第39話 予想外の客人
「……」
「……」
俺達は無言で、本当に無言で向き合っていた。
◆
サンタン家の影の支配者になろうとしたレムネイドは、俺の策略によってなかば自滅に近い形で破滅した。
そして傀儡になる予定だった新当主、コウラ少年の後見人は彼の祖父が勤める事となった。
もはやサンタン家は俺に敵対するだけの力を失い、醜態に醜態を重ねたサンタン家に対して美味しい所だけを掠め取ろうと手を貸す者すらいなくなったのでもはや放置しておいて何のも問題ない。というかこれ以上の干渉はむしろこちらにとってもマイナスだ。
勿論三馬鹿を使ってサンタン家の動向を監視させてはいるが。
しかし、まさかそのサンタン家が真正面からウチにやってくるとは、この時の俺は露ほどにも思っていなかったのであった。
◆
「ええ、と……」
俺は屋敷にやってきたサンタン家の新当主コウラ少年、そして後見人である彼の祖父と向かい合っていた。
俺からは既に歓迎の挨拶はしてある。だが新当主であるコウラ少年が何時まで経っても口を開かない。
少年はちらりと後ろに立つ祖父に助けを求めるべく視線を送る。
だが祖父は首を横に振って拒絶する。
当主として自分の言葉で語れという事なのだろう。
練習台にされるこちらとしてはたまったものではないが。
「っ……サ、サンタン家当主……コ、コウラ=サンタン……です」
やっとの事で搾り出した言葉はかすれており、当主としてどころか、一貴族としても及第点に及ばないものだった。
しかしそれでも祖父にとっては合格ラインだったのだろう。ほんの少しだけ目じりを緩めると、コウラ少年の横に立って俺に名を告げてくる。
「初めましてアルフレイム男爵。私はコウラの後見人であるサイード=キョーサンタと申します」
祖父とは言わず、後見人とだけ言うサイード翁。
ちなみにキョーサンタはコウラ君の元の苗字だ。
形式上コウラ君は主家であるサンタン家の養子になったという事になっている。
「初めましてサイード翁」
「ほっほっほっ儂の事などは呼び捨てで構いませぬぞ」
「いえいえ、サンタン家新当主の後見人なのですから、当主殿に次ぐ立場として接しないと失礼ですよ」
しかしサイード翁は首を横に振った。
「いいえ、私はあくまでもコウラが一人前になるまでの道しるべでしかありません。それ以上でもそれ以下でもないただの爺いですよ」
随分と自分を低く主張する人だな。
自分が表舞台に立つつもりはないと言う事なのだろうが、それにしても……
「それで、本日はどのような御用で?」
推測を重ねても真相にはたどり着けない。
俺は率直に答えを聞く事とした。
するとサイード翁はコウラ少年の肩に手を置く。
コウラ少年もサイード翁のサインにうなずきを持って返す。
一人で喋り続けたレムネイドと違い。彼等はこれから何を話すのかを二人でちゃんと相談して来たと言う事だろう。
そこからもサイード翁はコウラ少年を傀儡として扱う気が無いのは明白だった。
「アルフレイム男爵!」
言葉を発する為に力を入れすぎたのか、大声でコウラ少年が俺に語りかけてきた。
「僕、いえ僕達サンタン家を……」
敵対しないで欲しいとか、和解したいとかかな?
今まではサンタン家からの一方的な巻き添えや攻撃で敵対関係となっていたが、コウラ君が当主を継ぐのなら、それらの関係を払拭するのは急務だろうし、敵対している俺との関係を解消できたのであれば、新当主としての彼の手腕、後見人であるサイード翁の手腕を認められてサンタン家の新体制はひとまず安泰となるだろう。
俺としても下手にサンタン家を潰してしまうと他の貴族に無用な警戒をされてしまうので、適当なところで手打ちにする事には賛成だ。
どうやら二人はそのためにウチにやってきたらしい。
コウラ少年が本題を切り出すべく声を張り上げる。
「サンタン家をアルフレイム男爵の家臣にして下さいっ!」
言い切ったと、コウラ少年が脱力する。
そしてサイード翁がよく言ったとばかりにコウラ少年の頭を撫でる。
……じゃなくて!!
