熾天使ウェスペルメル

オーチル

第1話 発端

ルシファーに何があったのだろうか


 比類なき力を持ち、光り輝く美しさ、そして神に最も愛された天使ルシファー

そのルシファーの反乱に多くの天使が動揺し、天使の約半数が付き従った事に大きな衝撃を受けた。

 戦いが始まると、第六天ゼブルに司令部が設けられ、先が霞む程の大きな空間に天使が整列し、目を閉じていたかとおもうと、急に目を見開き喋り出して、各部隊の戦況を報告する。

 中央では天空図を囲みながら天使達が慌しく戦況の分析、大天使からの指示を前線へ伝えていた。

 司令部に映し出される天空図には散りばめられた無数の光の点が、刻々と移り変わる。

 敵味方双方の天使をあらわすこの光は、光が強ければ強いほど天使強いは力をもっていた。

 天空図の光が示す通り、天界のあらゆる所で、神の意思に従う者と神に背を向ける者の戦いがおきていた。

 大天使達や熾天使達の活躍により、戦況は神の祝福を受けた神の意思に従う者が戦いを優位に運んでいた。

 戦場から一時帰還した大天使ガブリエルが司令部に入ると、一瞬司令部に張り詰めた空気が覆う。その中緊張した面持ちで主天使の一人がこれまでの状況を報告してきた。

 「ラグエルとラファエルはどうした?」

 部屋に入ると主天使に目を呉れる事無く、瀟洒な意匠が施された自分の椅子に座った。

 「大天使ラグエルは今別室で出陣の準備をされておられる小YHWHと協議をなさっております。大天使ラファエルは負傷兵の救護にあたっております」

 大天使ガブリエルはやや怪訝な顔をしながら「ちょっと待て、小YHWHが出陣されなければならない程ではないはず」と天空図を見つね、付けていた手袋指を一本一本引っ張り外しながら言った。

 「白羊宮マルキダエルからの援軍の要請があり、是非小YHWHにお助け願いたいと」

 「マルキダエルが?」

 マルキダエルの名前をポツリと呟くと天空図からマルキダエルを探し始めた。マルキダエルの部隊を示す光は戦列の最前線に展開し、煌々と光り輝いていた。

 「見せてみろ」

大天使ガブリエルはそう言うと、優雅な手つきで差し出された書簡を受け取る。

 『我ガ軍魔王アスモデウス軍ノ攻勢に合イ至急援軍願ウ。尚我ガ部隊戦闘経験乏シキ者多キ為指揮著シク低下セリ、戦意高揚モ願イ是非ニモ小YHWHニ援軍願ウ』

 大天使ガブリエルは書簡に目を通すと、再び天空図を見つめる。魔王アスモデウスの軍勢の光が強さを増し攻勢をかけてきている……だが、白羊宮マルキダエルは黄道十二宮の長そしてその長を護る四星晶は黄道十二宮長を護るに相応しい戦士。今は防戦を強いられてるが決して援軍が必要だとは思えなかった。

 そもそも、大天使ガブリエルは白羊宮マルキダエルに対して疑念を抱いていた。白宮羊マルキダエルは己の使命を疎かにしては、許可なく地上に降りては日々遊び惚け、巨蟹宮ムリエル、処女宮ハマリエルと出撃しては悪魔との戦いに明け暮れる始末。またこの巨蟹宮ムリエル、処女宮ハマリエルも頭を悩ませる連中だった。二人は黄道十二宮の中で白羊宮マルキダエル以上に問題を起こす連中……いや、問題行動を起こすことでは天界随一かもしれない。

 白羊宮マルキダエルはこの二人が問題を起こしても叱責するどころか庇う始末。大天使ガブリエルを含む7大天使の抗議も何処吹く風、何時も笑顔を浮かべては形ばかりの謝罪をするだけ、唯一の救いは十二宮で起こる全ての責任を形式上とは言えとってるということだろう、けれども大方はその問題に白羊宮マルキダエルが関係しているのだが。

