転生トラッカー組合(ギルド)

怪奇!殺人猫太郎

転生トラッカー組合(ギルド)

 ぼくはいま、H県を通る高速道路に設けられたサービスエリアに来ている。

 時刻は午後の2時。夏の強烈な日差しがアスファルトを灼き、駐車場はお好み焼き屋の鉄板みたいになっていた。

 ぼくは商売道具の2トントラックを駐車場に停め、涼を求めて食堂に入る。

 冷たいうどんを注文すると、茹ですぎたスパゲッティを醤油に浸したような残念な食べ物がでてきた。


「今日はツイてないな」


と、独り言を呟きながら割り箸を割ると、ぼくの携帯電話がピリリッと間抜けな着信音を奏でる。


 発信元は「会社」。

 やれやれ、食事前に電話してくるなんて、なんて間が悪いんだ。


「もしもし。お疲れさまです。佐伯です」


「おお、サエちゃん? いまどこにおるん?」


 舌打ちしながら着信ボタンを押すと、関西訛りの女の声が耳に飛び込んでくる。

 同僚の響子さんだった。

 響子さんの年齢はぼくの5つ上、婚期に焦り気味な28歳だ。


 彼女の業務は連絡役オペレーター。ぼくたち運転手トラッカーに指示を送る役目だ。

 入社8年目の彼女は、職場では頼れる中堅社員で、ムードーメーカー的な存在でもあった。

 愛嬌のある丸顔と広いおでこと、メガネの奥でグリグリ動く大きな目がチャームポイントだ。


「H県のKサービスエリアです。仕事ですか?」


「せや。次のインターを降りてしばらく直進したところに、大きなスーパーがあるから、そこの駐車場で待機。とりあえず着いたら連絡してや」


「すぐに向かった方がいいですか?」


「もしかして食事中? だったら食べてからでエエよ。現場にはゲンさんが先に向かってるから、いつもの通りゲンさんの誘導に従って」


「了解です。……しかし、最近仕事が多いですね」


「それだけ注文が多いってことやね。人手不足のクライアントさんから注文が入りまくってて、社長はウハウハみたいやけど」


「まぁ仕事がないよりは、忙しい方がいいですよね」


「せやな。じゃあ、ご飯食べたら現場向かって」


「かしこまり、です」


 ぼくは電話を切ると、目の前のうどんを掻き込む。

 どうやればこんなに不味く作れるのか分からない物体を腹に収めると、ぼくは駐車場に停めてあるトラックへと戻った。

 エンジンに火を入れると、相棒トラックの発する心地よい振動がシートから伝わってきた。


「さてと、行きますか」


☆★☆★☆★☆★☆★☆


 指示されたスーパーの駐車場に車を止めると、スマホをいじって、響子さんに現状報告のメールを入れる。

 返信は1分も待たずに届いた。


***************

【件名】2016年8月9日(配送No.7638921091)

【送信者】京極響子 【送信先】佐伯雄司

【本文】

佐伯くんへ


お疲れさまです。響子ちゃんですよ。

荷物の情報を送ります。ご確認ください。


時刻:16:21

場所:H県F市T町1丁目2-6 2車線道路

荷物内容:成人男性(20代)1名 ※添付ファイル参照

特記事項:なし

[添付ファイル:SY_7638921091.jpg]

***************


 添付ファイルのアイコンをタップすると画像ビューアが立ち上がり、冴えない感じのメガネの青年の画像が表示された。

 引きこもり気味の大学生かな、というのが第一印象だった。

 青年の顔を目に焼き付けながら、ぼくはカーナビに指定地点を入力する。


 あああ、なんだか緊張してきたぞ!

