禁呪

「この、役立たずどもが!」


 魔法が効かないという状況を目の前にして唖然として声も出ない魔導師たちの中で、ただ一人魔法を使えないアロー特使だけが気炎を上げていた。


「普段は偉そうなことを言っているくせに、いざとなったら何だこのザマは」

「役立たず、だと……?」

 フィールズは特使の首元に手を伸ばすと、そのままヒョイと持ち上げた。それでもなお彼の減らず口を止めることはできなかったのだが。

「役に立たないから役立たずだと言っている。貴様らは何を持って国王に仕えているというのだ。答えてみよ!」

「……」

「魔法だろう! その魔法が効かないのならば、貴様らの存在意義も消え失せたというわけだ」


「フィールズ将軍、手を離しなさい!」

 サングリアの叱責に、フィールズはしぶしぶながら特使を地面に下ろした。

「特使、我々の力が足りず申し訳ありませんでした。しかし、あやつの能力は我々にとって想定外です。ここは一度引いて態勢を立て直すべきかと」

「もはや為す術もないということか」

「はっ、残念ながら、我々の力では……」

「ふん、まだ手段はあるではないか」

「まだ、あるとは」

「出し惜しみしおって。『禁呪』を使え」


 アロー特使の言葉を受けて、魔導師たちに衝撃が走った。

「それは、我々に死ねということでしょうか……」

「他に方法があるというのか。無かろう! 効果がない魔法しか使えぬ貴様らにはもはや存在意義など無い。生き残った魔導師全員で禁呪を使えば勝てる可能性もあろう。せめて国王陛下のためにその生命、」


 鞘走りの音がジャッ!と鳴ったのと、アローズ特使の首が胴体から離れたのはほぼ同時だった。

 頭が地面に転げ落ちても、胴体はまだよろよろと二本の足で地面に立っており、

「こうなるとさすがの特使様も、減らず口も叩きようがないな」

 フィールズが剣を鞘に収めると同時に、特使の体は地面に倒れこんだ。


「フィールズ将軍、なぜこのようなことを! まさか、ご乱心召されたか」

「乱心したのはこやつであろう。人の命をなんだと思ってやがる」

 そう言ってカッと目を見開いたまま地面に転がっている生首を憎々しげに見やった。

「ですが、こんなことが許されるはずがありません。王家の者を殺してしまうなんて、国家に対する反逆罪ですよ」

「分かっている。責任は全てオレが取る。貴殿は生き残った魔導師を連れて王都に戻れ」

「な、なにをおっしゃっているのですか!?」

「禁呪はオレだけが使う。劣勢に立たされたオレが乱心して禁呪を使い、特使を殺して敵に突っ込んだとでも報告しておけ」

「まさか、一人で死ぬおつもりですか」

「死ぬかどうかはまだ分からん。生き延びたとしても、すでにオレ自身ではなくなっているだろうがな」

 そう言うとフィールズは、両手に魔具マグスを握りしめた。


 魔法を使うには魔言語リンガを必要とする。詠唱しても良いし、魔法陣を使ってもいいが、魔具マグスに書かれた魔言語リンガを発動させる方法が最も簡単だ。魔具マグスとは一見黒い小石のような外見の魔力の結晶で、表面に一文字だけ魔言語リンガが彫られている。その組み合わせによって瞬時に魔法を発動させることができるのだった。


 魔具マグスの使い方にはもう一つあって、片手に握りしめて念じるだけでそこに記された魔言語リンガに対応する魔獣や生物に変化することができ、手軽な移動や攻撃の手段としてよく用いられている。

 問題はそれを両手に持って変化した場合だ。そんなことをすると思考の全てが変化先の魔獣のものへと変化してしまい、

 その代償として通常の変化とは比べ物にならないほどの強大な魔物へと生まれ変わることができるのだが、魔導師たちはそれを『禁呪』として、使用を固く禁じていたのだった。


「さあ、早く生き残った奴らに撤退命令を出せ。禁呪を使って変化してしまったらオレにはもう、敵も味方も区別がつかなくなっちまう」

「……分かりました。伝令、この場にいる全ての者に撤退命令を。あなたも早く逃げるのです」

「了解しました。“こちら討伐軍本部。ただちに撤退せよ。繰り返す、ただちに撤退せよ”」


 サングリアはフィールズのすぐ側まで歩み寄り、彼の握りこぶしを両手で包んだ。

「フィールズ将軍、申し訳ありません。わたしの力不足でこのようなことに」

「お主はまだ若い。生き延びて再起を図るのだ。さあ早く行け! 奴がもうすぐここまでやってくる!」

 そう言い放つと、フィールズは身を翻して戦場へと駈け出した。

「うおおおお!」

 叫びながらその体を、銀色の鱗が輝く双頭の龍へと変化させる。2つの口から冷気をほとばしらせ、憎き魔王に向かってその巨体を舞い上がらせた。

 その後姿を見届けて、サングリアも宙へと舞い上がり、王都へ向けて全速力で飛んだ。

(フィールズ殿、あなたの仇は、必ず……!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セト王国興亡記 ~魔女と魔王の100日戦争~ いそのたかみ @isonotakami

★で称える ヘルプ

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