「ちょっ、ちょっと待った!」
俺はとんでもない事を言いだしたコウラ少年に待ったをかける。
「自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
コウラ少年は言った、俺の家臣になると。
それがどういう意味を持つのか、サイード翁にそれが分からないはずが無い。
「勿論わかっておりますぞ、アルフレイム男爵」
応えたのはコウラ少年ではなく、サイード翁だった。
さてはこの老人の入れ知恵か!
「貴族にとって家臣とは国王陛下以外の存在を主として仕える重く神聖な誓約」
分かっていながらこの老人は! コウラ少年は三馬鹿とは違うんだぞ!?
「だからこそ、敗北したサンタン家がアルフレイム男爵の下に付く事に意味が出てきます」
……意味だって?
「サンタン家はもはや死に体です。ですが領地だけは残っている。もはや維持することすら困難な領地が」
サイード翁は語る。主家の横暴とその息子のおろかな行為のツケで、とうの昔にサンタン家は力を失っていたと。ギリギリのところで踏ん張っていたところを、俺のアルフレイム家とのトラブルで問題が表面化、信頼と領地の一部を失った事で領地の十全な運営が出来なくなっていたと。更にレムネイドの逆恨みによる馬鹿な陰謀の所為で更にサンタン家は信頼を失い、もはや領地の全てを管理する事が不可能となってしまったのだという。
「という訳で、我々は領地の運営を再開する為にも後ろ盾となる方の協力が必要なのです」
その相手として選んだのが、かつて敵対していた俺という訳か。
「だがそれだとこちらにはなんのメリットもないな。形の無い信用を貸すにしても、サンタン家に手を貸すというデメリットが大きすぎる。最悪こちらが勝利した事で得た利益を丸ごと失ってしまう」
倒した相手を死体蹴りして手下にしたとあっては、アルフレイム家が暴力的で執念深い貴族だと思われかねない。
貴族の戦いとは、徹底的でありながらもスマートでなくては。
少なくとも、外から見たらそうでないといけない。
だからサンタン家にとどめを刺すこともやめたというのに。
「分かっております。そしてだからこその後見人です」
とサイード翁が目を細めて言う。
「後見人である私がサンタン家存続の為、アルフレイム男爵の傘下に入る事を進言したと広めれば、すべての責任は私のモノになります。孫に、アルフレイム男爵にも責はありませぬ。悪いのは全て臆病な爺いの保身が原因なのです」
なるほど、サイード翁は全て見越しての発言か。
確かに『サンタン家の臣下の宣言』騒動の裏に後見人の打算があるとバレれば、責任は全て後見人のものになる。
明確な犯人がいる以上、俺が自主的にサンタン家に手を出した訳ではないと証明されるので、家臣にするデメリットは少ないか。
「此度の件、孫はなんら関係ございません。どうか孫だけでもお守りいただきたい」
此度の件というのは、家臣になりに来た事ではなくレムネイドが俺にちょっかいをかけてきた事だろう。
確かに、コウラ少年は巻き添えを食っただけだ。
でなければ幼い分家の少年が、没落寸前の貴族家の当主になるはずがない。
「サンタン家を家臣にして頂けるのでしたら、当家の領地の1/3を今回の謝罪としてお譲り致します。表向きは国に返上してからになるでしょうが」
おそらく1/3はサンタン家が実質統治不可能になった領地の事だろう。
それを理由に土地を国に返せば、新たな統治者を急ぎ選出する必要がある。
王国直轄地というのは王族の自由になる地だ。
だが国中にある複数の飛び地となった直轄地を統治する手間を考えると、さっさと近くの貴族に与えて税を国に治めさせた方が手っ取り早い。
つまり高い確率でトラブルによる被害をこうむった隣の領地であるアルフレイム家に与えられると。
おそらくだが、サイード翁にはそれを可能にするコネが個人的にあるのだろう。
「承知しました。アルフレイム家に新たな領地が拝領されたのなら、アルフレイム家はサンタン家が家臣になる事を受け入れましょう」
領地が増える事は貴族としてメリットだ。金銭的利益だけでなく、所有する土地が増えればいずれは辺境伯などの爵位をもらえる可能性が出てくる。そして何より、新しい酒を作る為の土地が手に入るというのが大きい。アルフレイム領はまだまだ小さい領地だからな。さまざまな酒を研究する為の畑や工房を作るのに役立つだろう。
「あ、ありがとうございます、アルフレイム男爵!」
コウラ少年が頭を下げて感謝の言葉を述べる。
その顔には、当主としての重責の一部を降ろす事が出来る安堵に満ちていた。
少年、君の苦労はこれからなんだぞ?
