだが。文明の利器というモノは健康に悪いが、便利なところが罪作りだ。疲れている時にはついつい頼り気味になってしまう。


 月野は料理が運んでいる時もそれには目もくれず、誠の姿をじっと見ていた。そして、俺は調理し終えられるモノを全て机に運び終わり、ため息と共にひと段落つけた。


「いただきます。」


 俺は食事の始まりの合図をする。しかし、月野はまだじっと向かい側に座る月野を見ている。それにだんだんと俺は無視できなくなってしまった。


「た……食べないのか?」


 誠が月野に話しかけると、その少女は少しだけその赤眼をぎらつかせる。しかし、かすかにだが体を震わせていた。


「わ……私を、」


「?」


「わた.……しを、どうする……つもりで……すか?」


「…………」


俺は困惑した。助けてあげたはずの幼女に喜ばれるどころか、警戒されているのだ。というより、その言い方というモノがいけない。それではまるで、俺がレイプ魔の幼女誘拐犯のようじゃないか。しかし、少女の不安を取り除く為に俺は言葉を選ぶ。


「俺は、君に危害は加えないよ。」


「…………」


 月野の表情はあまり変化がなかった。また、無言の空間が部屋を訪れる。しかし、それは大して長い時間では無かった。


「でも!」


 月野がいきなり大声を出し、机を大きく揺らす。しかし、すぐに月野は顔を下に向ける。


「でも、私は……昨日、あなたを殺そうとしたんですよ……」


 本当に少女なのかと思うような、敬語を使って静かに告白をしてくる。そして、俺は昨日の自分がこんなにも小さい女のの子供に襲われ、半ば命を失うことを覚悟していた恥ずかしい記憶を思い出す。誠の額から顎にまで一滴の汗が流れ落ちる。


「...あなたは、何故……私を、ここに連れてきたのですか…」


 月野の口が動き、そこから丁寧な口調の言葉が発せられる。そして、それは恐怖から出てくる質問だと誠は悟った。


「俺は、」


 俺は、理由を探す。そして、それはすぐに見つかる。月野から目をそらし、言っていいものか迷う。その行動に月野は首をかしげる。


 だが、その赤色の両目は誠だけを見ている。


 俺はそれに耐えきれずに、


「綺麗だったから」


と、答えてしまった。 


 誠はさらに顔を横に向ける。そんな誠を見る月野は、とても虚をつかれたのか震えさえ止めてキョトンとした顔をしていた。そして、一言思わず呟く。


「……私が、……綺麗………?」



 俺はゆっくりと顔を戻す。そこには、顔を赤らめ慌てている月野の姿があった。誠は和む。


「まあ、とりあえず冷めるから食べなよ」


「………」


 俺は冷め始めているレトルト食品を勧める。しかし、月野は手をつけようとしない。仕方なく、誠はカップラーメンを食べ始める。その様子を月野は不思議そうに見ていた。


「…食べないの?」


「……それ」


 月野に聞くと、月野は俺の右手を指差す。正確には、右手で持っている箸を。


「それ、どうやって使うんですか?」


 衝撃的質問だ。少女とはいえ、箸を使えない人間が日本にいるだろうか?よっぽどの事情がない限り、あり得ない話だ。


「…知らないの?箸?」


「いえ、知ってます。」


「じゃあ、なんで使えないのさ?」


 今の流れから出てくる普通の質問をしながら、箸をすすめる。すると、月野は俯き、フードを使って顔を隠してしまう。


 誠は焦り、慌てる。


 俺は仕方なく、新しい割り箸を取り出す。パキンと良い音が鳴った。そして、一つから2つになった箸と弁当を持って月野に近づき、名前を呼ぶ。


「月野」


 呼んだ瞬間、その小さい体はビクッと体を震わせる。そして、おそるおそる顔を上げる。誠は、月野に小さく分けたハンバーグを近づける。


「食べるか?」


 今日3回目の同じ質問。月野は、何も言わず行動で示した。誠が箸でつまんでいる肉塊を、小さな口を開けてパクリと食べる。もぐもぐと口を動かすうちに、月野の眼は水がたまっていった。


「ううぅぅええぇぇ…………んぅ………ぅぅぅぁぁぁああ……………」


 今まで、どれぐらい辛いことがあって、それを我慢してきたのか、俺は察した。この娘も、あの時の人災の被害者なのだろうか、と。


 俺と同じように、家族がいないのか、と。


 誠はまたハンバーグを箸で分けてつまみ、月野の口もとに近づける。すると、嗚咽を零しながらも、月野はそれを咀嚼する。噛むたびに月野は涙をこぼす。


 久しぶりの他人からの優しさを、月野は噛みしめていた。


 月野は一つのことを考える。



(この人は何故、私にこんなに優しくするのだろう。)







交わす言葉が少ない食事は、二人の間に奇妙なシンパシーを作った。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る