俺の家には美少女がたくさん……

狐夏

第1話にして最終話

「そういえばね。この前、うちに帰ったら息子が女の子を家に連れ込んでたんですよ。あの子ももうそんな年頃になったのねえなんて思ったんだけどね」

 彼女は嬉しそうに話を続ける。


■■


 冬だというのに温かい右腕に意識のいかないように歩く。気にしちゃいけない。隣に女の子なんていない。幼馴染の金髪美少女なんていない。夢だ。これは誰かが見てる夢に違いない。

「ネェ、ダーリン。さっきから何をぶつぶつ言ってるのですか?」

「それをいうならさっきから右腕に何か当たっているんだけど」

 熱源であるそれがむにっとさらに右腕を締めつけてくる。

「もー、照れちゃってかーわいいーんだからー」

 いや、照れてないんだよ。この状況を通行人に見られるのが困るんだ。特にあいつにでも目撃されようものならまた何か言われるのが目に見えている。

 そんなこともお構いなしに横にいる金髪の幼馴染はきゃーきゃーとはしゃいでいた。

「あれー?」

 と、頭上から聞き覚えのある声が。声の方へと顔を向けるとブロック塀の上を歩く女の子、の真白いパンツが目に飛び込んできた。慌てて目をそらす。自分の顔が赤くなっているのがわかった。

「あれ?あれ?あれー? ずるいんだー。みーもご主人にくっつくのにゃー」

 みーと言ってもこっちは帰国子女でも金髪ガールでもない。左腕に擦りつけるように腕を絡め顔を寄せてくる少女のその頭には髪と同系色の三角いものがぴこぴことしていた。実を言うと先程見えてしまったパンツからも同じような色の長いものが伸びていた。

 世にいうところの猫娘、オタク用語でいえば、ねこ耳少女が彼女の正体らしい。らしいというのはあくまで自称なので、耳としっぽが本物かどうか確かめてはいないからだ。ただどういう原理かよく動く。

 と、今度背後からものすごい殺気のこもった声がしたかと思うと背中に強い衝撃を受けぼくはそのまま前方へ2、3回転がり倒れる。……痛い。

「いたたた……。何するんだよ」立ち上がろうとする目の前には女の子、のハリネズミさんのワンポイントがプリントされたパンツが、ぐべっ

「何見てんのよ! このド変態!」人のことをよく殴り、よく蹴るこの少女は3人の中でも一番の小柄にして最も強暴。時たま優しくしてくれるような気もするが、きっとあれは夢か願望に違いない。

「あんたは人が見てないとすぐ2人を甘やかすんだから。まったくもう」

 溜息をつきながらその少女は手を差し出してきた。こちらに向かって手が伸びてきたので一瞬びくっとしてしまったがどうやら手を取れということらしい。

「ほら、起き上がるの手伝ってあげるんだから早くつかまんなさいよね」横向きながらそう言った彼女の頬は少し赤くなっていた。こういうのをツンデレというのだろうか。いや、いきなり背後から人を蹴ってくるのはツンじゃないな。うんきっとこの世界は間違ってるんだ。と思いつつも出されたものはありがたくお借りしようとその手を取ると反対の手を取って引っ張る別の腕があった。

「ほら、ダーリン。いつまでも座ってないで早く起き上がるです」

「ちょ、あんた人が起こそうとしてるときに何割り込んでくるのよ!」

「もとはといえばユーがダーリンを蹴とばしたのが原因です!」

 手を取ろうとしたぼくの手は虚しく宙に残され、二人は言い争いを始めだす。早く帰りたい。

「ご主人、痛いの痛いのとんでけにゃあよ」とその手をぺろぺろと舐めるねこ耳少女。うわー何これー。

「ちょ、ちょっと! バカねこ! あんた汚いもの舐めてるんじゃないわよ!!!」

「ダーリンの手は汚くないです! But,バカねこはその手を早くどけてください!!」

 誰か、ぼくを助けてください……。

「にゃあ?」ぺろっと頬を舐められた後はもうどう始末がついたのかすらわからないが3人はぼくを取り囲んだままどれだけの時間か争い合っていた。


□□


「ただいまー」

 返事はない。母はまだ帰っていないようだ。

「おかえりダーリン。ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も、私?」

 溜息を一つついて靴を脱ぐと階段を上がる。

 部屋のドアは開けたままになっていた。朝閉め忘れたっけ? そんなことを思いながら部屋へ入る。

「おー、ご主人おかえりにゃあよ」

 鞄を机に置き、窓を開けて空気を入れ替える。

「ごしゅじーん、寒いから閉めてほしいにゃあ~」

 ベランダへ出る。隣の家とはベランダをまたげばすぐというくらい近い。が、別段隣の家に用があるのは回覧板を届けるときくらいなもので、ベランダからこっそり隣の家になどということはまずなかった。

「ちょ、ベランダから人ん家覗いてんじゃないわよ! こらぁ! ムキー無視するなー」

 寒い寒いと腕をさすって部屋へ戻る。と、玄関の方から声が聞こえてきた。

「ただいま」

「おかえりなさい。母さん」

 母の荷物を受け取る。

「ママさんおかえりなさいでーす」

「あ、おじゃましてます」

「ママさんにゃあ~ごろごろ」

 可愛らしい女の子が3人廊下へと顔を見せる。

「あらあらまあまあ。うふふふ」

 突然嬉しそうな顔をする母。

「ソウちゃんもお年頃ねえ。知らないうちに女の子なんて連れ込んじゃって」

「はぁ? 何言ってんだよ。ほら、いつまでも玄関にいてもなんだから上がって」

 そう言って先にリビングへ向かう。

「ダーリン照れてるですか?」

「あらあら、そうみたいねえ」


□□


 夕食の準備ができたので、カレーをよそってテーブルへ並べる。

「母さん。夕飯の支度できたから食べよう」

 ソファーに腰かけ何やらぶつぶつ言っている母に声を掛ける。

「あら、カレー。嬉しいわぁ」

 両手を合わせて嬉しそうにテーブルを眺めたかと思うと母はきょとんと不思議そうな顔をした。

「あら? ソウちゃん。みんなの分は?」

「みんなって2人分だろう」

「ほら、あの金髪の子と、ねこみみちゃんとお隣の子の分も出してあげなきゃだめじゃない」

「何言ってるんだよ、母さんは。うちにはそんなアニメみたいな女の子なんているわけないじゃないか」

 いいからと母の背を押す。ひどく寂しそうな顔をしながら促されるままに母は椅子に座った。

「ソウちゃんったら女の子を無視するなんてひどいわよねぇ」

 ぼそっとそんな声が聞こえた。


□□


 翌日の朝、母はぼくより先に家を出た。

「次はいつ帰ってくる予定?」

「わからないけど、近いうちにまた戻れるように頼んでみるわね。それじゃあいってきます」

 そう言って母は出て行った。


■■


「そういえばね。この前、うちに帰ったら息子が女の子を家に連れ込んでたんですよ。あの子ももうそんな年頃になったのねえなんて思ったんだけどね」

 97号室の彼女は嬉しそうに話を続ける。

 息子さんがいるという話を、私は彼女の親族から聞いたことがなかったし、その息子さんがお見舞いにきたところを一度も見たこともなかった。


 担当の先生や他の看護師仲間に聞いてみたがやはり誰も、97号室の女性すら知らないと口をそろえて言うのだ。



fin.

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