3月15日の私

 次の朝、私はカーテンから差し込む太陽の光で目が覚めた。


 眠い目をこすりながら開くと、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。昨日の朝にベッドの周りを取り囲んでいた大量の彼氏君は勿論、昨日の夜に一緒に眠ってくれた彼氏君もいない、マンションで1人暮らしと言ういつもの光景だ。昨日の出来事が、まるで長く楽しい夢のように感じられた。何万人、いやもしかしたら何億人もいたかもしれないたくさんの彼氏君を独り占めできるという、私の理想を実現できるような時間は、長いようで短いものだったからだろう。


「……」


 元に戻った女子校へ行っても、思い出すのは昨日の彼氏君の大群との時間ばかりだった。生徒や先生でいっぱいの教室も廊下も、賑やかな声が聞こえる校庭も、何もかもがいつも通りだ。あんな状況が毎日続くと私のほうが疲れて倒れてしまうかもしれないし、ホワイトデー限定と言うことで仕方ないかもしれないけど、名残惜しい気持ちは抑え切れなかった。

 きっと、バレンタインデーの時の彼氏君も、同じ事を考えていたのかもしれない。

 

「はぁ……」


 左腕にはめた、何百人もの彼氏君と一緒に購入したアクセサリーを眺めながら、私はため息をついた。すると、私の左右からも同じため息が聞こえてきた。


「「「はぁ……」」」


 いや、左右だけじゃない。私の前の席からも、後ろの席からも、教室のあらゆる場所から何十何百何千ものため息が聞こえ始めた。どの『生徒』も昨日を名残惜しむように声を出しながら、私の物と全く同じデザインのアクセサリーを左腕にはめ、皆揃ってじっと見つめていた。


「「「「「「「「「「はぁ……」」」」」」」」」」……


 そんな『生徒』の私の様子を見た『先生』が、一斉に私の周りを取り囲んだ。


「「「「「「「「「「もう、授業に集中しないとだめじゃない」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「はーい……」」」」」」」」」」


 そう言う『先生』もまた、左腕に私と同じアクセサリーをはめていた。私と全く同じように、このクラスに居る全員とも、昨日は何万人もの彼氏君に囲まれた幸せなホワイトデーを過ごしたのだろう。でも、それは既に終わった事。終わってしまった内容を悔やむよりも、次の行事を楽しみに待っていたほうがどれだけ幸せだろうか、とクラス中にいる何十人もの『先生』は優しく何十人もの『生徒』に言った。そして、昨日が彼氏君に会える最後の日と言うわけじゃない、今日も、明日も、これからずっと、私は彼氏君と一緒に過ごせる、と。


 『先生』の言葉で、教室の中は明るい笑い声で包まれた。私と同じ声が四方八方から聞こえ、私と瓜二つの笑顔が大量に並んだ時、今日の全ての授業が終わったことを告げるチャイムが鳴った。


「じゃ、今日の部活は全部中止!」「皆で彼氏君に会いに行こう!」

「おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」…


 『先生』、いや先生を担当する私自身の言葉と共に、私――このクラスを埋め尽くす、数十人の『生徒』の私――は一斉に立ち上がり、廊下へと飛び出した。それと同時に、私のクラスの前後、そのまた前後、そしてこの階の廊下に面する何十、いや何百何千ものクラスからも、一斉に『私』が満面の笑顔で飛び出してきた。全員ともその左腕に、彼氏君から貰った全く同じアクセサリーを身につけながら。


「あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」…


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「ねえ、昨日どうだった?」


 学校を出て通学路を歩く途中、右側の『私』が私に尋ねてきた。


「彼氏君のプレゼント、凄かったよねー!」

「うん、とっても楽しかった!」「私も私も!」


 左側にいる私に、右側の私と一緒に私は返事をした。


「何万人もの彼氏君に囲まれて……」「幸せだったなぁ……」

「ほんとほんと」「良かったよねー」

「でもちょっと疲れちゃったかなー」

「まぁ、何万人もいたからね」「しょうがないか♪」


 右と真ん中、左の私の会話に、前や後ろ、斜め側の私も反応した。そして、どこからか起きた笑い声が、通学路を歩く私と私、そして私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私――何千何万何億、もう数え切れない数の『私』を包み込み始めた。


「あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」…


 私の通う女子校の『生徒』や『先生』は、私自身も含めてみんな同じ姿に同じ顔、同じ声、そして同じ名前を持っている。毎朝同じように髪を結って、全員とも同じ制服を着込み、同じ朝ご飯を食べ、そして同じ通学路を歩いて学校へと向かうのだ。学校へ到着する時間は『先生』や『生徒』によって違うけれど、どの私もみんな頭の中で考えることは同じ、授業内容やこれからの予定、そして彼氏君が大好き、と言う思いもみんな一緒。ちょっと恥ずかしいけれど、スリーサイズも全員全く同じだ。


