とある男が待っているバージンロード

 とても大きなパイプオルガン。ひそひそと何事かを囁く参列者。育ちの良さそうな周りから浮きまくる俺の親族。この田舎者たちめ。

柔らかな日差しを通すステンドグラスを見て、ああ、素敵な教会だなぁと現実逃避気味に思った。



 今日の俺は主役の一人、花婿だ。さすが大企業の一人娘の結婚式。ここは都内の由緒正しきキリスト教会で、俺が立つのは神父の目の前。バージンロードの終わりだった。まさかこんなにすごい場所で結婚式するとは思わなかった。

 そんな俺の気分といえば、ついに今日は俺の結婚式! 愛する花嫁を必ず幸せにするぞ! とかいう浮かれ気分では決してない。

ついに今日は結婚式か……。逃げきれなかった……。色んな人にごめんなさい……。むしろ、こんな感じに沈んでいる。

 何だかんだ結婚しなくて三十五歳になってしまっていた。結婚願望がないわけでも、子供がいらないわけでもなかったけれど、まさか十五歳下の女の子のところへ、婿入りするために結婚していないわけでは決してなかった。普通の年の差で、普通に可愛い奥さんをもらう予定だったんだい!

 だって、彼女が生まれた時、おれは十五歳だぞ! こう、なんていうか、犯罪じゃん!?!? 俺の中の倫理とか常識とか諸々ひっくるめた、いわゆる『良識』がそう叫んでいる。

 何があってこうなった、早く目を覚ましてくれ。何度、彼女に思ったか。伝えたか。しかし、彼女は聞く耳持たず。まさに馬耳東風。馬の耳に念仏。猫に小判。

 あ、いや最後のはむしろ俺に使うべき。冴えないオッサンに可愛い女の子は、本当にもったいない。

 何度、「考え直してみませんか」と要求しても、おっとりとした笑顔で「結婚しましょう」と押し切られた。既に尻に敷かれている。

 俺の気持ちはまったく考慮されずに、進んでいく結婚の準備。式場の手配、ドレス選び、指輪の購入、その他諸々。頷いているうちに全て終了しえいた。家族への招待状さえ、彼女に言われなければ書いていなかったかもしれない。もう、頭が上がらない。

 ……今からでも逃げられれば、間に合うのでは? 幸い、今日の式の最後に婚姻届にサインするのだから、まだ俺と彼女は夫婦ではないのだ! そう、契約は結ばれていない!


 どこからどう逃げようかと、逃亡の計画を企てていると、控えめなドアの軋む音がした。――もうダメだ。そう悟り、音のした方へ振り向いた。

 小さなざわめきを貫いて、荘厳なパイプオルガンの音が響いた。

 その先に立っているのは、父と腕を組み、幸せそうに笑顔を浮かべる彼女。

 薄く化粧をして、ふわふわとした純白のドレスを身にまとった彼女は、この場にいる誰よりも美しく誰よりも幸せに見えた。実際、ざわめきは収まっていた。みんな彼女に見とれていたから。参列者全員の視線には感嘆や羨望が混じっているように見えたし、俺の親父はあまりの綺麗さに開いた口がふさがらないようだった。みっともない、田舎者。


 ――彼女は心からこの結婚を望んでくれたのかもしれない。


 そんな幻想が湧いてきたけど、「誰でも良かったので」彼女の冷たい声がよみがえり、それは一瞬にして消えた。



 けれど、今だけはこんなに美しい人と結婚できること。それを素直に喜んでもいいのではないかと、そう思えた。

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婿入りします ゆのた @miso_tori

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