第3話 ラノベ読みの選び方

 時刻は午後5時を少し回ったところ。僕のように部活に所属していないのか、あるいは活動実態のない幽霊部員なのか……書店の中に同じ高校の制服を着た生徒を何人か見つけた。他にはお年寄りや中年女性、近くの中学校の生徒。カフェ同様、店内はあまり混み合ってはいない。

 勝手知ったる他人の家ならぬ書店。雑誌・新刊書籍を取り扱っている1階フロアを華麗にすり抜けてエスカレーターへ。目指すは7階。スタッフが利用しているフロアが8階なので、実施最上部にラノベコーナーは存在する。

 嗚呼、僕には分かってるぞ、お前らの魂胆。ラノベ読みはどんなに高いところにラノベコーナーを設けてもそれを求めて登ってくる。そう考えてるんだろ! 全くその通りだぜ!


「7階って結構のぼるよね……」


 後ろについてきた茜が呟いたが、その言葉には感心の響きがあった。


「もしかしてこの書店くるの初めてか?」

「うん。あたし、高校の近く……駅の向こう側のマンションに住んでるから、あんまりコッチ側にはこないんだよねえ。おっきい本屋があるのは知ってたけどさ。今まで本と縁のない生活をしてきたら本屋に入るのも初めてだよ」


 本と……ラノベと縁のない生活を送ったことのない僕からすると驚愕すべきことを口にする。しかしそういう人もいるということを認めないといけない。


「それなら今までラノベはどこで買ってたんだ?」

「ネットでポチッとしてた。スゴイよね、次の日には届いちゃうんだから」


 恐るべしネット通販。しかし——

 書店でしかラノベを買わない派の僕。その理由は『街の書店の売り上げに少しでも貢献したい』という理由以外にも、ネット通販を使わない訳があったりする。

 いわゆる新刊の『早売り』というやつだ。公式発売日よりも数日早く流通し書店に並ぶケースがある。一部協定のあるレーベルは公式発売日に封切りされるが、大半は早売りされる。その早売りを求めて公式発売日よりも前に書店に通い出すのがラノベ読みという生き物の習性。

 一分一秒でも早く面白い物語を読みたい。そうは思わないかい?

 あと大切なこと。ネタバレは絶対駄目。


「ネットも便利だけどな。実際ラノベを手に取って選ぶのも良いぞ」

「その魅力をコタローくんが教えてくれるってことね」


 ハードルを上げるなあ。茜を見やると顔をニヤつかせてこちらの表情を覗いてくる。なにこの子可愛い。

そんなやり取りをしている間に7階フロアに到着。独りで昇るとひたすら長く感じるが、茜と一緒だとあっという間だったな。時間って不思議!


「うわあっ!」


 7階フロアに降り立ち、飛び込んできた光景に茜が歓声を上げると、ラノベコーナーに飛び込んで行く。

 まるで北欧のお嬢様が満開のお花畑でスカートを翻しながら踊っているかのような。目を輝かせて無邪気に喜ぶ茜の姿に微笑んでしまう。しかしここは北欧のお花畑ではなくラノベコーナー。繰り返します、ここはラノベコーナーです。


「スゴイ! ラノベがいっぱいある!」


 エスカレーターを上がった一番目立つ場所には山のように積み上げられた新刊のラノベ。ズラリと並んだ背丈のある棚一杯に詰め込まれたラノベ。本棚の前の平台にはアニメ化作品を中心とした人気の高いラノベ。

 見渡す限りラノベ、ラノベ、ラノベ。

 ここはラノベ読みの楽園だ!

 愛。

 このラノベコーナーは愛で溢れている。

 書店内にラノベが好きな書店員がいるか、その書店員がラノベコーナーを担当しているかは平台を見れば分かる。


「ここは新刊や人気作品だけじゃなくて担当者オススメのラインナップもしっかりあって見ているだけでも飽きないな。あと古い作品の取り扱いも充実しているのもポイント高い」

「へえ……こんなにラノベが揃ってる本屋さんって珍しいの?」

「そうだな。ここまでやってる書店はそう多くはない。ただ小さい書店でも、やはりラノベが好きな書店員がいると『自分の色』で彩っていたりするからそれを見るもの結構楽しいぞ」


 そう言いながら僕は新刊台をチェックする。今は毎月5日間隔で新刊ラノベが出る時代だ。週によっては下手をするともっと短い間隔で新刊が投入される。


「あっ! 『SAO』の新刊出てる! 買っていこっ!」


 新刊台から1冊、『SAO』の新刊を手に取る茜の顔はホクホク。その顔を見ていると僕まで嬉しくなってしまう。


「でもこれだけラノベが出てると目移りするっていうか、なに読んでいいか分からなくなるよねえ」


 全くだ。ラノベ読みの中でもかなり読む部類である僕でも読み零している作品は多い。この発売ペースに追いつける訳がないのだ。僕でもそう感じるのだから、茜はパニックだろう。だから『自分で選ぶ』のではなくネットで評価の高い人気作品を買う。それは勿論、間違いなどではない。オススメされるだけでなく新作を読んでオススメできるようになると、また違った楽しみ方を味わえる。


「毎月バンバン発売される新刊ラノベの中からどれを読むか……人によって選び方は違う。作家だったり、イラストレーターだったり、レーベルだったり、タイトルだったり、あらすじだったり。まあラノベの選び方はゆっくり養っていけば良い」


 僕の話をうんうん頷きながら聞いていた茜はもう一度新刊を眺める。そしてピタッとひとつのレーベルに目を止める。


「この青い装丁のラノベ……」

「嗚呼、ガガガ文庫か」

「うん。あたし、青色好きなんだよねえ」


 茜が手に取ったのはガガガ文庫『とある飛空士シリーズ』の最新刊だ。文庫本をひっくり返してあらすじを確認するが、シリーズ作品のため内容はちんぷんかんぷんだったのだろう。


「『とある飛空士シリーズ』はちょっと特殊でな。茜が今持ってる最新シリーズの前の話があるんだ」


 手招きして茜を呼び、ガガガ文庫が整然と並ぶ棚の前に連れてくる。著者順に背表紙を見せている棚から1冊取り出すとそれを茜に渡す。

「『とある飛空士への追憶』……?」

「『とある飛空士シリーズ』始まりの物語だ。単発作品だからその1冊だけで物語が完結していて読みやすいと思ってな」

「……『とある魔術の禁書目録』となにか関係あるの?」

「ないない。それ以上の言及はストップ!」


 ガガガと電撃が交差しても特に物語は始まりません。


「戦闘機……? う〜ん、どうなんだろう?」

「この作品の魅力のひとつは間違いなく空戦だが、もうひとつ、身分違いの恋も描かれててな。まあ、騙されたと思って読んでみろ。なにせ1冊で綺麗に終わってる。もし気になったらその後のシリーズを追いかけれると良いぞ」


 『とある飛空士への追憶』のあらすじを読み込み、表紙を穴が空くほど見つめると文庫本をギュッと抱いた。


「コタローくんが言うんだもん。騙されたと思って読んでみる!」

「存分に騙されてくれ」


 『SAO』と『とある飛空士への追憶』を持ってレジに向かう茜の今にもスキップを始めそうな背中を見つめながら、僕は思った。

 気に入らないことはまずないだろう。だとするとこの『とある飛空士シリーズ』……追いかけるとすると既刊が多いから読み切るまで結構な旅路になる。


「人気シリーズを読破してきた茜ならやりきってくれるに違いない」


 同志に妙な信頼を寄せると、僕は僕で気になるラノベを漁り出すのであった。

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