 大量の『生徒』の私と、大量の『先生』の私がいる教室が大量に連なる女子校を出た何万人もの私は、足並み揃えながら列を成して、ぞろぞろと彼氏君の待つ場所へと歩き続けた。胸に着けている校章も、学校指定の靴下のマークもみんな一緒の私の大群は、学校を出れば先生も生徒も一切の区別無く、みんなそれぞれを『私』として認め合い、毎日楽しく過ごしている平等の仲だ。


 そして、そんな私の行列に、左右からどんどん新しい私の大群が加わり続けた。これもいつも通りの日常、通学路の左右に延々と立ち並んでいる別の女子校に通う、数えきれないほどの数の『私』の大行列だ。


「「「「「「「「「「「お疲れ、私♪」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「お疲れ、私♪」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「お疲れ、私♪」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「お疲れ、私♪」」」」」」」」」」」」…


 列に合流して挨拶を交わす大量の『私』の左腕にも、全員とも昨日の彼氏君からのプレゼントが嵌められていた。どの私も嬉しそうにそれを見せながら近くの私と語り合い、そして一緒に笑っている。そして歩けば歩くほど、さらに私の数は増え続けていき、あっという間に辺り一面全く同じ姿形の私だらけになってしまった。

 そして、どの私も皆お揃いの制服にお揃いの紋章、そしてお揃いの靴下だ。当然だろう、道を覆う私が通う『学校』は、どこも全く同じなのだから。


 私や彼氏君の通う学校や、私や彼氏君が住むマンション、そして私と彼氏君が訪れる町の店や建物、ホール。それらはまるで私や彼氏君に合わせるかのように、全く同じ構造の物が大量に立ち並び続け、そして日々その数を増やし続けている。足音や笑顔を揃えて歩き続ける私で覆われた道の両側には、地平線の遥か彼方まで全く同じ女子校が延々と連なり、その全てで同じ制服に同じ髪型の私が大量に通い、『生徒』や『先生』問わずたくさんの私と楽しいスクールライフを過ごしているのだ。

 一体どういう仕組みで建物が増えるのか、現在どれくらいの数だけあるのだろうか、それは私と彼氏君がどうやって増えるのか、現在何億、いや何兆組いるのか、と言う疑問と同じように永遠の謎だ。でも確かなのは、私や彼氏君が様々なきっかけでその数を増やした時に、それに対応するように学校やマンション、そして町もどんどん増殖していくという事だ。私たちカップルが、ずっと快適に過ごせるように。

 

「それにしても……」

「ん、どうしたの?」「何かあったの?」


 私の近くの別の私が感じた疑問は、ここにいる無数の私全員が感じていた。どうやら今日もまた、彼氏君と同じ数だけ『私』の数が増えたかもしれない、と。


 今回のバレンタインデーとは逆に、先月のバレンタインデーの時には1人の私が数千倍の数に増えて、1人の彼氏君と一緒の時間を過ごした。学校や町、家、どこに行っても大好きな『彼女ちゃん』でいっぱいの1日を、彼氏君はとても楽しんでくれたのを覚えている。その翌日、数千倍の数に増えた私に呼応するかのように、彼氏君の数もまた数千倍に増えて、それぞれで2人1組のカップルが出来るようになっていた。毎年訪れる年中行事や誕生日、そして学校行事を利用して私や彼氏君の一方その数を増す度に、いつも翌日にはもう一方も同じ数だけ増えて、2人1組のバランスが取れるようになっているようだ。


 どうしてそんなに都合よくなるのか、それもさっぱり分からないけれど、私は毎回それを実感するたびに嬉しく感じている。だって、彼氏君ばかりじゃなくて、私の事を何でも分かってくれ、どんな話にも乗ってくれる最高の友達である『私』も、永遠に数限りなく増えていくのだから。


 そして、何千何万何億、いや何十桁何百桁も並んでいるかもしれない女子校の通りを抜けた無数の『私』の目の前に、私とは違うもう1つの大群が見え始めた。地平線の彼方からあらゆる道を覆い尽くして『私』の元にやってくる存在が誰だか、どの私も知っている。


「よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」よう!」…


 格好良く決めた髪、端正な顔、綺麗な声、ブレザー調の制服、そしてお揃いのアクセサリーがよく似合う、昨日の数万倍の数に増えた『彼氏君』だ。


 女子校に通う無数の私と、男子校に通う無数の彼氏君。この両者の付き合いがいつ始まったのかは覚えていないし、いつ終わるかも分からない。何年くらい同じことを続けているのかも知らないし、意識した事もない。でも、学校や町に数限りなく増え続ける『私』と同じ数だけ増え続ける『彼氏君』が毎日一緒に暮らす日常がとても楽しく、そして幸せなのは間違いない。


 だから、『来年』は今年の彼氏君に負けない、もっと凄いお返しをしてあげる。目の中だけじゃなくて、心も全部私でいっぱいにしちゃうからね。

 そんな事を言おうかな、と考えながら、私は彼氏君に向けて、満面の笑顔で叫んだ。


「やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」やっほー!」…


 前後左右、あらゆる方向から響く無数の『私』の声と共に……。


<終>

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彼氏・お返し・万倍返し 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

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