最終話 魔法貴族の優雅な酒造りの日常
「シエロ! もうすぐ成人の儀が始まっちゃうわよ! 急いで急いで!」
朝の静寂を引き裂いて、少女の声が屋敷に響く。
「分かってるよアリエ姉さん、そんなに急かさないでよ」
それに対してやる気を感じさせない声が応える。
「おはよう! お父様お母様!」
「おはよう父上、母上」
ドアを開けて食堂に入ってきたのは、幼さを残した少年と、誰かさんに良く似た少女だった。
「おはよう、アリエ、シエロ」
アリエ=テッカマー=アルフレイム、そしてシエロ=テッカマー=アルフレイム。それが二人の名前だ。
そう、彼等は俺ことアルフレイム子爵の娘と息子である。
ん? 男爵じゃなかったのかって? 色々あって子爵の昇爵したんだよ。
何しろ、あれからもう16年だからな。
◆
「ほら、口にケチャップが付いてる」
アリエがシエロの口についたケチャップを拭おうとハンカチを出すと、シエロが嫌そうな顔をする。
「子供じゃないんだから、自分で拭けるよ」
まぁいい年した男が姉に世話されるのは気分が良いものじゃないからな。
「なーに言ってるのよ、弟なんて姉にとっては子供と同じよ」
すごい理屈もあったものだが、アリエにとって姉とは弟を世話するものなので何もおかしくは無い。
俺の隣で無言で食事をしていた妻シエラもうんうんと頷いている。
おかしな光景だが、俺達夫婦の若い頃をよく知っている人間から見れば、彼等の姿はかつての俺達の姿そのものなのだそうだ。
俺としては自分の若い頃に似ているといわれてもピンとこないんだけどな。
などと言っている間にも、シエロはアリエとの戦いに負けて力づくで口を拭われていた。
弟が姉に勝つにはまだまだ時間がかかりそうだ。
とはいえ、シエロがアリエに勝つのは至難の技だろう。
アリエは妻の若い頃の生き写しであり、また才能に関しても妻の再来と言われるほどの才女だ。
将来は妻の後を継いで筆頭宮廷魔術師になるのは間違いなしと言われている。
反対にシエロは俺の残念な部分を引き継いでしまったのか、魔法についての才能は正直微妙だ。
それでも俺と違って複数の魔法を使えるので、父親である俺よりも優れた息子だと言えるだろう。
別の意味でも優秀だしな。
「おはよーシエロくーん! 一緒に成人の儀に行こー!」
「おはようございます、シエロ様。よろしければ私と一緒に成人の儀に行きませんか?」
二人の少女が食堂へと入ってくる。
「ちっ、来たわね泥棒猫共」
アリエが淑女としてふさわしくない舌打ちを打つ。ホントその癖は辞めなさいっていつも言ってるんだがな。
「おはよう、レスカ、フィーレ」
シエロが二人に挨拶を返すと、少女達は華の様な笑顔を見せる。
逆にアリエは面白くなさそうな顔になるが。
そう、この二人の少女はシエロにホの字だった。
レスカ=サンタン、そしてフィーレ=マウンテ。そう、かつて怨霊事件を引き起こしたサンタン家の新当主コウラ君の娘と、サイドアの被害者であったフラエ嬢の娘さんである。
まさか怨霊事件の関係者の子供達が知らぬ間に縁を結んでいたとは、俺もシエロから聞くまでまったく知らなかった。というか紹介されてめっちゃ驚いた。
三人が出会うまでには色々なドラマがあったらしいが、それに関しては息子達の物語なので、俺の口から言うべき事では無いだろう。
「あーもー! ウチの弟に引っ付くなー! 色目を使うなー!」
シエロにベタベタとくっ付いていたレスカ嬢とフィーレ嬢に怒ったアリエが二人を引き剥がしにかかる。
「えー、横暴ですお姉様」
「貴方にお姉さまといわれる筋合いはないわよー!」
「ささ、遅れないうちに行きましょう」
さすがはフラエ嬢の娘。フィーレ嬢はアリエとレスカ嬢が喧嘩をしているうちにさっさとシエロを連れて出て行こうとしていた。
「「ってこらー!」」
だが部屋を出るところで見つかってしまい、結局4人で成人の儀に出る事となってしまった。
◆
「騒がしいのが居なくなったな」
子供達が居なくなった食堂で、ようやくシエラが口を開く。
「まぁそれも今日までだろう。二人とも明日からは王都の学院に入学するからな」
アリエは宮廷魔術師見習いとして、シエロは二人の少女に半ば強引に誘われての入学だ。
まぁ青春を楽しむには丁度良い環境だろう。
「私ももう少ししたら宮廷魔術師を引退する。そうしたら久しぶりに旅行にでも行かないか?」
シエラが流し目を送りながら誘ってくる。
「そうだな。領主の仕事も今は落ち着いているし、数日くらいなら時間を取れるだろう」
16年も領主として働いていれば、仕事にも慣れてくる。
今は優秀な部下も沢山居るし、数日なら彼等が俺の代わりを勤めてくれる。
そしていずれは息子のシエロにアルフレイム領を任せる事になるだろう。
「では良い宿を取るとしよう。そこで三人目を作るぞ」
ニヤリとシエラが笑みを浮かべる。
「おいおい、さすがにこの年で三人目は危なくないか?」
いくらシエラが若々しいとはいえ、高齢出産は危険だろう。
俺達もう30を越えてるんだぞ?
「愛があれば問題ない。あと魔法で肉体を強化するから出産できる」
これはアレだ。ダメだといっても産む気満々だ。
まったく仕方のないヤツだよ。
「この年になっても新婚気分とは」
「当然」
口数は少なくも、態度は言葉以上に雄弁にシエラは俺に抱き付いてくる。
「死んでもアークを愛し続ける。だから生涯新婚」
すげぇな俺の嫁。普通のご家庭なら倦怠期真っ最中だぞ。
「アークはもう飽きた?」
またそういうズルい質問をする。
「まさか。お前みたいな刺激的な女に飽きるかよ」
そうだ。結婚して16年。一度たりとも退屈などさせなかった女に、飽きる訳がない。
「本当に、お前は俺にとって最高の美酒だよ」
「そしてアークが私の最高の美酒」
シエラが首に手を回して顔を近づけてくる。
アーク=テッカマー=アルフレイムとシエラ=デル=アルフレイムは、今日も新婚気分で一日をはじめるのだった。
「さーて、今日も美味しい酒をつくりますかー」
~Fin~
魔法貴族の優雅でない酒造り奮闘記 十一屋翠 @zyuuitiya
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