第5話 ラノベ読みの日常
朝。
雲ひとつない晴天。4月も中頃になると寒さを感じることもなく、スッキリと目覚めることができる。まあもともと寝起きは良い方だが。
住宅ローンがまだまだ残っているらしい戸建ての我が家から学校まで徒歩20分ちょっと。本日の登下校のお供はGA文庫『のうりん』だ。
「ぶほッ!」
早速吹き出してしまった。今回もギャグとパロディネタが冴え渡ってるぞ。農業高校を舞台にしたこの『のうりん』はギャグもあれば下ネタもあり、青春もあれば涙もある。取材によって得た農業の知識が盛り込まれ読者が学ぶことも多く、時には農業関する問題提起もされて考えさせられる場面も。
そして何より文章とイラストの配置が斬新で、作家・イラストレーター・編集者、三位一体の職人技を味わうことのできる作品だ——
「コタローくん……そのラノベが面白いんだろうけど、笑い方がキモくて通報されてもおかしくないレベルの不審者だよ?」
「おっ?」
読書に夢中になっていたら駅を超え、学校の近くまできていたらしい。ちょうど昨日、初めて声をかけられた場所に茜は立っていた。
「見た目はいいのにやっぱり残念だよねえ、コタローくんは……口を開かなくても残念。あっ、あまりの残念さにいうの忘れた。おっはよー!」
「おはよう」
苦笑いをしている茜に挨拶を返す。そんなに僕は残念な存在ですか?
「僕のことを待ってたのか?」
「んー。待ってたってほどじゃないけど。コタローくんはラノベ読んでてぜんぜん気づいてないだろうけど、実はコタローくんとあたしって似たような時間にこの道とおって登校してるんだよ」
欠片も気づいていませんでした。
「いつも下向いて一生懸命ラノベ読んでるから『この人、危ないなー大丈夫かなー?』って感じで見てたんだけど」
「高度に訓練されたラノベ読みはいついかなる時にでも安全にラノベを読むことができるのだ」
「ドヤ顔で『できるのだ』っじゃなーい! 実際声かけるまであたしに気づいてないじゃん。やっぱり危ないから今後歩きラノベ禁止!」
なん……だと……⁉︎
両腕でバッテンマークを作る茜。しかし『歩きラノベ』とは一体……。
「そーのーかーわーり! あたしとラノベの話をしながら登下校しよ!」
名案、と茜は言いながらひとり頷いている。茜とラノベの話をする……異論はない!
「コタローくんがいま読んでるラノベってなに?」
「GA文庫から出てる『のうりん』というタイトルだ。一言でいうなら『ぜひ電車の中で読んでいただきたい面白いラノベ』だな」
「なにそのおかしなオススメの仕方は……?」
伝わる人に伝われば良い。
茜は『のうりん』を手に取ると表紙を見て「あっ、イラストかわいい!」と言った後、口絵を覗き今度は目を白黒させていた。読んでいる人の反応もまた面白いのが、この『のうりん』というラノベだ。
「気になるから今度買って読んでみる。うぅー、読みたいラノベが溜まっていくぅー」
苦しいが嬉しい悲鳴。分かる、分かるぞ。その気持ち。
「そういえば……昨日買った『とある飛空士への追憶』は読み終わったか?」
「ええ⁉︎ コタローくんじゃないんだから、そんなに早く読めないよ! まだ冒頭を読み終わったくらいかなあ」
「茜はラノベを一冊どのくらいの時間で読むんだ? 嗚呼、だいたい300ページぐらいを1冊とすると」
「うーん? や、1冊のページ数とか意識してないから分からないけど。1日だいたい2〜3時間読んで、4日くらいはかかってるね。読みやすいラノベだと2日で読んじゃう時もある。これって遅いよね?」
「……僕が話を振っておいて何だが、読書スピードの速い・遅いの基準を考えたことはなかったな」
しかし基準を求めたところで出る答えは『人それぞれ』だろう。僕は1日1冊、休日ならば3冊読むこともあるが、それ以上のペースで読破していくラノベ読みもいる。中には年間で1000冊のラノベを貪るバケモノもいるという話だ。おー怖い怖い。僕はその半分ほどだ。
「コタローくんみたいなのは論外として、他の人がどのくらいラノベ読んでるのかは気になるね」
わーい。僕もバケモノの一員らしいぞ。
「そういえば宝島社から『このライトノベルがすごい!』というガイドブックが毎年発売されているのだが、その事前アンケートで『1年間で読むラノベの冊数』を答える項目があったな」
「へえ……そんなガイドブックがあるんだあ」
「嗚呼。かなりの作品が分かりやすく紹介されているから色々と参考になるぞ……確かそのアンケートで回答できる上限が『年間100冊以上読む』なのを考えると、茜の読書スピードは決して遅くはないんじゃないか」
毎月10冊近くラノベを読めば年間で100冊になる。特定の人気シリーズを追いかけて年間30冊未満の層もかなりの割合いることを考えれば十分な読書量だろう。
「そっか、もうちょっと読むペースを上げれば1年間で100冊も読んじゃう計算になるのかー、はえー、スゴイなあ」
「無理せず茜は自分のペースで読めば良いよ。慣れもあるからその内自然と読書スピードも上がっていくと思うぞ……あとな、重要なのはラノベを読む速度よりも、ラノベを読み続ける想いだ」
「……またドヤ顔で言ってるけどそのカッコイイ風の言葉、いつ考えたの?」
「たった今」
正直に答えて茜に笑われる。笑ってる茜、超天使だと思います。
そんな天使といる気持ちの良い朝もそろそろ終わりだ。学校の正門が見えてくる。
「さて、コタローくん。今日も1日ガンバリましょー!」
腕を突き上げて張り切る茜。
こうして僕の新しい日常は始まった。
僕と彼女とライトノベル TERIAf1 @TERIAf1
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