即興短編シリーズ

小梅

布団、曇天、セロリ。



 足元で丸まった布団を眺め、彼女は溜息をついた。窓から差し込む光は鈍く、視線の先には曇天が広がっている。身体を大きくグッと延ばし、うーんと声に出しながら、凝り固まった脚と背中に力を入れる。ふっと力を抜くと、途端に頭がすっきりとしてきた。

 そうだ、今日は休みだ。

 起きてから休日であることを思い出した時の、この幸福感は素晴らしい。寝ている間にどんな動きを見せたのか、昨夜、丁寧にブローまでして乾かしたはずの髪はぼさぼさになっている。白石ユキはほんの少し顔が緩むのを感じた。もう一度、窓の外を見る。何度見ても、素晴らしいほどの曇り空だ。青空なんてどこにも顔を出していない。

 でも、気分は最高。そうよ、そもそも私は晴れの日はあまり好きじゃないんだから。外に出なきゃって気分にさせられて、なんだか焦っちゃうんだよね。

 



 ユキは、今年の四月から高校生になる。つい数日前に中学を卒業し、今は春休み中である。元々、地味な性格だ。肩まで伸びた黒髪は、周りの高校デビューとやらに流され茶髪になることはないだろう。目はぱっちりと二重で綺麗な形をしているが、真顔で過ごしていると、時々家族や友人には目つきが悪いと言われることもある。しかし、本人はこの少し目じりの吊り上がった目をなかなか気に入っていた。肌は白く、口は小さい。街を歩けば男はみんな振り返る。・・・ような派手な美人ではないが、甘やかに整った顔立ちをしていた。

「よし」

 ユキは誰もいない部屋に小さく呟くと、一気に上半身を起こした。休日の朝に起きるのは、なかなか根性のいることなのだ。

 ベッドから降りるが布団はたたまない。今日は休日だから、と自分に言い訳をする。二階にある自室を出て階段を下りる。リビングでは母が朝食を食べていた。父はもう仕事に出かけたのだろう。ユキの家族は、父と母の三人家族だった。

「ちょっとユキ、休みだからってゆっくり寝すぎなんじゃない?」

 母の小言に、ユキは「ん」とだけ返した。冷蔵庫を開けて、母お手製のルイボスティーを手に取る。

「あ!ちょっと待った!」

「え」

 ルイボスティーをコップに注ごうとした途端、なぜか突然、母のストップが入った。

「スムージー作ったのよ。冷蔵庫の中よく見てよ。コップに入れてラップしてあるでしょ」

 冷蔵庫の中をのぞいてみれば、確かに鮮やかな黄緑色をした飲み物がコップになみなみと入って、ラップがされていた。しかも、一つではない。色んなサイズのコップに入り、いくつもあった。

「ママ、これコップじゃなくてもっと大きい入れ物に入れればよかったのに。すごい場所取ってるよ」

「だってそうすると誰も飲んでくれなそうなんだもの。ユキもパパも野菜好きじゃないでしょ。コップに入れておけばそのまま飲めるじゃない。ね、飲んでよ。結構、自信作なのよ」

 母は目をキラキラさせてユキに訴えかけている。これは飲むしかない。

 でもこれ、なんだかスムージーというより野菜のペーストみたい。ドロッとしてる。喉が渇いてるから、お茶をぐびっと飲みたかったんだけどな。

 スムージーの入ったコップを冷蔵庫から取り出すと、ラップを取って少し傾けてみる。

 やっぱり、これスプーンがなきゃ飲めないよ。

「ママ、これ何が入ってるの?」

「りんごでしょ。オレンジでしょ。にんじんに小松菜に冷凍マンゴーにセロリと・・」

 うげ。セロリ。ユキの大嫌いな野菜だ。母はのんきに、だってユキ、こうでもしなきゃセロリ食べないでしょ、なんて言っている。

 試しに一口スプーンで口に入れてみる。

 ん、あれ、

「おいしい」思わず呟いていた。

「本当!?うれしいわ。じゃあ、これから定期的に作らなきゃね。今あるミキサーだと時間かかっちゃうから、もうちょっといいやつを買おうかしら」

 母はどこまでものんきだ。

 ユキはスムージーを片手に、一旦部屋に戻った。なんだか今日は、とても気分がいい。



「部屋の掃除でもしようかな」ユキはぼそっと呟いた。

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即興短編シリーズ 小梅 @koume-00

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