まぁ今だけはその苦労をねぎらってあげよう。
「では、お互いの遺恨が晴れた事を祝し、これで乾杯といきましょうか」
俺はグラスをテーブルに並べ、一本の瓶を棚から取り出した。
「アルフレイム男爵、孫はまだ酒を嗜める年ではありませんぞ」
サイード翁が酒は困ると待ったをかけてくる。
「ええ、分かっていますよ。これは酒ではありません」
「酒ではない?」
俺はビンのフタをあけ、三つのグラスに紫色の液体を注いでいく。
「これはワイン用の葡萄を利用した葡萄ジュースです」
「「葡萄ジュース!?」」
酒で名を馳せた俺が、酒ではなくジュースを出してきた事に驚く二人。
だが珍しい事ではない。
世の中には酒を飲めない人間もいる。そういった人間にウチの商品を手にとって貰う為には、酒以外の商品が必要だと思ったのだ。
それが、下戸の人間や子供でも飲める品、つまりジュースである。
「質のよい葡萄を使って造ったジュースです。味の保障はしますよ」
俺は二人にグラスを薦めると、手にしたグラスを掲げて宣言する。
「アルフレイム家とサンタン家との和解と交渉の成立を祈り」
ついで二人もグラスを天に掲げる。
「乾杯!」
「「か、乾杯!」」
互いにグラスを鳴らし、注がれたジュースを一気に飲み干す。
アルコールの苦味も暑さも無いジュースは、どこまでも甘い喜びを喉に与えてくれる。
うん、パーティ会場での酔い覚ましや口直しにしても良いかも知れないな。
「甘くて美味しい!」
「ほう! これはなかなか」
コウラ少年とサイード翁が目を開いて喜びの声をあげる。
「アルフレイム男爵! とても美味しいです! こんな美味しい飲み物は生まれて初めて飲みます!」
いやいや、そこまで凄い物でもないから。
「はっはっはっ、いやお見事。正直子供の飲み物と侮っておりましたが、なかなかどうして。この年になって新たな感動ですな」
二人とも大げさだなと言おうと思ったが、よくよく考えると二人は分家のそれも傀儡に利用されるような家の人間だ。
もしかしたら本当に美味いジュースを飲む機会がなかったのかもしれない。
そう考えると、ここは素直に賞賛を受けておいた方が良いかもな。
「コウラ君、遠慮せずにもっと飲みなさい」
「ありがとうございます!」
コウラ少年が嬉々とした顔でおかわりのジュースを受け取る。
その楽しそうな顔は、傀儡として選ばれてからはじめての笑顔なのではなかろうか?
それを証明するように、サイード翁は孫の喜ぶ姿を嬉しそうに眺めていた。
こうして、俺はサンタン家を下しその領地の一部を国から拝領する事となった。
一部の貴族達からは俺がサンタン家から奪ったという噂をたてられたが、その後サイード翁が保身の為に孫を唆してやったのだという噂が流れると、俺への悪意に満ちた噂はそれほど時間をおかずに忘れられたのだった。
これにて、怨霊から始まったサンタン家との確執は終わりを迎えたのだった。
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