Ep2-4

第31部隊の宿舎は三階建て、1階2階は男性、3階は女性、1階に大きなリビングフロア、3階にも小さな同じものがある。

 3階のリビングフロアでマナと結芽はエリカの向かいに座っていた。エリカは黙って下を向き、マナは結芽から待機室の会話の内容を聞いていた。

「なるほどね。先輩として慰めてあげたいけど、軍人としては理にかなっているから何も言えないわ・・・。」

「私もなんですよ・・・。」

そういい2人はエリカの方を見つめる。そしてマナは結芽に

「結芽ちゃん、あの話してもいい?」

と尋ね、彼女もそれに頷いて答えた。

「昔ね、第31部隊の隊長は女性だったの。」

エリカは少し驚いた様子を見せた。

「昔はかなり馬鹿にされたりしたみたいだったの。でもね、彼女はとっても努力をした。みんなを見返すため、仲間を守るため、家族を守るため。そんな彼女は言ったの、」

エリカは顔を上げ、その続きを聞く。

「強くなるためには崇高な覚悟なんていらない、不純な動機でいい、動機や覚悟がどんな形でもいいからある人は、強さが後から追って来てくれる。てね。」

「その人は今?」

「死んだの。」

その返事をしたのは結芽だった。

「会議でコロニー間の船に乗っている時、アザンの暴走に遭遇したの。そこで旦那と一緒に死んだの。」

彼女はポロリと涙をこぼしながら、

「幼い娘を残してね。」

言い終えた彼女はそのまま自分の部屋へと帰って行った。

「もしかしてその人って・・・。」

「現隊長のお姉さん、結芽ちゃんの母親の花川和恵よ。」

それを聞いてエリカは言葉を失った。


 エリカは夢を見た。学校の中等部に入った頃に、ある男の子に恋をしたことを。その男の子はわんぱくでよく笑う明るい子だった。お嬢様として育ったことで誰とも話せずにいた彼女に声をかけ、初めての友達、そして初恋の相手になったこと。彼のおかげで親友の女の子もできた。中等部1年生の途中、ある男の子が転入してきた。私の好きな男の子は私と同じようにその男の子と仲良くなろうとした。最初は嫌がっていたものの彼のしつこさに心が折れたのか、気が付いたら4人でずっと一緒に居た。ある日親友の一人のために彼は軍人になるといった。その時、私は止めるのではなく、一緒に軍人になると決めた。


 彼女はハッと目が覚めた。

「そうだ、私はユーマと同じ場所に居たくて軍人になったんだ。」

そして彼女は昨日マナから聞いた言葉を思い出し、決心をした。

 時計を見ると、まだ午前4時だった。その日は学校があったが、彼女は軍服に袖を通した。そして、まだ寝ている人を起こさないようにそっと宿舎を出た。

 彼女は支部内にある照正の執務室まで来た。目の前で彼女は立ち止まり、服を整える。その後、3回ノックをし、入ってもよろしいでしょうか?と尋ねた。すると入れという照正の声がし、失礼しますと言いながら彼女は執務室へと入って行った。

 彼女が部屋に入ると照正と将一の姿があった。彼らはあらゆる書類に目を通している最中だったらしい。

「早朝からお疲れ様です。」

と言いながら彼女は敬礼をした。楽にしていいよ、と将一に言われたあと、彼女は将一の目の前に立った。

「私は誰から狙撃を教わればいいのでしょうか?」

それを聞いた将一は少し嬉しそうな顔をする。

「やる気になったのか。きっと動機は不純だね?顔に書いてあるよ。」

「私はユーマ二等兵と同じ舞台に立ちたいのです。」

彼女は再び敬礼をした。それを見て照正は安心してタバコのような薬を吸い始める。

「アルフレッド君に教えてもらって。第31部隊では彼が一番銃の扱いに長けているから。昨日の夜も必死に狙撃について調べていたよ。」

彼女はわかりましたと返事をしてから、少し駆け足で執務室から出て行った。

 彼女が部屋から出ていくのを確認すると将一は言った。

「彼女は化けるね。」

「は?」

そういうと彼は黙って何も言わなかった。


「私は具体的には何をすればよいでしょうか?」

 エリカは控え室で書類を作成しているアルフレッドに敬礼をしながら尋ねた。すると彼は手をとめて、こっちにとだけ言い武器庫へと歩き始めた。しばらく歩き武器庫に辿り着くと彼は昨日見せたスナイパーライフルを取り出した。

「これはB級装備と同じだけの反動やブレなどを再現した訓練用の銃だ。少しの間はこれで的を射抜くことと持ち運びながら移動する訓練してもらう。」

それを聞いて彼女は銃を受け取った。彼女の細い腕にはその凶器の重みがずしりと伝わり、すぐにでも置いてしまいたくなるほどだった。しかし、それは彼女の覚悟が許さなかった。

