異世界転生派遣者の会


 「今日は第255番異世界のベルノックに迷い込んだ“あの世”の死龍ですか」


 身の丈を超える大剣を担ぐ七三分けのスーツ男が、無感動に呟いた。

 彼は転生者。

 転生適性最上級で、既に“2桁異世界を救っている”紛れもない転生勇者である。


 そんな七三分けのスーツ男―ラルフ(出典『社畜が転生したら異世界がぬるすぎてレベルMAXなので残業します』の旧名:長谷川涼太)は、さっさと転移門を抜けて異世界ベルノックに降り立った。彼ほどの実力派転生者ともなると、門など顔パスである。門番に挨拶をするよりも早く開門していたと言う逸話は、天上界でも有名な話だった。


 鬱蒼とした密林が果てまで続く異世界ベルノックは、ラルフにとって既に馴染みの深い異世界である。


 無数の異世界群を渡り"あの世の使徒”殲滅を生業とする【派遣勇者】ラルフ。彼は150〜300番台異世界群を中心に仕事をしているため、言うなればよく通う仕事先のような感覚である。

 現場につく前に改めて、金髪でロリな女神から渡された資料に目を通す。


 『死龍が出たヤバイ。255番異世界にしては難易度が高すぎるから、現地の勇者に協力して討伐してくれよ』


 とてもフランクに投げられた案件だが、その内容は深刻だ。


 そもそも異世界群は、その攻略難度によって順に番号が振られており、転生者達も適正に応じた所に振り分けられる。強い転生者は高難易度異世界へ――弱い転生者は平和な異世界へと飛ばされるという寸法だ。


 転生者を振り分けるシステム。

 平時はそれでも良いのだが、今回のようなイレギュラーに弱かった。

 担当の転生者の力量を凌駕した脅威の襲来は、その異世界を壊しかねない。ひいては、天上界とあの世のパワーバランスをあっさりとひっくり返しかねないのだ。


 天上界十三柱議会としても見過ごせない事態で、これの対処は早急に行われることが望まれる。ラルフを代表とする数名の派遣勇者は、そんな不測の事態に対応するための天上界側のセーフティであった。


 「…にしても死龍ですか」


 ラルフが転生した最初の異世界"第47番異世界ベークスバルド"では、死龍なんて空に溢れかえっていた。人々は地底に潜み、空を席巻する死の権化に怯えて暮らしていたのを覚えている。


 「アレは2桁異世界群でも十分驚異でしたが…3桁で出現したとなると天変地異ですね。吐息1つで密林ベルノックが焦土と化してしまうでしょう」


 そもそも世界の強度が違うのだ。

 今頃、ベルノックの周辺諸国は大慌てだろう。転生勇者も恐らく対処しきれまい。害意をもって襲い来る自然災害という訳だ。


 「さっさと討伐しましょうか…処置が早けりゃその分ボーナスも弾みますしね」


 ラルフは死龍の出現ポイントへと跳ぶ。


 指令には、現地の勇者と協力するように書かれていたが、そんなまどろっこしい事をするよりも1人で片付けたほうが早い。


 加えて、被害を最小限で食い止めれば、その分給料が割増しされるのだ。天上界十三柱議会も躍起であるのが目に見える。


 「見えた…給料が転がってる」


 バッチリキメた七三を撫でて、ラルフは大剣を構えた。

 距離は5000。

 速度は340m/秒。

 一度の跳躍で音速にまで加速して、着弾するかのようにして、空飛ぶ死龍に突っ込んだ。


 「ふ…っ‼」


 存在するだけで死を振りまく死龍を、一息にして斬り伏せる。断末魔をあげる暇さえ与えぬ致命の一撃。

 ラルフの仕事はスマートさを突き詰めて

いた。徹底的な効率化をし、得た時間でさらに多くの案件をこなしていく……仕事に人生を捧げたタイプの人種であった。

 前世では気が付けば独身のまま生涯を終えたほどの筋金入りだ。


 そうして絶命した死龍が墜ちる。


 ここで1つ忘れてはならない事がある。


 死龍は亡骸でも命を毟り取ってくる。


 ベルノックの大森林に死龍が墜落すれば、瞬く間に一帯が腐海と化す。つまりラルフの仕事はまだ完了ではない。死龍を消滅させなければいけなかった。


 しかし、消滅など彼の大剣では果たせない。大剣では役不足である。


 「仕事道具の選定の時点で、どれだけ仕事が出来る人間かどうか分かる」


 絨毯の掃除に、床を履く為の箒を持ってきても場違いであるように……仕事道具1つとっても適材適所、効率のいい品というのは必ずある。

 彼の担ぐ大剣もそう。

 死龍討伐には場違いだった。

 だが、ラルフは自身を自虐しているわけではない。そもそもラルフの持つ大剣の本質は、剣そのものより鞘のほうにあるのだ。

 

