バカは死んでも治らない
「やばいやばいやばい!!」
今日も京平はピンチであった。
いや、今日もというほどピンチは日常では無いのだが……体感として、昔より慌ただしいことが増えている気がする京平である。
そう、慌ただしい。
右足はアクセルをベタ踏みし、視線は忙しなく前後左右を飛び回る。ハンドルを握る手付きにも落ち着きは無く、冷房の効いた車内なのに冷や汗が止まらない。
「……くっ! 絶対に笑われる! このままだと絶対ロリ女神に笑われるっ!!」
言われる台詞なんて分かってる。
『京平はホント、バカだよねぇ(嘲笑)』
黙っていれば可愛らしい顔を、最高にムカつく表情で歪めて嘲笑うのだ。あのロリ女神は!! だから京平は止まらない。止まっていられない。
転生を執行する為の京平の
悪いことだとは百も承知。
だけどそれよりもヤバイ案件がすぐ後ろに差し迫っている。
具体的にはトラックの後方250メートル。何か映画の撮影でもしているのかと見紛うほどの量のパトカーが追走してきているのだ。銭○警部から逃げるル○ン三世の如くの逃走中である。
道路交通法第22条(速度超過)に抵触し、偶然居合わせたネズミ捕りに見つかってしまったが運の尽き。仕事(転生執行)のため現場へ急いでいたため振り切ろうと無視したら、相手が余りにも敏腕で諦めが悪かった。苛烈さを増す追走に、引けなくなった京平の逃走はエスカレートし、遂には他の交通など無視してトラックを走らせていた。
神聖なる天上界に所属する身分でありながら、京平は犯罪者にまで堕ちていた。
さて、最初は軽微な速度超過であった。次に警察の制止を無視した停止命令違反、蛇行運転などの危険運転に信号無視、一時不停止など標識表示を無視すること計52箇所。それだけには留まらず、逆走と追突、人身・対物事故を重ねて、京平の走った後ろには大量の事件が撒き散らされていた。
というか、そもそも京平は運転が下手くそであった。
転生執行の為に日常的にトラックを運転しているが、その転生執行ではブレーキなんて使わない。そればかりか安全運転など微塵も考慮していない。なにせ事故を起こす事が京平の目的なのだから、お行儀のいい運転など本末転倒なのだ。
しかし、いかに少年少女を異世界送りにしまくっている京平にも、ちょろっとだけ良心はあった。無関係な人を巻き込んで大騒ぎを起こしても平静を保てる胆力は持ってない。
「もう取り返しがつかないぞコレェ!!」
轢いた人の数は数しれず、もはや両手の指では数えきれない。取り返しはつかないが、これ以上滅茶苦茶な事態を避けたいと焦る京平は、一挙に高速道路へと進路を変える。ここなら歩行者は居ない。
「俺みたいな下手くそな運転でも、ここならぶっ飛ばして走れる……!」
だが彼は忘れていた。
高速道路の方が周囲の車も早い分、事故った時の被害がデカイ。
そう事故った。
あっさりと。
本線車道への合流時などという、事故が起こりやすいポイントで接触した。更に不運なのは、接触したのが京平の乗るトラックよりも圧倒的に大きなトレーラーだったという事だろうか。
ドッ――――ッッ‼
世界がグルリと反転する。
気持ちの悪い浮遊感が京平を襲った。
「なぁ、みんな……5トン近くあるトラックが……さ! 6メートルくらい空に吹っ飛んでるのを見たことはあるか!? ははっ、俺は今車内からその景色を見てるぜっっっ!!!」
それを最後に、京平の
※※※
「た、大変です! 助けてください転生局長!」
【始まりの地】に突然、助けを乞う悲鳴が響いた。
転生局長と呼ばれた金髪でロリな女神は、膝の上で撫でていた黒猫typeωから視線を離して来訪者の方を見た。
「いきなり騒々しいなぁ、なんだい?」
「す、すいません! 天門局から派遣され参りましたエーレです!」
「あぁ、京平がいつも入り浸っているっていう酒場の看板娘じゃないか。長い前置きはいいから、要件を話してみなよ」
何やら慌てるエーレに、状況が分からないから取り敢えず偉そうに冷静を振りまくロリ女神。黒猫とのお戯れタイムが邪魔されたのは不服だったが、ここは女神の余裕と言うやつだ。
そんなロリ女神の様子に、頼れそうだと勘違いしたエーレは、早速本題に移る。
