第38話 種明かし

「と、俺達が聞いたのはここまでです。途中からヤバいと思って逃げてきたんで、最後どうなったのかは知らないそうです」


「噂ではこのパーティで貴族達が我先にと逃げ出すのを見た使用人達が、これはヤバイと自分達も逃げ出し始めて、今じゃレムネイドの家の使用人が、ヤツの取り巻きや親戚の屋敷にやってきて、自分を雇って欲しいと頼み込んでいるそうです」


 そりゃ色々と面倒なことになってるな。

 ウチにはそうした連中が来たという話は聞かないが、もしかしたら執事長やメイド長が追い返している可能性があるな。

 基本貴族の使用人になるには紹介状が必要だからな。


 事のあらましを全て話し終えた三馬鹿は、テーブルの上の冷めたお茶を一息に飲み干して喉の渇きを癒す。


「ご苦労様、参考になったよ。コイツは情報料だ」


 そういって俺はささやかなお礼が入った袋を差し出す。

 お礼を受け取った三人は、こんな話が役に立ったのなら光栄ですと言ってホクホク顔で帰って行った。

 きっと帰りは酒場で高い酒を楽しむ事だろう。


 なんだかんだいって、三馬鹿の情報はありがたい。

 あの場にいて俺に敵対した貴族の顛末を嬉々として教えてくれる人間はいなかったからな。あいつ等が仲介役になって顛末を教えてくれて助かった。


「アーク、顛末は分かったが、まだ分からない事がある」


 事の顛末を聞き終えて三馬鹿が帰ったあと、シエラが疑問を口にした。


「何が分からないんだ?」


「結局、何故あの酒には銘がなかったんだ?」


 シエラの疑問は、レムネイドに渡した第三の酒の事だった。

 おそらく俺がレムネイドに渡す時に瓶を見せた時から思ってきた疑問なのだろう。


「普通新商品の酒を宣伝するのなら、銘はつけておくものだ。お前の力を示す為ならなおさらだろう」


 シエラの疑問はもっともだ。

 だが、あの酒にはそれが出来ない理由があったのだ。


「まぁ、普通の酒ならそうだな」


「どういう意味だ?」


 シエラがさっさと種明かしをしろと急かしてくる。

 武闘派で義爺さんの影響かやや脳筋気味のシエラは、焦らした物言いを好まない傾向がある。

 まぁあまり焦らすと肉体が極楽気分と同時に大変痛い思いをするので、そろそろ種明かしをするとしようか。


「あの酒は、新商品どころかまっとうな酒じゃなかったのさ。だから銘を入れるわけには行かなかったんだ」


「まっとうな酒じゃない?」


 俺の言葉の意図がつかめずに困惑するシエラ。


「シエラもあの酒の事は知っている筈だぞ」


「私が?」


 自分が知っていると聞いて首をかしげるシエラ。


「俺が酒魔法を覚えてから関わってきた酒の中で、酒といえないモノが1つだけあっただろう?」


「……今まで関わってきた酒のなかで…………っ! まさか!」


 答えに思い至ったのだろう、シエラがまさかという顔で俺を見てくる。


「そう、そのまさかだ」


「「国王陛下に出したチャンポンの事だ(か!?)」」


 そうなのだ。俺がレムネイドに提供した酒は、ブランドとしての酒などではなく、複数の酒を混ぜたチャンポンだったのだ。


「何でそんなものを!?」


 訳が分からないと困惑するシエラに、俺は種明かしを始める。


「まずレムネイドがパーティのはじめに提供する酒は、飲みやすさを考慮したヴェントデルアモールが出される。次いで会話が弾んできた頃に強めのバンブーフレイムが出てくる。バンブーフレイムだけだとキツイので、同時に出されたツマミに手が伸びる。珍しくて美味いツマミが更にバンブーフレイムを呑む速度をあげる。この時点で酒好きは泥酔寸前となり、酒が苦手な人間はアルコール分の少ない酒や水を選び冷静な者と冷静でない者に分かれる」


 俺はヴェントデルアモールとバンブーフレイムをテーブルの上に置く。


「更に間の悪い事に招待客の注目は新当主とレムネイドではなく、一介の招待客に過ぎない俺に集まっていた。これには自分こそ真の主役と思っていたレムネイドにとって看過できない事態だ。当然機嫌を悪くし、酒を飲むペースも普段より速かったんじゃないかな」


 そして俺はラベルの貼ってない空の瓶を取り出す。


「そしてこの事態を打開するべく取り出した銘の無い酒。これの味ならば招待客に自分の力を見せ付ける事が出来る! と、呑んだ事も無い酒を前にして確信した。酔っ払いには冷静な判断力なんてないからな。更に強い酒と、バンブーフレイムに合う味の濃いつまみ食べ続けた事で彼等の下はバカになっていた」


「なるほど、そう言う事か」


 シエラがここでようやく納得したと深く頷く。


「そこに悪酔い必死のチャンポンだ。酔っ払っていた連中は更に深く泥酔し、もはや自分の発言を冷静に理解する事なんて出来なくなっていた」


「酔っ払いにとっては飲めれば何でも美味いからな」


そう、チャンポンというのは、とりあえず呑めれば良いと少ない酒を注ぎ足して出来た出来の悪いカクテルのようなものだ。正常な判断力と舌を持った人間が飲んでもたいした味とは思えないは当然である。


「それで大して美味くも無い酒を褒める連中と褒めない連中に別れたのか」


「で、褒められて気が大きくなったレムネイドは、一族の人間という内側に居た敵に決定的な弱みをさらけ出してしまったという訳だ」


 酒に酔って泥酔し、醜態を晒す人間というのは、自己管理の出来ない駄目な人間として評価される。

 この評価を下された人間のマイナス印象というものはなかなか払拭できないし、酒の席の醜態というのは瞬く間に広がる。

 結果、レムネイドの醜態は身内だけにとどまらず、三馬鹿が聞いた様に仲の良い貴族達の間で、面白おかしい笑い話として定番のネタにされてしまった様だ。


「正に、酒は飲んでも呑まれるなというヤツだな」


 昔から言われてきたにも関わらず、多くの者が活かせずにいる格言をシエラが口にする。


「まったくだな」


 こうして、レムネイドの新当主傀儡計画はレムネイド本人の醜聞によって後見どころではなくなり、けちの付いた後見人の座は新当主の祖父が努める事となった。


 その後、レムネイドは取り巻きを全て失って、どの派閥からも袖にされてしまったとの事である。


 正に、シエラの言った通り、酒は飲んでも呑まれるな、だな。


 そして後日、予想もしない展開が俺の元を訪れるのであった。

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