第18話 呪いと愛情の正体
「早まるな。守護さまが言いたいのは、逆だろう」
倫太郎が話を引き継ぐ。
「母親はこの子を呪ったのではなく、呪いからこの子を守ったのだといいたいのだ。恐ろしいほどの強い意志の力でな」
ハッとしたように由香里が顔を上げる。なにかに思い当たったようだ。
「思い出したことがあるの?」
「わ、私……あの女に、殺される」
「そレが、お前の最後の記憶カ」
「はい」
「あノ家に渦巻いているアレは母親ではなく、川に身を投げて死んだという女の情念だろウ。しかモ、憎しみを通り越して絶望している。人をそコまで追い込むとは、オマエの父親は何をしたのだろウな、クッ」
ライはニヤリと笑った。口元から白くとがった歯が見えたような気がした。
「由香里ちゃんがおかしくなったのは、その女のせいなの?」
倫太郎とライは眉間にしわを寄せて、同時に頷く。
「調べてみたんだが、父親が会社の部下と不倫をしているのが家族にばれた。というより、不倫相手がばらしたのだろうな。そこまではよくあることなんだが、その後、女は近くの川に入水自殺。しかも、自分で自分の体中に傷を付け、大量に由香里ちゃんの父親の写真を抱いていたそうだ。胃の中にも写真の残骸と思われる印画紙の束が大量に出てきたと聞く。恐ろしい執念だ」
背中をなにかが走り降りていく。愛情を通り越してもはや執着となった感情は、怨念に近い。
「あの日、あの女が家に来て、私とお母さんに向かってこの家から出て行け、って怒鳴ったの。出ていかないなら殺してやるって。この家庭を壊すまで絶対あきらめないって何度も言った。自分はせっかくできた赤ちゃんをあきらめたのだから、お前たちは代償を払えとも言ってた」
「そんな、勝手な……父親はどうしたのよ」
怒りのこもった澄子の声がする。
「わかんない。あの女が自殺したあと、あんまり記憶がなくて」
「う〜む。おそらく女を捨てたな。そして、絶望して死んだ女があんたに取り憑いたんだろう。心の未熟なお前さんの精神を支配して、家庭をバラバラにして恨みを晴らそうとした。ただ、それが母親の失踪と坤便にどう関係してくるのか……」
「母親が命を賭したのヨ。狂乱のままに心を破壊されてシまいそうな娘を守るには、魂と体を切り離すしかなイと判断した。この娘は母親によってあの弁当箱の中に閉じ込められていたのさ。魂のなくした身体は抜け殻だ。何の役にも立たん。さラニ絶望した女はあの家に泥のようにわだかマり、娘の体と父親を監視し続けた。詳細は父親に聞かないとワカラんが……まあ、もう、無理かもしれん。ククッ」
最後の咳みたいな声は笑いだったのか、ライは楽しそうだ。
〈なんて趣味の悪いヤツだろう〉と環はライをにらみつける。
「そんな顔をするな。元凶は父親なのダ。今回のすべての負の感情はヤツが引き受けるべきだと思わないカね」
「まあ、そうだけど。あ、坤便が来たというということは、由香里ちゃんお母さんは……」
由香里のほうをうかがうと、うつむいたままで表情は見えない。耐えるように、記憶を探るように、唇をグッとかみしめたのだけがわかった。
「アぁ、かろうじて魂ヲ残しておった。だカら、喰った」
ライの何気ない一言がその場にぽろっと落ちた。
「え、食べた? どういうこと?」
「そのままの意味だ。魂の限界がキテ、自分の結界に娘の命を閉じ込めテオくことが難しくなったノだろう。娘の命を体に戻したいト考えた。とはいえ、肉体も朽ちた状態の自分はアノ家に近づけない。だカら残りの自分の魂を質にして坤便を作ってくれないかとワレに頼んできたのダ」
倫太郎が、足を組み替えて背筋を伸ばしてライに尋ねる。
「守護さまは全部わかっていらしたのですかな」
禿頭に若干赤味がさしているようだ。自分の娘を危険かもしれない仕事に引き入れたのがライであったことに、釈然としない思いを感じたのだろう。
ライはそれに即答せず、小さな声で語り始めた。
「アレは可哀想な女でな……」
よろづ、はこび〼 犬野のあ @noanoadog
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