第27話


【エピローグ】



 私が筆を手に取って記録をつけるのはいつぶりだろうか。


 生まれたときから言葉を知っていた私は、表現に事欠いた経験をしたことがない。それ故に、言葉を書き連ねることも、言葉を記すこともしなかった。


 でも彼と出会って、刻々と流れていく時間を惜しむようになった。何かを残したい、覚えておきたい、その一心が私に筆を取らせた。


しかしそれまで表現に困ることが無かった私だったが、隣にいる啓太のことを書き記す時には筆が止まってしまう事が多かった。啓太は寡黙で淡々としていて、曰く「感情表現が不得意」だそうだ。それは相手から見ても同様で何を考えているのか、そもそも感情があるのかどうか迷ってしまうほどだった。


だからこそ啓太を私はじっくり見ていた。僅かな表情の変化を汲み取ろうと一生懸命だった。そうやって観察し続けたおかげでかなりは読み取れるようになったが、対価として私の表現力が下がった気がした。


記録をつけていて楽しいこともあったが、辛いことの方が多かった。そしてどんどんと増していき、私は用紙に涙を滲ませることもあった。


そして啓太の死を境に、私は日々を書き残す行為を止めた。書き記すことが、振り返ることが恐ろしかった。幾つもの死を通じて、私の心は弱っていった。


そして最期にするつもりだった時、彼はそれを覆した。今まで私が背を向け、恐れていたものを打ち倒し、彼は一つの運命に勝利した。


私が筆を握ったのは、彼と、啓太達のおかげだろう。私はこれまでとは違い、彼の隣ではなく、傍から見守っていくつもりだ。彼の隣には大切な人がいる。彼はその人を守る為に戦っているのだろう。そしてそれは増え続けていくはずだ。


多くの夜を乗り越え、今、再び朝日が昇りだしていく。私はそれを見守っていくことを決めた。今、それをここに書き記す。



 ランはペンを置くと、静かに顔を上げた。ふと目を瞑ればアスクが戦っている光景が目蓋に浮かんだ。キャパシィーター、怪物はまだまだ多く存在する。彼の身を案じて不安にもなる日々は終わりが来ないだろう。


でも、それでも私は信じる。「信じてくれ」と彼が言ったからだ。


だから私は今度こそ前を向いて生きる。


私の周りに彼と、彼を想う人が居る限り。





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アスク 押尾円分 @nakabata

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