灰色のクルーグ・トワール

天岸日影

クルーグ・トワール

 魔術師の理想郷。

誰かがそれを実現したのは、おそらく200年も前のことだろうか。

それがいつであるかを正確に記述することができない。ここには理想も歴史も無いからだ。

蓄積されるものは何もない。あるのは下層ウルンテールの混沌と、中層マイゼレーの拝金と、上層オーティアの悪徳があるだけだ。


クルーグ・トワール


語源は明らかではない。

理想の提唱者の名とも、この巨大な牢獄が建てられた場所の地名とも言われている。



そして、下層/ウルンテール。


塔は上層・中層・下層に分かれている。

各層には重厚な門があり、上層や中層の住民が下層に来ることができても、下層の住人は中上層住民の同伴が無い限り、中上層に上ることはできない。

もっとも、中上層から下層に来ようなどという物好きは存在しないわけだが。



その下層の08階の中心部。

207地区。

下層ウルンテールの中でも比較的安全と言われている地区の一つ。

人間はともかく、拡張生物マグークに襲われることはない場所。

その一画に、一人の男が住んでいる。

エルディス・カルカヴァス

通称、エル

目印の黒いマントには、かろうじて文字らしきものが刺繍された跡はあるが、ほつれていて読めるものではない。

ある日は道具屋の真似事を、

ある日は医者の真似事を、

あるいは情報屋の真似事もしたりする。

偽物であるが、それで十分。

なぜなら、この見捨てられた下層には本物など無いからだ。


塔は同じ時間を繰り返す。

同じ生活を繰り返す。

同じ悲劇を繰り返す。


歴史のない塔に終焉はあるのだろうか。

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灰色のクルーグ・トワール 天岸日影 @uton

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