 そう


 だが納刀し、鞘と一体になることで、完璧な仕事道具として開花する。


 「【天を封じる理外の鞘】」


 万物を封じ込め異次元へと追放する神器の1つ。

 金髪ロリ女神が、ラルフを転生させる際に持たせたチートアイテムの最高峰。

 2桁異世界群へと転生する最適転生者しか扱えない神器が、あの世からの尖兵に本領を発揮する。


 落ち行く死龍に追いついて、鞘ごと大剣を叩きつけた。


 今度はもはや音すらない。


 死龍の骸は、空間ごと捻じれ、歪み、虚空の果へと追放された。


 この間、たった一度の跳躍。


 転生派遣者ラルフが、仕事完了の確信を得たところで、どこからともなく青年の声が聞こえてくる。


 『任務完了を確認した。お疲れさん、帰還の手続きはこっちでしておくから、そのまま少しの自由落下を楽しんでいてくれ』


 直後、ラルフが何か考える暇もないうちに、視界は暗転した。

 それが天上界への帰還の合図だった。


 


  ****



 ラルフの帰還を確認し、京平は欠伸をして背伸びした。


 「ふわ〜…やっぱりラルフはすげぇなぁ。もう全部ラルフでいいんじゃないの?」


 彼が見ているのは異世界群を写す鏡。

 彼の膝の上に座るロリ女神は、一緒に鏡を覗き込みながら溜息をつく。


 「何を言っているのさ。いかにラルフ強しと言えども、少数精鋭で異世界群をどうこうしようなんて無理な話だよ」


 ボケッと他人事のようにボヤいていた京平に、マジレスしぷりぷりと怒ったポーズをとるロリ女神を撫で回してなだめる。

 

 「冗談だ。にしても派遣社員もとい、派遣勇者か。一度世界を救った勇者を、こんな雑用じみた事に従事させるとは、天上界もなかなか求人に困っていると見えるな」


 「困ってると見えるな……って京平さ、ちゃんと天上界の時事問題に関心持ってる? 持ってたらそんな言葉出てこないと思うんだけど」


 今度はため息とついて呆れるロリ女神。

 馬鹿な京平は、意味も分からず首を傾げた。


 「じじぃ……問題?」


 「え”……もしかして、もっと根本的なとこ???」


 まさか時事問題の意味すらわかってないのかコイツと、哀れみの目で京平を眺める。もはやまともに取り合うのもアホらしくなったロリ女神は、一旦京平から思考を外し、何もない前方を見た。


 すると、何もない【始まりの地】の漆黒に亀裂が入り、そこからラルフが現れた。

 金髪ロリ女神が、入ることを許可した証である。


 「死龍討伐の任務、異常なく終了しました」


 ロリ女神の前で片膝をつき、恭しく任務全うの報告をするラルフに、彼女はようやく満足そうな表情をして返事する。


 「うん。死龍討伐見事であるな! 被害は皆無みたいだし、報酬はたんと弾んでおこう!」


 京平と話していた時とは雲泥の差のテンションである。


 「なぁ、アホ女神。俺の時と扱い違うくね? 俺が必死こいて転生者連れてきても、報酬弾んでもらった記憶薄いんだけど」


 ロリ女神の腰掛ける豪奢な椅子の裏から、ボソっと愚痴る京平の声を、華麗に無視してロリ女神は続けた。


 「いや~、ラルフみたいに優秀な部下がいれば、ボクの仕事ももっと捗るんだろうなぁ~」


 「あ、無視じゃなくて当て付けか!? おい横目でチラチラと見るな! こんな優秀な従者を差し置いて、そこらの転生者勧誘とはいいご身分だなぁアホ女神ぃ~!!」


 「アホって言うなんて酷いぞアホ従者! アホって言う方がアホだって地球の格言を知らないのかい? 全くこれだから脳みその詰まってないアホな京平には呆れさせられるよ」


 「はぁ~!? そんな子供みたいな挑発には乗りません~! それに、アホ女神の方がアホって言ってる回数多いからアホ女神の方が絶対的アホ。アホの二乗! アホアホー」


 「……」


 二人(1柱と1人)のくだらない言い争いを、見慣れたものと受け流し、静かにその場を発つのは派遣勇者ラルフ。


 さて、本日の彼の仕事はここまでだ。


 また命令が下るまでは、天上界にて暇を潰すか適当な異世界へと観光しに行くのが、彼のライフスタイルである。


 派遣勇者ラルフは、まだ見ぬ残業の為、今日も仕事上がりの一杯を呷りに行くのであった。




 「……まだ騒いでますね」




 遠くで聞こえる姦しい声は、ラルフが【始まりの地】を出るまでずっと聞こえてきた。

 天上界は、今日も平和である。

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