エピローグ
みーちゃんとずっと一緒にいたからなのか、ボクにもその声は聞こえた。いろんな声が交じって、みーちゃんは「運動会みたい」だと思ったらしい。
運動会なんてずっと好きじゃなかったのに、みんなの声を聴いたら大丈夫な気がしてきたって、みーちゃんは微笑んだ。
オモヒカネは裏切られたと怒ったけど、みーちゃんは最初からオモヒカネの命令に従っていたわけじゃないし、あとになってからオモヒカネの目論見をすべて知って、こんなことならあいつをブチ殺しておくべきだったと、なんにも無くなってしまった世界でみーちゃんは暴れまくった。
ボクも一緒になって暴れた。
なんにもないのだから、大波が天空まで飛沫をあげるだけだったけど、それでも海底火山の何個かは大爆発を起こして隆起し、新しい島が幾つか出来た。火山の爆発は「事象」との戦いなど比べ物にならないくらいカッコ良かった。
「事象」が世界を滅ぼしたのは嘘だ。オモヒカネがそう見せていただけだったんだとボクは知った。
かつての神々もこうやって、世界を創っていったのだろう。
滅んだ世界を元通りにする必要はないですよ。
みーちゃんは「刻の穴」から出て、新しい世界の創造主になるのですよ。とオモヒカネは何度も説得した。
オモヒカネは、それを「奇跡」と呼び、自分の手柄にしたかったのだ。
もちろんみーちゃんが素直に聞き入れるわけはなかった。
ふざけるな。ビチクソ。
新たな創造主にそう言われてしまってはオモヒカネも立つ瀬がなかった。
オモヒカネは新たな創造主を探す長い旅に出ることにした。
みーちゃんに滅ぼされなかっただけでもラッキーだったと思え。このビチクソめ。
ボクは広い世界で、みーちゃんと二人きりだ。
あの狭い部屋で、他にはダニか子蜘蛛くらいしか居なかった世界と、今のなんにも無くなった世界がどれほど違うのか、正直ボクにはよく分からない。
幸せな気もするし、寂しい気もする。
血を流し、綿を焦がして戦った日々が懐かしくも思う。
みーちゃんの傷ついた心を思えば、たとえ戦いの日々を懐かしく感じても、あの日に戻りたいとは言いたくない。
死んでいった仲間だってたくさんいた。
ただひとつの救いは、みーちゃんの心は今とても穏やかなのだ。オモヒカネも悪魔ではなかった。滅びゆく世界に、ちゃんと太陽と月を残してくれた。宇宙もそのままだった。
夜は無数の流星が降り、水平線の向こうから朝日も登る。
背中がなんだかむず痒いと思っていたら、なんとボクの毛に、数匹のダ二が生まれていたんだ。
相変わらず粗末な意思の疎通しかないけど、ボクは飛び上がるほど嬉しかった。言葉のない世界も意外と楽しかった。
みーちゃんの夢は、小さくてもいいからカワイイ雑貨屋さんを開くこと。
ドクロのピアス、たくさんのニーソ、かわいいワンピース。
クマのヌイグルミも置いてくれるんだって。
ヌイグルミの友達なんて出来たらどんなに素晴らしいだろう。
なんにもない世界にお店を開くなんて無理だって?
ボクはそんなに難しいことじゃないと思ってるんだ。
みーちゃんはもう孤独じゃない。
昔のように、心を閉ざさない。
オモヒカネも言っていた。
難しい考えなんて捨てなさいって。
「奇跡」なんて起きなくても、
みーちゃんが最高の笑顔で迎えてくれるのならもうそれは「奇跡」と呼んでもいいんじゃないかな?
いや「奇跡」はずっとどこかに存在しているんだ。
ほら、世界にそう語りかけた途端に、新しい島の岸壁に小さな花が咲いたよ。
ひとつがふたつ、ふたつがよっつ。
みーちゃんは、お花をうっとりと眺めた。
お花も、枯れる運命など知らないふりをして、静かに風に揺られていた。
新しい世界に言葉は無い。
耳鳴りが大きくなって音楽が生まれたら素敵ね。
人よりもお花の方が長生きで、人がすぐ枯れる世界でも面白い。
赤ちゃんが一番偉い世界だっていい。
太陽が毎日一回爆発する世界だったらすごいと思わない?
みーちゃんはこれまでの世界でならありえない話を楽しそうに聞かせてくれた。
けど、ボクはみーちゃんの話を決して無茶苦茶だとは思わない。
元の世界だって、交尾しながらトンボは空を飛んでいたじゃない。あれを超えるすごい世界を創ろう。
そう言ってケラケラと歯を見せて笑うみーちゃんは、この世に遊びに来たばかりの赤ちゃんのように、臭くて可愛くて、ボクもお花も一緒に笑った。
おしまい
アパテイアÅインシデント 垂季時尾 @yagitaruki
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