鎮めや鎮め魂に奏でよ
李月
鎮めや鎮め魂に奏でよ
物心ついたときからこの空の色は太陽があるとき以外、この色のまま変わらない。
何度見上げても同じ色、濁った暗い闇の色の空。辺りには何もない、ただ砂漠と枯れた木が点在する生を感じさせない世界が広がっていた。
枯れ木になった木の一つに寄り掛かり、青年はひとつ息をついた。金髪に碧眼の美青年であるが、その顔も砂や埃で汚れてしまい、体中傷跡が存在している。
この世界は昔緑と青に囲まれた幸せな世界だったという。だが、ある日訪れた災厄―草木も生きるものもほとんどが死に絶えた事件―今ではわずかに回復傾向を見せるものの、その後に起きた争いによって世界は完全に荒廃している。人間同士が、小さなものから大きなものまで争いを続けている。ああ、くだらない。そこまで世界の事情を思い出して青年は思った。
どこの国にも、どの集団にも属していないというこの争いばかりの世界では異例の彼だが、理由はちゃんとある。
しばらく、枯れ木によりかかり目を閉じていた彼だが、何かの気配に気づいたのか目を開けてそっと枯れ木から離れた。彼の視界にうつるのは醜い、人の形をした生き物が大量に立っていたものだった。
土の色の肌の物体が武器を手にただ歩いていく、その表情もなにもわからないというのに、ただ歩いていく。
「……いつもより、多いな。今回は」
呟いて、腰に差している剣を引き抜く。その剣の柄には星のマークが刻まれており剣自体が淡い光を放っている。その剣の切っ先を集団に向け目を細める。
「……悪く、思わないでくれよ。」
小声で言い、そして剣を手にその集団のもとへ駆け出した。
争いが続き、世界が荒廃していく中である現象が起こるようになった……いや発生した。
ある大きな争いがあった場所で、不気味ななりをしたものが突如として地面から現れその場に居合わせた者を殺していくという現象だ。言葉も感情も通じず、ただ目前にあるものを屠ってはどこかへとすすんで行く。勿論、国は軍を派遣してもまるで歯が立たない。というのも、普通の武器ではいかに切りつけてもすぐに体が再生してしまうという。
打つ手が無いと思われた時に、ある噂が立った。
―――剣と杖を携えた青年が一人で化物を倒している、と。
最初は眉唾物として誰も信じなかったが、ある人は言った。
―――自分を助けてくれたその男が剣を一振りすると、化物は真っ二つになったままで、全部倒した後、杖についている鐘を鳴らせばその化物が一瞬で消滅した。
その証言がいくつもあがり、国主はその青年の捜索を始めたが、行方はおろか素性すら掴む事が出来ずにいる。最近、巷では【救世主】という名で広まっているという。
その青年はといえば、先程の剣を一閃して化物を屠る。地面に落ちた塊を一瞥した後別の化物に視線を向ける。その化物は先程のとは得物が違った。剣や斧や槍でもない、書物のようなものを抱えている。それを見つけて青年は眉を顰めた。
「……【魔法】を使う奴って、いつの時代だよ。」
直後にあがったのは炎の塊。彼目掛けて放たれたそれをすんでのところで避ける。だが、続いて放たれたそれをかわし切れずに腕を掠めた。熱さと痛さに顔を顰める。だがそれでも集団は彼に向かって近づいてくる。表情のわからない、不気味なまま。
唐突にこれ以上、真面目に剣を振るって戦うのが馬鹿らしくなった。何故、自分だけがこんな目にあわなければならない。いくら、唯一の存在でも、自分には、自分の周りには、誰もいないのだから。
「これ、後で冷やさないとな……あー、もう面倒くさい。最終手段いくか。」
剣を握る手に力をこめる。それに応じてか、徐々に刀身が光りはじめる。その剣を横に一閃薙ぎ払った。
すると剣に宿っていた光が斬撃となって化物の集団に襲い掛かる。その集団はなす術も無く斬られ、物言わぬ土塊と化した。それを見てがくりと膝をついた。この攻撃方法、威力は絶大なのだが、その分体力を根こそぎ持って行かれるという欠点が存在する。このまま地面に倒れ伏したいが、まだやらなければならないことが残っている。ため息ひとつついて、剣を収め背中に背負っている杖を取り出す。先端部分に翼が付いた鐘が取り付けられただけのシンプルな杖。それを土塊に向けて鐘を鳴らす。
リ――――……ン、リ―――――ン……
澄んだ、鐘の音がその空間に響く。
それが何度か響くにつれ、土塊に光が灯り、それがやがて人の形を成していく。
「……もうあんたたちの居場所はここにはない。あるべき場所で幸せになってくれ」
その言葉とともに鐘が一つ、鳴り、光は空へ吸い込まれるように消えていった。
光が全て消えたのを見届けて、青年は杖をしまい、歩き出す。
空は、相変わらずの濁り空だった。しかし、青年は気にせずに懐にあった干し肉を食べる。
「しょっぱすぎる」
鎮めや鎮め魂に奏でよ 李月 @tomlaw
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