終章

 クリスマス直前の祝日、れんげと守弘とミュリエルは国際空港のロビーにいた。

「世話になったわ、レンゲ」

 れんげをぎゅっと抱きしめて、ミュリエルは言っていた。

 姫木に来た時と同じ、ワンピースの上にコートを羽織っている。

「まさかあんな事になるとは思ってもいなかったけど――ありがとう」

 ミュリエルのトランクにはWBだった灰が何重にも密閉された袋に詰められ、荷物に混じって収められている。

「ミュリエルさんも道中、お気をつけて」

 れんげは厚手のニットとロングスカート。

 守弘は二人の様子を少し離れて、やはり複雑な表情で見ていた。


 ――翌朝の学校は混乱していた。

 昏睡していた生徒がすべて回復し、代わりにWBが消えていたのだ。

 英語教師の古武は熱を出して終業式まで休んでしまったが、学校は無事に二学期の終わりを迎えた。

 れんげは翠穂に真相は話せず、ミュリエルと相談して決めた『謎の病原菌による集団昏睡事件で、WBはその治療のために帰国』という説で貫くことになった。

 どうやってか明かさないがミュリエルはクリスマス時期の飛行機のチケットを確保し、れんげと守弘が空港まで送ることになった。


「帰国してもお元気で」

「レンゲも――そこの彼もね」

 ミュリエルはれんげを放して守弘の所へ行った。

「頑張って」

 握手と、一言だけ言って、ウインクを残してれんげの傍に戻る。

「ミュリエルさんはこれからもこのお仕事ですか?」

「そうね。辞められないと思う。

 ――もしかしたらまた日本に来られるかもね」

 ミュリエルは言って、笑った。

「――でも今度来る時は観光がいいなぁ。

 係員に変な顔されるんだもん。『戦いに来た』とか言ったら」

「ぜひ遊びにいらしてください。

 姉も紹介します」

「へぇ――レンゲ、お姉さんがいるんだ。

 やっぱりその――?」

「ええ」

 れんげは微笑んで頷く。

 空港のアナウンスが搭乗案内を告げた。

 ミュリエルが上を見る。

「あ――もう、行かなきゃ」

 れんげからトランクを受け取り、ミュリエルはれんげから離れた。

 すぐ後ろにゲートがある。

「本当に元気でね、レンゲっ。

 また――」

 ミュリエルが笑い、れんげも笑顔で会釈した。


 ミュリエルが金属探知をパスし、角を曲がって見えなくなるまで、れんげはずっと見送っていた。



 空港の行き帰りは守弘が借りたレンタカーを使っていた。

 高速道路に乗って、姫木まで向かう途中でれんげが言う。

「守弘さん――何か怒ってますか?」

「怒ってない――いや」

 前を見たまま守弘は答えた。

「怒ってるとしたら、自分にだ」

「自己嫌悪ですか? どうして――」

 守弘は複雑な表情を更に強くしていた。

「俺――情けないなと思って」

 れんげは不思議そうに守弘を見る。

 守弘はちらっとその顔を見て、

「ちっとも役に立ってないし、『守る』って言ったのに全然何もできなくて、ただアイツにやられただけで……」

「気にしないで下さい」

 れんげも表情を曇らせ、視線を落とした。

「不得手な相手、というのはどうしてもいますし――」

 そこでれんげは言い淀む。

 守弘もそれ以上言えないでいた。

 WBに言われたことがしこりのように守弘の心にこびりついていた。

 二人にしばらく、沈黙が下りる。


 れんげが、話題を変えた。

「ところで――もう明日ですね」

「え……っ?」

「明日がクリスマスイブ、というのでしょう?」

「あ――」

「行くところ、決めてらっしゃるのでしょう?

 何とか片も付きましたし、お約束通り――」

「いいの?」

 守弘は思わず聞いていた。

「ええ。

 どうしてですか?」

「いや――何でもない」

 そっか、明日か、と口の中で繰り返して守弘はハンドルを握り直し、助手席に座るれんげを見た。



 小柄な少女にしか見えない付喪神の娘は、ただ優しく微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

付喪神蓮華草子 / 聖淫聖夜 あきらつかさ @aqua_hare

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