 これまで大きな失敗をしたことはないけれど、仕事の前は絶対に緊張してしまう。


「大丈夫。ゲンさんに任せておけば問題ない」


 誘導係ガイドのゲンさんは、我が社の誇るベテラン社員だ。

 彼には何度も助けてもらっている。


 スマホの時計を見ると、16:00ジャストだった。

 そろそろ現場に向かわないと。


「……よし、行くぞ! 大丈夫、いける!」


 気持ちを奮い立たせるために、自分に叱咤の言葉を投げかけ、ぼくは相棒トラックのアクセルを踏む。


☆★☆★☆★☆★☆★☆


 現場は見晴らしのいい直進道路だった。

 田舎なので、車の通りもまばらだ。仕事にはちょうどいい。

 車内のデジタル時計を横目で見ると、現在時刻は「16:19」。

 もうすぐがやってくるはずだ。

 ぼくは法定速度+10キロを維持しつつ、道なりに相棒を走らせる。


「あれか!」


 さきほど画像で確認した、冴えない青年の姿が目に入ると、ぼくの背中から嫌な汗がどっと吹き出した。

 大丈夫大丈夫、上手くいく上手くいく。


「ゲンさん、お願いしますよ……」


 ドキドキしながら相棒を走らせる。

 青年の背中はどんどん近づいてくる。

 青年は、ちょっと近所のコンビニに寄ってきたという様子だった。

 こちらにはまったく注意を払っていない。


 そのとき。

 不意に、道路に何かが飛び出してきた。

 それは黒猫だった。足先だけが白くて、靴下を履いているみたいで可愛い。

 飛び出してきた猫は青年の気を引くように、哀れっぽい声で「ふにゃあ」と鳴いた。


「……いっ!」


 青年が何かを叫んだ。

 道路上の猫と、ぼくの相棒を一瞬見比べた彼は、意を決して道路に飛び出す。

 彼我の位置関係を見て、トラックに轢かれそうな哀れな猫を助けられると思ったのだろう。

 青年のそんな様子を確認したぼくは、思い切りアクセルを踏み込む。


「ごめんね……」


 ぼくの言葉の末尾に、「ドン!」という不吉な打撃音が重なった。

 青年をハネた重い衝撃が、ハンドル越しにぼくの両手に伝わる。

 脇の下に、嫌な汗が噴き出す。

 仕事だとは思っていても、やはり人をハネるのは気分が悪い……。


 ぼくは車を停め、運転席を飛び出した。

 頭から血を流してグッタリしている青年に駆け寄ると、救急措置のふりをして意識の有無——そして生死を確認する。

 会社の研修で習った通りに、首筋と手首に手を添える——脈拍なし。

 即死だった。


「よかった……」


 ぼくはホッと胸をなでおろした。

 無駄に苦しませずに済んだ。

 腕の悪いドライバーだと、たまに殺し損ねて場合があるという。

 つまり、轢いた相手を助けるふりをして頭を道路に打ち付けたり、ひき逃げを装って倒れている人をタイヤで踏んだりしなければいけない。

 そんな残酷な処理、まっぴらごめんだ。


「にゃあ」


 ホッとしているぼくの背後で、黒猫が呑気な鳴き声をあげた。

 ぼくは振り返り、猫に軽く会釈した。


「お疲れさまです、ゲンさん。今日もナイスアシストでした」


 道路に飛び出してきた黒猫——ゲンさんは、ふわぁと大きなあくびをし、耳の裏を後ろ足で掻いた。

 たぶん「こんな仕事は朝飯前だ。さっさと救急と警察に連絡しろ」と言っているのだろう。


 ぼくはスマホを取り出し、119をプッシュする。

 電話はすぐにつながった。

「神野運輸の佐伯という者です。人をハネました。場所はH県F市T町1丁目2-6。救急車の手配と、警察への連絡をお願いします。はい。人身事故です。神野運輸の佐伯です。よろしくお願いします」


 電話を終えると、ぼくはゆっくり、長く息を吐き出す。

 そして、ピクリとも動かない青年に向き直り、軽く頭を下げる。

 青年の足元には、コンビニで買ってきたであろう弁当と、オンラインゲーム用のプリペイドカード、人気ゲームのキャラが印刷されたタペストリが転がっていた。


 そのゲームは、ぼくもプレイしている。

 飛行機を擬人化した美少女キャラが山のように出てくる、とても面白いゲームだ。

 楽しそうにゲームをプレイする青年の姿を思い浮かべると、罪悪感が胸にどっと押し寄せてきた。


 いまここで失われた青年の魂は、どこか別の世界に飛ばされているはずだった。

 なぜなら、

 彼はその世界で、前世の知識を持ったまま新たな生を受けることになる。

 現代日本の知識を持った彼は、その世界で英雄として活躍し、人々から多くの賞賛を受け取るだろう。


 それは少し羨ましくもあったが、彼の行く世界には、彼が大好きだったゲームは存在しない。


「ごめんよ……」


 事故を聞きつけて集まってきた野次馬のささやきと、近づいてくる救急車のサイレンの音を聞きながら、ぼくは青年の来世に幸多からんことを祈った。


☆★☆★☆★☆★☆★☆


 警察の事情聴取を終えたぼくが東京の会社に戻ったのは、夜の12時を回ったころだった。

 普通の交通事故なら、こんな早い時間には帰れないところだ。

 しかし、

 


