無自覚なプリズナー

さいころまま

第1話

 帝紀八一二年、夏。

 レイウォール王国より落ちのびたピアニィ王女とその一行は、旧アヴェルシア領バーランドにたどり着いた。

 人の目を避け、潜伏する一行はアヴェルシア王国の重鎮であったナイジェルに接触、この街の現状を知る。

 レイウォールの執政官によって苦しい生活を強いられたアヴェルシアの住民は、手に武器を取り蜂起する計画を立てていた。

 ―――――戦いを回避するべく、ピアニィが取った行動、それは………


「出せ―――――っ!? 出してくれでや――――――んすっ!? ………はあぁ…」

 牢獄の鉄格子にもたれて、緑髪の狼娘は溜息をついた。

「ベネットちゃん、大丈夫…?」

「うるせぇぞベネット。騒いでるんだったらこっちの縄ほどけ」

 同じ牢獄の中に、縄でぐるぐる巻きにされたピアニィとアルが座っている。

 ―――同行者であるナヴァールとベネットが、お尋ね者のピアニィをアルを捕らえレイウォールに投降したとして、城内に潜入。

 その後、ナイジェルの孫である警備隊長のネルソンの協力を取り付け、内部から城内を切り崩す。

 街を巻き込むことを避け、最小限の労力で最大限の効果を上げる為に、ピアニィが考えた作戦がこれであった。

 ………ただし。最大の誤算が一つ、牢に入った段階で生じていたが。

「は~、全く酷い話でやんす……なんであっしまで牢屋の中に………」

 最大の誤算張本人であるところのベネットは、ぶつくさと文句をいいながらも丁寧にピアニィの縄を外していく。

 ―――本来ならば、ナヴァールがネルソンと話し協力してもらう間に、スカウトであるベネットが牢に入った二人を救出する手はずであった。

「…………嘘つけ。お前、どー見ても嬉々として牢屋に入って来たじゃねえか」

「ちちちちち違うでやんすっ!? これはその、罠…っ、あっしを陥れるこーみょーな罠でや――んすっ!?」

 琥珀の瞳を半眼にして睨むアルに、ベネットはぶんぶんと首を横に振った。その必死な様子に、ピアニィは思わず笑い出してしまう。

「………でも、よかったです。ネルソンさんともきちんとお話できましたし―――」

 ―――もう一つ、良い方の誤算として。地下牢の中を連行されている際にピアニィはネルソンと話し、その協力を取り付けることに成功していた。 

「そ~でやんすなあ、さすがピアニィ様でやんす! 生意気な口を聞くアルなんか、このまま牢屋の中に置いてけぼりにすればいいでやんすな!」

「………ほぅ、そうかそうか。何が出てきてもお前が一人で始末をつける、と」

「マジすんませんっ!? アルさんの縄ほどかせていただくでやんすっ!?」

 まるっきり漫才のようなやり取りをするアルとベネットを見ながら、ピアニィは顔を曇らせていた。

「ややん? どーしたでやんすかピアニィ様??」

「………姫さん?」

 その様子に気づき、同時に顔を覗き込んだ二人の前で――ピアニィは何かを決意したような表情で、顔を上げた。

「アルさん――聞きたい事があるんです」

「聞きたい…事?」

 わりあいに近い距離で、真剣な色を宿した翡翠の瞳に正面から見つめられて――アルは内心どぎまぎしながら問い返した。

「はい。さっき、ネルソンさんと話している時に―――“守りたいなんて偽善だ”って言いましたよね」

「……あ~、確かに言ったでやんすな」

「―――――う。いや、それは……」

 真剣なピアニィと、なぜかニヤニヤするベネットに問われて、アルは思わず視線を逸らす。

 それは確かに先ほど、牢の中を歩いている際に行われた会話。

 アヴェルシアを故国とする身でありながら、レイウォールの執政官に仕える理由を問われたネルソンが、

『アヴェルシアに在って外から立ち向かうより、レイウォールの内側を変える事で故郷を守りたい』

 と答えたのに対して、アルは世を拗ねた態度でこう言った。

『誰かを護ろうなんて思い上がりか、甘い考えから来る偽善にすぎない』 

 と―――。

「…………アルさんはあたしを、安全なところまで護ってくれるって言いましたよね? それも、偽善…なんですか?」

「そ、それは……姫さんを護るってのは、俺を自由にしてもらうのと同等の取引だったろ―――それに、約束だ」

 しどろもどろになったアルから縄を解き、正面に回ると――ベネットの顔にますます人の悪い笑みが浮かぶ。

「けど、アルは約束抜きで、自分がそうしたいからピアニィ様を護るんでやんしょ? ひめさんにはしんでほしくないー、って言ったでやんす」

「―――――ぐ。そ、れは………」

 からかう口調を咎めることもできずに、アルが絶句する。…それもまた、アルの言った言葉だった。

 言葉を返す事もできずにただ沈黙するアルを、どう解釈したのか。ピアニィはそっと、翡翠の瞳を伏せた。

「あたしは―――アルさんが護っていくれると言った時、とても心強かったです。あたしが約束を破棄した時も…」

 しんみりとした口調で呟いたピアニィの小さな手が、縋るように自身のスカートの裾をつかむ。

 それは、アルの身を案じたピアニィの決断。紅の魔族に命を狙われながら、孤独に戦うアルを死から遠ざける為に――王女は、剣士との約束を白紙に戻した。

 ピアニィの決意の硬さに、約束と言う言葉に縛られて、アルも一度はそれを受け入れた。

 それを覆したのは、ベネットとナヴァールの説得。…そして、アル自身の意志。

「―――絶対に戻るって約束して、本当に帰ってきてくれて…嬉しかったんです。でも…」