 「マルキダエルめ……一体何を考えている……小YHWHが出陣されるとお決めになったのなら私がとやかく言うことは無い……もう下がって良い」

一通り報告が終わると、主天使は恭しくお辞儀をして持ち場に戻ろうとする、大天使ガブリエルが声を掛け呼び止めた。

「あの徐々に後退している部隊はどこの部隊だ」

大天使ガブリエルがふと目にした先には、ルシファーや七大天使と上回るほど強く光り輝く敵の光の点があった。

  ただ一人で無数の光の点の波を押し止める ようにその光は周りは神の意思に従う者を遮り小さな光を守るようにしながら、ゆっくりと後退していた。

主天使が確認をしている間、大天使ガブリエルは強く光り輝く点をじっと見つめていた。その光の点をみると妙な胸騒ぎがする、ルシファーや七大天使と上回るほど強く光りの持ち主……私が知る限り、二人しか居ない…一人は小YHWHことメタトロンもう一人は……

 「旧熾天使ウェスペルメルの部隊です」主天使は恭しく答え「旧熾天使ウェスペルメルの部隊は戦闘未経験な下級天使が多い模様で、面だって戦闘をしているのは旧熾天使ウェスペルメルと共に離反した熾天使・座天使の数十名です」

別の天使がさらに「我が方の攻勢で旧熾天使ウェスペルメルの部隊が瓦解してる模様下級天使達は敵前逃亡し、部隊から離反しているとの報告!」

熾天使ウェスペルメルの名を聞くと、大天使ガブリエルはぎくっとした。

 「逃走した天使達は何処にいる」大天使ガブリエルは反射的に訊いた。

 「逃走した天使達は何処にいると聞いている!」何時もと違う大天使ガブリエルにその場にいた天使だけではなく、司令部にいた天使全員に緊張がはしる。

 この天界で逃げ場などない、あるとすれば神の許しを得るために我らに投降するか、自ら天を離れ深き地の底へ堕ちるしかないはず……

 天使達の口が重くなる。所詮は戦闘未経験の下級天使、気にも留めていなかったのだろう。目下調査中と言うと慌しく調べ始めた。

 熾天使ウェスペルメル〔vesperumer〕……

神が創った数少ない自由意思を持つ天使、神への忠誠心など皆無で、自分に組する者には力を与え自分に仇名す者には力を奪いとり己が胎内に取り込み力の糧にし罰を与える、強大な力を持つ熾天使であった

 熾天使ウェスペルメルはその存在全てが異質であった。

 『死を呼ぶ天使』『無慈悲の天使』『傲慢な心』天使らしからぬ称号を持ち

 己が力の全てを己の欲望の為に使う天使。

 他の熾天使とは違う座天使と見紛うばかりの得意な容姿。

 美しい顔立ちでありながら、雄雄しい体。そしてその逞しい身体から伸びる三対の腕、その三対の腕で敵の力を奪い敵を滅する。時には味方からも力を奪い取り敵を滅する熾天使ウェスペルメルは天使からも恐れられていた。

 自由意思を持つ天使達が神の行いに異を唱えることも少なからずあった。しかし熾天使ウェスペルメルは神の行いに公然と異を唱え、自分の欲求を隠そうとしなかった。その為神の寵愛を受けた天使達と折り合いが悪く、彼女に表立って付き従うのは熾天使ウェスペルメルと自由意志を持つ天使やガルガリンそれも一部の異質な容姿を持つ一物、下級天使故に不遇な状況に置かれている物たちであった。

 傲慢、冷酷、奔放…熾天使ウェスペルメルは他を寄せ付けず己の欲望に執着していたが、 自分に付き従うものには常に光を与え彼らを庇護していた。

 己の欲望に忠実であったが、熾天使ウェスペルメルは愚かではなかった。傲慢で、冷酷で、奔放だが聡明であった


 そのウェスペルメルがなぜ……ルシファーにつき従うのか……

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