 地内にある薄汚れたビルが、ぼくたちの社屋だ。

 相棒トラックは警察に預けなければならないため、東京には新幹線で戻ってきた。

 相棒と離れ離れになるのは寂しかったが、警察には警察の事情があるので、「仕事」の後の一定期間は彼らに預けておかねばならないのだ。


 2Fの窓を見上げると、オフィスにはまだ電気が点いている。

 我が社は年中無休、24時間体制なのだ。


「ただいま帰りました」


 重いドアを開けてオフィスに入ると、響子さんがゲンさんに毛糸玉を投げつけて遊んでいた。

 ゲンさんは全身に毛糸を絡めて、嬉しそうに床で悶絶している。

 H県から東京本社まではかなり距離があるはずだが、ゲンさんがどうやって戻ってきたのかは謎だ。

 世の中には、知らなくていいことがたくさんある。


「あら、サエちゃん。早かったわねえ。お疲れ様。今日もうまくいったってね」

 

 ゲンさんの柔らかいお腹をつつきながら、響子さんはぼくに労いの言葉をかけてくれた。


「はい。ゲンさんのおかげで。でも疲れたので、今日はすぐ寝たいです……あれ?」


 オフィスの奥の重役席を見て、ぼくは怪訝な声をあげる。

 珍しく社長の姿があったからだ。

 頑健そうな体をイタリア製の純白のスーツで包み、上品な白髪をオールバックに撫で付けたその姿は、とても運送会社の社長には見えない。

 アル・パチーノが主演する映画に出てきそうな風体だ。


 ちなみに、ぼくは社長の本名をしらない。

 我が社の社名は「神野運輸」だから、きっと苗字は神野なのだろう。

 だが、そんなことは正直どうでもいい。

 社長は社長だ。

 世の中には、知らなくていいことがたくさんある。


「社長、お疲れ様です」

「おお、佐伯くん! 今日もうまくやってくれたようだね。佐伯くんの担当した案件は、クライアントさんに評判がいいんだ。やはり、きみを採用した私の目に狂いはなかった」


 社長は大股でこちらに近づいてくると、分厚い手のひらでぼくの背中をバシバシと叩いた。

 激励と親愛の情を表しているつもりなのだろうけど、実のところけっこう痛い。


 社長は上機嫌で「きみこそ、我が社の次世代エースだ!」などと宣っている。

 社長の機嫌がよさそうなので、ぼくは一つの質問をぶつけてみることにした。


「あの、社長……」


「なんだね?」


「今日のの話なんですが……どんな世界に飛ばされるんでしょうかね?」


「今日、きみが轢いた青年かね? 彼は剣と魔法のファンタジー世界に行く。中世風だが、魔法がそこそこ発展している世界だから、衛生観念はそこそこ進んでいるぞ。日本の過疎地区よりも、住み心地は良いだろうな。わははは!」


 ふーん、お気楽ファンタジー系か……。


 ファンタジー系の世界でも、戦乱と伝染病の脅威が吹き荒れるリアル中世みたいなところもあるというし、彼が飛ばされたのは「当たり」の部類に入るだろう。

 でも、可愛い女の子が出てくるオンラインゲームは、やっぱり存在しないんだろうな——そう思うと、彼に対して気の毒な気分になってしまう。


「あそこはなかなかいいところだぞぉ、佐伯くん! まず男女比が2:8くらいだから、必然的にハーレム状態になる。しかも美形のエルフがわんさかいるんだ。出渕裕が描いたみたいなエルフだぞ! 素晴らしいと思わんかね、うはは!」


 暗い表情のぼくを元気付けようとしてか、社長は大声で笑いながら背中を叩いてくる。今度もやっぱり痛かった。

 楽しそうに笑う社長を見て、響子さんが「エルフねえ……」と、呆れたようなため息をついた。

 響子さん、そんな顔しないでください。あなたはエルフと同じくらい可愛い。


「彼のことは心配しなくていいよ。向こうの世界では楽しくやっていくはずさ。なにやら、近いうちに悪の魔王が復活して大変なことになるそうだが、あっちの世界の神様クライアントさんは彼に山ほどチート能力をつけると言っていたしね。大丈夫だよ。」