 かぼそい囁きと共に、不安げに揺れる視線と共に、ピアニィは再び顔を上げる。桜色の小さな唇が、かすかに震えていた。

「………それも、偽善なんですか? あたしを護るって言ってくれたあなたが、他の人の大切なものを護りたいという願いを貶めるのですか?」

「………う………」

 詰問する口調でにじり寄るピアニィから、思わずアルは半歩下がる。狭い牢獄の事、すぐに背中は石壁に当たった。

「さぁさぁアル、ど~答えるでやんす? ごまかしは効かないでやんすよ~」 

 囃し立てるベネットをじろりと睨んで――僅かに視線を逸らして空を睨みながら、アルは大きく溜息をついた。

「―――――悪かった。前言は撤回する…それでいいか、姫さん」

「はい。ネルソンさんにも、あとできちんと謝ってくださいね」

「…………わかったよ。だけどな、こっちからも言わせてもらうぞ」

「ふぇ………?」

 溜息をついたアルに、半目で睨み返されて。ピアニィはきょとんと目を見開いた。

「護られて嬉しかったってんならな、もう少し自分を大事にしろ。こっちが護る気でいるのにホイホイ人質になったり捕まられたんじゃ、メンツ丸つぶれじゃねえか」

「あ、あぅ………っ」

 先ほどと逆に、詰め寄るアルから逃れるようにピアニィが視線を逸らす。ベネットは変わらず、ニヤニヤと成り行きを見守っていた。

 ここを反撃の好機と見て――アルはわざと、芝居がかった溜息をこぼす。

「大体な、姫さんはいちいち甘いんだよ。見ず知らずの連中の為に捕まったフリまでして、何の得があるってんだ」

「と、得とか損とか、そういう話じゃないですっ。困ってる人がいたら助けてあげたいって思うのが当たり前じゃないですか!!」

「―――――姫さん、あんた自分の立場がわかってんのか? 今この場で、いちばん困った立場にあるのはあいつらじゃなくて姫さんの方だろうが!!」

「…………で、アルはその困った立場のピアニィ様を助けずにはいられなくてココにいると。わっかりやすいでやんすな~」

 いつの間にか、正面切っての言い合いになっていた会話を―――どこからともなく取り出した菓子をかじりながら、ベネットが総評する。

「―――――――ぐ、っ……! べ、ベネット、うるせぇっ!」

「おんや? ホントの事でやんしょ? 護ってやりてえって――――べぶらっ!」

 言いかけたベネットに向かって、顔を真っ赤にしたアルが菓子の袋を力いっぱい投げつける。それを顔面で受け止めたベネットが、勢い余って鉄格子にぶつかった。

 ―――その光景を咎めることもできずに。ピアニィもまた、これ以上ないほどに頬を赤く染めて硬直していた。

「……………………え、えっ、と…アルさん………今の、は、その…」

「―――――――っ、いや、その、なんだ……えぇと…」

 互いに核心に触れるのが怖くて、もじもじと言葉を交わす。かすかに逸らしながらも、視線だけは相手を捕らえていて。

 そのあまりに甘酸っぱいようなむず痒いような空気に、鉄格子にもたれたベネットが音を上げた。

「…………誰か~~~~~~~、この空気から助けて欲しいでやんす~~~~」

「――――――だから、お前はいちいち…っ」

 呆れきった声のベネットを咎めようとしたアルの耳に、数人の悲鳴が届く。―――やがて、こつこつと足音が響き。

「…………お待たせしましたね。殿下、お迎えに上がりました」

 いつもと同じ、穏やかな湖水の如き微笑を浮かべたナヴァールが廊下の角から現れる。その手には全員の装備と、牢の鍵束が握られていた。

「ナヴァールさんっ…」

「…………今の、旦那だったのか。意外にやるもんだな」

 先ほどの悲鳴からすると、恐らくは牢番たちを打ち倒して手に入れたのだろう。鍵を使って扉を開けながら、アルの感心にナヴァールは笑顔を返す。

「なに、老師のもとではあらゆる事を学んだからな。体術もその一環だ」

「いっや~~、あっしが手を煩わす必要もなかったでやんすな!! ごくろーさんでやんす!!」

「…………旦那、コイツだけ残して鍵かけちまえ」

「すいませんマジすいませんゴメンナサイ」

 大言を吐いたベネットが、流れるように土下座する一連の動作に。ピアニィは思わず声を上げて笑い出す。

 それが鎮まるのを待って―――ナヴァールは恭しく頭を垂れた。

「………では、参りましょう。この城を、この街を開放するために」

「あ、はいっ! 行きましょう!!」

 儀礼剣レッドサンセットソードを身に着けたピアニィが、うなずき―――師の形見の双剣を背負うアルを振り向く。

「じゃあ、あの、アルさん……お願い、します」

「――――別に、念押さなくたっていいっての。…俺が勝手に、護ってるだけだ」

「…………は、はい…っ」

 ぶっきらぼうに返すと、顔を赤らめながらもピアニィが嬉しそうに頷く。―――自分の顔も赤いことを意識して、アルは大きく息を吐いた。



 ……そんなふたりを後ろから眺めて、ナヴァールは微笑み、ベネットはげんなりと溜息をついた。

「…………なんつーか。この空気をどうにかする方法って、あるんでやんすかね」

「うむ、あるぞ。とっておきのものが」

「ほほう。それは何でやんす?」

「諦めろ」

「早っ!?」

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無自覚なプリズナー さいころまま @saikoromama

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