第4話 ラノベ読みの青春

 茜と話したいことはいくらでもあった。ラノベの話が尽きる訳がない。今まさに沈もうとしている夕日を見ては、女の子を長いこと留めてはおけなかった。

 書店の外に出た僕と茜は駅の方へと歩いていく。駅から見て僕は東側に、茜は西側に住んでいる。つまり駅からは別れて家路に着くことになるのだが——

 隣を歩く茜は僕より頭ひとつ分背が低い。購入した2冊のラノベを胸に抱えて満足そうな顔をしている。

 一歩、一歩。

 駅に近づいて行く。別れの時間が近づいてくる。それを惜しいと感じている僕が……確かに存在した。

 明日になればまた会える。それはそうだ。クラスメートなのだから。なのに、この段階になって無性に不安になってきたのだ。本当に明日も今日と同じように茜と会話ができるのだろうか、と。

 そしてまた気づくのだ。僕はこの数時間をとても楽しんだということを。ラノベのことを話す友人は他にもいる。だけれども茜の笑顔はここにしかない。

 僕は一体何を考えているのだろう?

 僕は一体何を欲しているのだろう?


「今日は……うん! 楽しかったよ。コタローくんと仲良くなれて本当に楽しかった」


 駅前に着き、立ち止まって茜が語りかけてくる。その言葉に嘘はないのはすぐに分かった。感じ取った。同時に「なるほど」と納得もした。そう相手に感じ取らせる力。これが茜の才能なのだ。人が茜を囲む理由がそこにあった。


「これからもいろいろラノベのことを教えてくれると嬉しいなあ。ねえ、コタローくんはどうだった?」


 そう尋ねられて僕は何かに突き動かされるように口を開いた。


「明日もまたラノベの話をしても良いのか?」

「うん! だってラノベ読み同士友達だって言ったのはコタローくんなんだよ? あとこれ言うの2回目!」

 

 何度も妄想した。可愛い女の子と毎日ラノベの話がしたい。そんなラノベみたいな妄想を何度も何度もしてきた。しかしそれは所詮妄想でしかない。ラノベの中でしか起こらない夢物語。夢物語のはずなのに……。

 茜は僕の目の前にいる。妄想が、夢物語が、現実になって僕に笑顔を向けている。


「ならラノベの話がしたい。明日も明後日もその後も……学校でも帰り道でも何処ででもラノベの話がしたい……キミと、ラノベの話がしたい!」


 力強く言い切る。僕の言葉を受け、茜の顔は少し赤くなっているように思えた。


「コタローくんって本当にラノベが好きなんだねっ。コタローくんと一緒にいればラノベのこともっと好きになれそう!」


 茜の満面の笑みが、僕の心を揺さぶる。


 僕は彼女のことが好きだ。


「僕は…………ッ!」


 そこで——

 沸騰しそうになる想いを抑える。僕の尊敬するラノベの主人公たちは出会って数時間で愛の告白したか?

 答えはノーだ。

 世に出回った数多のラノベ。その主人公とヒロインが結ばれるまでどれだけの巻数が必要だったか。打ち切り3巻完結の場合は除く。

 ふう。危ない危ない。雰囲気に任せて告白しちまうところだったぜ。ラノベ主人公ならこんなところで告白などしない。何故なら、告白が成功したらそこでハッピーエンドだからだ。主人公とヒロインが結ばれてからもシリーズが続くラノベってレアだろ。バッドエンドの話はするな、おいやめろ。


「? コタローくん、なにかおかしかった? ほえ? なんでそんなに笑ってるの⁉︎」

「あ、いや、なんでもない。ちょっと面白いラノベのことを思い出してな。今度紹介するよ」

「う、うん?」


 腑に落ちない様子の茜。

 時間が必要だ。茜とラノベのことを語る時間も、関係を築くことも、自分の気持ちを伝えることも——

 幸いなことにその時間は十分ある。


「これ以上ここにいると空が真っ暗になるぞ。気をつけて帰れよ」

「あ! もうこんな時間! うぅ……じゃあコタローくん、また、明日ねっ!」

「また……明日!」


 手を振り走り出す茜を見送ると、僕は空を仰いだ。暗くなり行く空を。

 頭の後ろをがしがし掻いたあと、僕はこの一言を無性に言いたくなった。


「嗚呼、これが青春なんだな……」


 チクショウ。青春って……面白いな。

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