「そうですか……」


「いま流行りの……あれだ、異世界チーレム無双というやつだ! うはは、佐伯くん、もしかして羨ましいのかね? わはは! だが、きみは異世界にはやらん! 我が社の優秀な社員だからな! 定年まできっちり働いてもらうぞ」


「はぁ……」


 神野運輸のことを、社内の人間は「転生トラッカー組合ギルド」と呼ぶ。

 我が社の業務は、この世界の人間の魂を、こことは違う異世界に届けることだ。


 主な取引先は、別の世界の神様。

 その世界になんらかの危機が訪れたり、そこの神様が退屈したりすると、うちの社長に依頼が入る。

 すると、社長は運転手に命じて、適当な者をトラックで轢き殺させ、哀れな犠牲者の魂をクライアントに引き渡すのだ。


 以前に社長に聞いた話だと、この世界の人間は「改造」が容易なのだという。

 普通は、ある世界の魂を別の世界に移しても、移動先の世界でもっとも一般的な知的生物に生まれ変わってしまうらしい。

 しかし、この世界の人間の魂は、別の世界に行ってもあらゆる生物に転生可能で、しかも、その世界の種族が持たない特殊技能を持たせることも可能なのだとか。


 実際に自分の目で確かめたわけではないけれど、社長が言うからにはきっと本当なのだろう。

 ぼくは雇用主に従順な、愛社精神あふれる社員なのだ。

 だから社長を疑うことはない。

 世の中には、知らなくていいことがたくさんあるしね。


 ちなみに、なぜにトラックを使うのかというと、一応いろいろ理由があるらしい。

 一つは、が自分の死を納得しやすいこと。

 この世界の人間はトラックに轢かれるとき、本能的に「あ、俺死んだわ」と思ってしまうらしく、納得感のある死を迎えた人の魂の方が、異世界に飛ばしやすいらしい。

 もう一つの理由としては、トラックという「物を運ぶ装置」にハネられた人は、潜在意識で「俺はこれからどこかに運ばれる」と思ってしまうらしく、やはり異世界に飛ばしやすいらしいのだという。

 正直なところ眉唾な話ではあるが、愛社精神あふれる労働者は、雇用主を全面的に信頼する生き物なのだ。


「わはは、佐伯くん。なんだか疲れたような顔をしているな。今日はもう帰って休みたまえ。面倒な後始末——遺族への説明や、見舞金の処理は私がやっておくから。わはは!」


 呵呵大笑する社長を、響子さんが冷ややかな目で見ている。

 社長は「私がやっておく」などと言っているが、いつも途中で放り投げる。

 最終的に、そういった面倒な後始末を担当するのは響子さんだ。


「……じゃあ、お言葉に甘えて。お先です」


 響子さんには悪い気がしたが、どうせ運転手ドライバーのぼくが残っていても、できる仕事はあまりない。

 帰って体を休めるのも、業務の一つだろう。


 ぼくはオフィスを出ると、自宅へと向かった。

 ……とはいっても、実はこの社屋の三階が、ぼくの住居なんだけどね。


☆★☆★☆★☆★☆★☆


 帰宅すると、ぼくはまずパソコンのスリープ状態を解除する。

 モニターに、開きっぱなしのウェブブラウザが表示された。

 そこには戦闘機のそれを模した、機械の羽をつけた美少女キャラがにっこり微笑んでいた。

 ぼくが——そして、今日ぼくが送った青年が大好きだった、オンラインゲームのログイン画面だ。


 少しだけゲームで遊ぶと、ぼくはベッドに入った。

 きっと明日も仕事がある。早く休んでおかないと。


 目を閉じると、すぐに睡魔がやってきた。

 曖昧な意識の中で、ぼくはあの青年の夢を見る。

 魔法で作られた炎や氷の矢が飛び交う世界で、彼は戦っていた。

 神から与えられた特殊能力を使い、迫り来る破壊魔法を一蹴すると、彼は仲間の美少女たちに突撃の号令をかける。

 長耳のエルフの美女や、背中に機械の羽を生やした少女や、響子さんにそっくりなお姉さんが、青年の号令に従って、悪の軍勢へと殺到し駆逐していく。

 勝利の瞬間は近そうだった。


 その様子に安堵を覚えながら、ぼくの意識は闇の底へと落ちていく。


「明日も仕事、がんばろう」


 無意識に、そんな寝言を口走ったような気がした。

 そうだ……。

 明日も……仕事を……がんばろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生トラッカー組合(ギルド) 怪奇!殺人猫太郎 @tateki_m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