掌編集 夢現
黒巣真音
ラスト・ライブ
演奏が終われば、拍手が鳴る。拍手の音と雨の降る音というのは酷似している。だからあたしは、あのときの音がどっちだったのか、解らないんだ。
「ユミ」
左側から掛けられた声にゆっくりと振り返る。大丈夫だよ、と伝えるために頷いた。緊張はしている。けれどこれは気持ちの良い緊張だ。本当は少し怖い。でも、それはケイやリカだって同じだろうし、なんならきっとあいつらの方が、怖いと思ってると思う。
だって。あたしの右耳は、聴こえないのだから。
七年前。このライブハウスでレコ発記念ライブをした日のことを、まだ鮮明に思い出せる。あの日も今日と同じように雨が降っていた。「足元の悪い中、あたしたちの為に集まってくれて、ありがとう」と言ったことも覚えているし、きっと今日もそう言うのだろう。
まだまだ、これからだと思っていたのに。
もっとやりたいことだってあった。もっといろんなところへ行きたかった。三人でなら、なんだって出来ると信じて止まなかった。それなのに神様は理不尽だった。聴力を失ったままでも演奏は出来ると思っていたし、実際ある程度までは出来た。けれど、今までと決定的に“違って”しまった。ある程度、までしか出来ないと気付いてしまった。だからあたしは、
表向きには、音楽性の違いだといったのは、せめてもの強がりだった。
「足元の悪い中、あたしたちの為に集まってくれて、ありがとう!!!」
湧くフロアに泣きそうになった。泣くな、泣くな。笑えよ。最高の舞台じゃないか。そして、あたしたちの最後の音が刻まれていく。
「みんな!!今日まで!!ありがとう!!!」
負けないように声を張る。
「いつかまた!!どこかで!!おあいしましょう!!!」
Tristarでしたー!!!!
アンコールを終え、控室に戻ったあたしたちは、汗も涙もそのままに抱き合った。
「あたし、ちゃんと、出来てた?」
「大丈夫だよ」
「最高だった!」
声が耳に届く。たったそれだけの言葉が嬉しかった。
右側からは話しかけられにくい場所に陣取り、最後の打ち上げをせめて楽しむ。対バンしてくれた人たちの労いの言葉に、今日でTristarはもう活動しないんだという事実が存在感を強めていく。ああ、寂しくなる。
雨はまだ止まなかった。拍手の音が反芻されていく。やっぱり似ている。音は溢れているのに、わかるのは半分だけという事実が痛い。真新しい記憶の中の最後のライブはきちんと両側から聞こえてきた。
これで本当に終わりなんだ。もっと出来るんじゃないかと何度も否定した思いがまた顔を出す。けど、もう無理なんだよ。最高のTristarはもういない。
雨の音をうるさいとは思わなかった。拍手さながらに、あたしを優しく包み込んでくれていた。アンコールで演奏した曲は、あたしたちを有名にしてくれた曲だった。諦めなければ夢は叶うよと、歌ったのだ。
今までで一番大きい拍手の音が響く。悲しいけれど気持ちが良かった。歌っていて良かった。その思いが身体を軽くしたのだと思う。思った。身体が宙に舞う。急に世界はスローモーションになった。一瞬、身体が激痛に襲われる。かすみはじめた視界に映ったのはテールランプ。轢かれたと気付いたけれど、身体は動かなかった。
だから、今両耳に届いているのは拍手なんだと思う。拍手が遠退いて、あたしは意識を手放した。
「ねぇ、聞いた?!」
「え?何を?」
女子高生が二人、放課後の教室でだべっていた。
「Tristarのユミ、ラストライブのあと、轢かれたらしいよ!!!」
「えー?!何それ?!大丈夫なの?!」
「死にはしなかったらしいけど、左腕に麻痺残っちゃうんだって……」
「じゃあ、もうギター弾けないってこと?」
「よくわかんないけど、たぶん、そうなんだと思う……」
「うわー、それはショックだわ……」
「ね」
「うん。Tristar再結成!とかちょっと期待してたりしたんだけどなぁ」
「わかる、それ」
ねー、と言い合った二人は、そういえばスタバの新作飲んだ?と話題を変えていた。そんな風に、世の中の話題は移ろっていくのだ。
けれど、このライブハウスでは彼女らの名を知らない者はいないと言っても、過言ではないだろう。かつてこのライブハウスから飛び出していった、Tristarという、スリーピースバンドを。
「俺らは!ここで!伝説を残した!Tristar目指してやってくんで!よろしく!!!」
ステージ上でギターを持った彼が声を上げた。そして、爆音。
掌編集 夢現 黒巣真音 @catnap
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