【外伝】被害者の会・恋紗
目が覚めると同時に、私は前世の記憶を取り戻した。
柔らかいベッドの上で、体を起こし頭を抱える。
頭痛とともに思い出されるのは、投身自殺をしたときの絶望。全身を襲う浮遊感とせり上がる胃液の酸っぱさに目がくらむ。
私はかつて恋紗という少女だった。
日本に住む普通の女学生だったのだが、前世を諦めてマンションのベランダから身を投げたのだ。そうして私に未来は無くなるはずだった。
だけど、周囲を見渡してみるとどうだ。
キレイなベッドの上で、貴重なシルクで織られた寝間着に身を包んでいる私は、アンティーク家具で揃えられた高級感溢れる洋室にいた。かつて暮らしていた2LDKのマンションの実家とは明らかに違う。
窓から見える景色も、日本では中々見られない小麦畑が広がっている。
加えて名前は恋紗では無い。
カレン=サーチライト4世
今日15歳の誕生日を迎え、先代サーチライト3世から家督を引き継ぐ予定の田舎貴族の長女である。
徐々にいろいとと思い出してきた。
自殺している途中の私に、突如軽薄そうで神様の従者を自称する青年が、転生をPRしてきたんだった。そのまま天界とかいうところでロリっ子女神に言われるがまま、転生することを受け入れた。
そうだ……指パッチンで、爆炎爆轟の虚像を生み出す異能を授けられたことも、あぁ……今思い出した。
私は、異世界転生をしたんだ――
……ちょっと、新たな異能を使ってみるかな?
パチンッ!
からの
ドッカーン!
――サーチライト家の屋敷が吹き飛ぶかと思うほどの爆発が、カレンを中心に発動する。
しかし直後には、爆発など無かったかのように元の景色が帰ってきた。
この能力の実態は指っぱっちんで爆破するものでは無い。爆破したように見せかけるだけの、ただのこけおどし能力。多少大きな音は鳴るが、鼓膜を破るほどの音量でも無いといった使い所不明のキワモノ能力だった。
部屋から響いてきたボンッといった破裂音に驚いた執事のヒツ爺を適当にあしらってから、改めて現状に目を向ける。
転生したことは勿論重大事件だ。
しかし、もっと差し迫った頭痛の種がある。
サーチライト家の家督を引き継ぐという一大イベント。
正直言って欲しくない。
転生前の恋紗の記憶が蘇るまでは、権力を手に入れて好き放題することを夢見るワガママ娘で自己中心的な娘だった。加えて先代のサーチライト3世は、自らの私腹を肥やすことしか考えない悪徳貴族であったため、領地の発展は停滞しており領民からの信頼も乏しい。
典型的な失政の惨状であると、前世の記憶が言っている。
前世の記憶を取り戻すまで、能天気を極めていた自分を責めたい。こんな辺境弱小没落寸前の地位を引き継ぐなど、自殺行為も甚だしい。
いや、本当の自殺行為はもっと笑えない。
はは……一度自殺した私の言うと、説得力が違うね。
しかし、これはアレだ。
こういう状況。前世の記憶で知っている。
進○ゼ○で見たってやつだ。正確にはラノベだけどね。
つまりサーチライト4世となる私の今後の行動はこうだ。
没落貴族に転生しちゃった私が、田舎の貧困領地を前世の記憶無双で最強に導く系のやつだ。加えて手のつけられないワガママ令嬢が突然更生して、チート能力で周りのもっと悪い奴らを見返す系のスッキリする奴だ。
自殺して天界で出会った女神さまの言っていた通り、異世界転生して主人公になれたのだ。私はここで無双するのである。
相手は魔王じゃないけれど……これも十分好きなジャンルだ。
でもだけど――
「このジャンルで、私のネタ能力は使えないってぇ!!」
――爆発している様に見えるだけど能力とのミスマッチが酷かった。
その叫び声に、執事のヒツ爺が再び慌てて入ってくるが、それはまた適当に追い返す。要素が盛られすぎて、何から手をつけていいのか分からなくなってしまっているカレン=サーチライトであった。
――――――――――――――
「僕もあの設定はちょっと支離滅裂だし、風呂敷広げすぎて収集つかなくなる様に思えるんだけれど?」
「いいだろ、適当に能力与えている時点で適当女神だって相当フザケてるんだ。転生先の異世界の設定なんてめちゃくちゃくらいで丁度いいんだよ。3桁後半異世界なんて何もしなくても滅びないし、あの世の驚異も少ないんだ。恋紗ちゃんには面白おかしく人生やり直してもらおうぜ」
「全く……京平がそんなんだから、僕たちがいたいけな少年少女を異世界送りにする加害者だ~なんて評判をふっかけられるんだよ?」
「う~ん、事実だしな」
「そこは否定するんだよ!? 立派な天界の仕事だからね!!」
やはり加害者はあくまでも他人事。
実際にこれから恋紗が無双し、低ランク異世界を知らず知らずのうちに3桁前半代の異世界へと引き上げるのだが、それはまた別の話。
「まぁ何にしてもだ、恋紗ちゃん。あの世に呑まれる所を救っただけの予定になかった転生者。世界を背負って立つ英雄に君はなれないけれど、これも運命だ。僕は君に期待しているよ」
金髪でロリな女神は、始まりの地の中心で愉悦し微笑んでいた。
異世界転生加害者の会 夏葉夜 @arsfoln
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