エピローグ

 会社から帰ってきた和弘が大きな荷物を抱えていたのは、その2日後の夜だった。

「芳幸、欲しいって言ってたテナーサックス買ってきたぞ。まだ返品できるから欲しいのと合ってるかどうか確認しな」

 芳幸は何も言わずに黒いケースを父親から受け取った。ケースの中の楽器は、家の電気が反射しているのか、不思議と眩しかった。

「ありがとう、父さん」

「うん。大事に使えよ」

「うん」

「『カレテラ』ってどんな意味だか知ってるか」

「え……」突然の質問に目をぱちくりさせた。「ごめん知らない」と答えるしかなかった。本当に知らないのだ。メーカーの名前の由来なんて考えたこともない。

「『道』って意味だよ。いらなくなったら、ほかの欲しい人に売ってもいいから、とにかく大事に使え、な」

「うん」

 

大人になったら、過去の自分の選択をどんな風に見るのだろう。「あんなこともあったなぁ」と酒の肴にするだろうか。思い出したくなくて心の引き出しの奥のほうにしまい込んで鍵をかけるだろうか。「こんな道を選ぶんじゃなかった」と責めるだろうか。

責められたらどうしような。

そんなことをふと考えたが、未来のことなんて考えても仕方がない。間違ってもきっといい道のはずだ。

「ちょっと吹いてみてよ」と優子が言う。

芳幸は運指表とにらめっこをしながら息を吹き込んでみた。近所迷惑になるくらい大きな音がした。指が強張っている。しまった、今吹くんじゃなかったと彼は思った。

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カレテラ 清水はる @harushimizu

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