「実は、転生適性も何もない魂が、突然大量に天上界の門にやってきたんです。普通は、転生適性の無い魂なんて下界で全部霧散するのに……明らかに異常です!」
「はぁ…確かに聞き慣れない事案だね?」
そもそも、天上界に行き場を失った魂が紛れ込むことはよくある話だ。その量が多いというのは気になるが、転生局に持ってくるような話じゃない。天門局は、仕事を他局に丸投げするような無責任な神たちの集まりでは無かったはずだ。
だからこそ、ロリ女神は疑問に思う。
「そういう事の対処も、天門局の主たる仕事だろう? それとも、転生局が何かやらかしたかい?」
あるのは一抹の不安。
金髪女神は、転生局の局長である。
トップである。
アホだロリだとか言われているが……ワーキャーはしゃいで、ピコピコと音の鳴るサンダルを愛用し、相変わらず京平には子供扱いされるが……責任ある役職に就いているのだ。
そして、ロリ女神は天上界の花形役職とも言える転生局のてっぺん。もしロリ女神よりも下位の神やその従者が問題を起こせば、その責任は金髪ロリ女神に来ちゃうのである。
縦社会。
天上界も世知辛い時代であった。
「(ぱっつん毒舌女神か? それとも引きこもり淫乱女神? いやいや直球に黒ギャル不良女神の仕業という可能性もあり得る……!)」
転生局が問題を起こすだなんて信じたくないが、理想ばかりは言っていられない。問題を起こしそうな神はいくらでも思いついた。遥か昔に左遷された伝説の
まさか、そんな大アホは、今の転生局に居ないはずだが……一度芽生えた不安は、真実を確認できるまで無くなりそうになかった。
加えて、エーレ(天門局)は、ある程度見当をつけてから来ていたらしい。
ロリ女神の質問に、サラッとこう答えたのだ。
「天上門に集結する魂が、転生しやすいような導きを受けているんですよ。これって天上界に着く前に、転生適正の高い魂を高純度で天上界に送り届ける転生局の技術でしょう?」
つまり、これは天門局の怠慢ではなく、転生局側の不手際による騒ぎなのでは無いかと……エーレの目には疑念の色が浮かんでいる。
言われていることが転生局にとって不穏すぎて、ロリ女神は黒猫を撫でていた手も止めて、笑顔のまま固まった。
「(嫌な予感しかしない……)」
冷や汗をグッと堪え、ロリ女神はポーカーフェイスを崩すまいと言葉を紡ぐ。
「た、確かに転生局長として、一度ボクも確認したほうが良さそうだね。転生局で聞き込みして見るから、君は帰っていいよ。報告はボクが天門局長に直接するからさ」
やんわりと「帰れ」と言い、ロリ女神は小賢しく企む。エーレを帰して、時間稼ぎさえ出来れば、例え転生局の不手際だったとしても、責任を最小限に抑えられる自信があった。とにかく今は時間が必要。
だが、そんなロリ女神の足掻きはあっさり砕かれる。
「いえいえ、今ここで見ていただければ転生局の関係者かどうか直ぐにわかると思うんです」
「ん?」
エーレは薄布の内から、1枚の鏡を取り出してロリ女神に見せてきた。
この鏡は、異世界群を見渡せる千里眼を一般規格にグレードダウンした天上界の流行商品だったか。
「とにかくコレを見てください! 天上門に押し寄せる魂の発生源の特定が、ちょうどさっき終わったらしいんですよ! ここにヒントがある筈なんです。一緒に見てくれませんか?」
ほぅ……現行犯逮捕出来てしまいそうな勢いの捜査スピードだね。
ロリ女神は、転生局のせいじゃありませんようにと願いながら、渋々鏡を覗き込んだ。
「……これは、事故現場? あ? あ〜……あ〜あ」
「そう……見たいですね? 場所は高速道路といったところでしょうか……トラックが大型のトレーラーと衝突したのかな? あれ? 転生局長、どうかされましたか?」
あ〜、見知った顔が間抜けヅラ晒して伸びている。頭を抱えて思考放棄したかった。誰だ、転生局は関係なかったら良いとか壮大に前振りしたお馬鹿さんは……あぁ、ボクか。
「あ〜、うん」
ちょっと、考える時間が欲しい。
「あ"……これって、もしかして常連のきょうへ……ぃ!?」
エーレが世界の真理に辿り着きそうだったので、ロリ女神は神速で彼女の口を塞ぎに掛かる。そして瞬時に決意を固めた。
なんとしても被害は最小限に抑えてみせる!