「あと君にはC級装備のリミッター解除の申請が許可されるようになるためにC級装備についての知識を完璧に身につけてもらう。解除ができたらいまだに不明の放射線に対抗できると思うのでね。」

「どうすれば許可が通るようになるのですか?」

アルフレッドは銃が置かれていた横から分厚い本を手に取り、それをエリカに渡した。

「安心したまえ、筆記テストだ。範囲はその教本全て。クリアできたら中佐か少将に推薦書を書いてもらう。」

それを聞いた彼女は本をパラパラと流しながら見て、期限は?と尋ねた。

「3日だ。私が過去に花川隊長に課せられた課題と同じ内容、期間だ。」

それを聞いてエリカは頷くことで返事をし、

「それをクリアすればB級装備での訓練や実戦を許可していただけるのですね。ですがその3日間も無駄にできません。早速その銃での射撃訓練の指導お願いします。」

 彼女の決意を感じとったのか、アルフレッドは少し圧倒された。しかしすぐに気持ちを切り替え、眼鏡をゴーグルに付け替える。

「最初は君みたいなお嬢さんは軍人には向いていないと思っていたが撤回しておく必要がありそうですね。」


 第31部隊の新人3人を鍛え上げる修行が始まった。キークは剣術を。ユーマは照正と結芽の血筋に伝わる近接戦闘と射撃を絡めて戦う武術を。そしてエリカは狙撃を。修行は早朝行われ、昼間は学校へ行き、放課後は当直、そしてその後の待機時間にまた修行というハードな日々が繰り返されていった。その間にも何度かアザン暴走の通報を受け、キークとユーマは新しい戦い方で出撃していたが、エリカは入隊時と変わらない装備だった。

「なんで新人を強化する必要があるのですか?」

ある日、隊員の一人が将一に尋ねた。その隊員は彼らの2つ年上だが14歳の時から訓練校に通い、結芽と同時期に入隊した平均的な隊員だ。そしてユーマやキークをかなりかわいがっていた。だからこそ理由が気になるのだろうと思った将一は彼のA級装備の調整を一旦やめ、待機室に居る第31部隊の隊員全員に聞こえるように説明した。

「今、能力も使わずに成果を出している彼がいきなり軍上層部に捕縛され実験道具にされたり、殺されたりしないという保証はどこにもないでしょ?だからあの子たちには強くなって自分たちでキー君を守れるようになる必要があると思うんだ。」

するとすぐに他の隊員が

「もう何度も命を預けあった仲間です。彼の命ぐらいは第31部隊の誇りにかけて・・・」

と言うのを照正が遮って、

「その気持ちはいいが、上層部の言うことは聞け。部隊ごと反逆罪になったら関係ないマナや整備班の奴らも罰せられるぞ。そして死罪は避けられない。」

すると皆が黙り込み、静寂だけがその空間を支配した。そして、その静寂を破るかのように照正は、

「アルフレッド副隊長、エリカ・ベルベット二等兵の訓練の経過報告頼む。」

するとアルフレッドは敬礼をし、

「先日、隊長の推薦書のおかげでC級装備のリミッター解除が可能になり、実際B級装備を使用した訓練で動いている的に安定した命中率を出せています。体力、筋力に関しては本人に全て任せていますので、次回より狙撃手として出動できると思われます。」

 しかし、その日は通報がなく、出動することはなかった。



 その日の夜、エリカは宿舎のリビングフロアで夜中まで自分がまとめてきた狙撃の要点を書いたノートを見ていた。もしかしたら明日出動するかもしれない、そう考えたら何かしないと落ち着かなかった。

「眠れないのか?」

そう声をかけたのはユーマだった。彼は黙ってキッチンでホットコーヒーを二人分作り、エリカの向かい側に座った。

「どうせ何言っても寝ないんだろ?なら俺も。」

ユーマは笑ってそんな事を言う。そしてノートを覗いてくる。

「へえ、俺も作ってみようかな。」

「頭の悪いんだし、やめときなさいよ。」

とエリカはクスッと笑い彼のことを馬鹿にした。

「昔のエリカに戻ったな。」

と彼女はそう言われて少し戸惑った。

「最近のお前はいろいろ頑張りすぎて笑わない日すらあっただろ?俺なりに心配してたんだぜ?」

と言われて彼女の顔は少し熱くなった。そしてごまかすように笑ってみせた。

 その晩はユーマが机で寝てしまったので、そんな彼に毛布を掛けて彼女は自分の部屋へと戻った。いつの間にか彼女を支配していたものはどこかへ消え、いつも通りの彼女に戻っていた。

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キリング・セル MS氏 @murasuke

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