金髪ロリ女神は、頭をフル回転させた。
さぁ使えるものは全て使え!
経験によって培われたその場しのぎを!
この幼く愛らしい表情も肉体も!
そして何より権力を!
立場の差を利用するのだ。
納得させるのではない。
「はい」「わかりました」を言わせれば勝ちなのだ!
「ぐ、偶然下界で事故が起きちゃったみたいだねぇー! 偶然轢かれた人たちの魂が、偶然霧散せずに、偶然天上門にまで辿り着いてしまったみたいだー! すごいなー! でも偶然だから、あとは天門局の方で何とかしてくれるんじゃないかなーってボクは思うよ? ほらほら、今帰ったら以外とあっさりと天門の作業も終わってるかも知れないしさ!」
「え、どうみても転生きょ……むぐぅ! これとか転生用トラッグゥ‼ むごむご、うぅ……はい」
華麗にゴリ押した説得が功を奏したのか、エーレは大人しく首を立てに振った。
……振らせた。
「ぐ、偶然なら、ししし、仕方ないですねーははは……」
エーレの目が笑っていない。
まぁ、気のせいだろう。
「分かってくれて嬉しいよ。きょぅへ、ゲフンゲフン。下界で事故を起こした迷惑なバカは、下界で裁判にかけられて無期懲役でも死刑でも言い渡されればいいのさ。君たちも、それで今回の一件は水に流してくれるよな」
「え、あ……はい、あーわかりましたー!」
棒読みな所とかも気になるが、エーレはそれを天門局に伝えてくれるらしい。それだけ取り付けられれば十分だ。
ロリ女神は、エーレに詰め寄っていたのを止めて離れる。危ないところだった。もう少し渋られたらどうすればいいか考えていなかった。手は決して出さないが、アホがバレる所だった。
渋々といった様子を隠さないで帰るエーレは【始まりの地】を出る前に、1つだけ、と質問してきた。
「あの、事件を起こした迷惑な人はこのままにしておくとホントに死刑になってもおかしく無いと思うのですが、良いんですか?」
言外に「従者が殺されちゃうのに助けようとは思わないの?」と聞かれているわけだが、ロリ女神は今度こそ爽やかに答える。
「いいんだ。あの
無期懲役、若しくは死刑が確定し執行されるまでの数年間の反省だ。
そこでようやくエーレは気がつく。
「(あぁ、そうだった。天上界の神々は不老で不死身で悠久を生きているから、時間とか生死の感覚がブッ飛んでるんだった)」
しかも、死んだ程度じゃ消滅しない。彼らにとって肉体は、魂の輪郭をハッキリと表す表現方法の1つに過ぎなかった。そんな人外にかかれば、ケジメの付け方もマトモじゃないのだ。
「ねぇ、何か今失礼なこと考えなかった?」
「まさかー、偶然ですよー、はははー!」
逃げように去っていくエーレを見送り、ロリ女神はようやくため息を吐いた。
「……さて、京平が懲役を終えるまで何をして時間を潰そうかな」
足をぶらぶらとさせながら暇を持て余す。
そんな一時も、女神にとっては何の苦もない余暇の一部である。
今日も金髪ロリ女神は、黒猫typeωを撫でていた。
ーー京平Sideーー
獄中で京平はようやく察する。
「あ〜、これ死ぬまで帰れない奴か」
「でもまぁ、死んだら帰れるか」くらいのテキトウな気持ちで呟いて、京平は惰眠を貪った。
人の性根なんて死んだ程度じゃ変わらない。京平は今日も変わらず気の向くままに日々を過ごしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます