第6話


 ーー翌日。


 昼休みのチャイムが鳴って、生徒達は散り散りになる。仲良しメンバーで集まって昼食をとるために机を動かしたり、購買に向かったりと、皆、それぞれ忙しい。

 そんな教室の中で、小野田は一人、席に座り、じっと動かないで、今朝のこと思い返していた。


 今朝、小野田は恐ろしい光景を目にした。校門をくぐった直後のことだ。前を歩く、男子生徒の頭上に、花瓶が落ちた。

 悲鳴をあげそうになったが、発声する前に、小野田はそれが予知だったと気付いた。目の前にまだピンピンしている男子生徒が居たからだ。


 小野田は、無我夢中で走り出した。


 助けなければ。頭の中はそれだけで、彼の背中を突き飛ばした。


 男子生徒は地面に叩きつけられた。身を翻し、怯えた顔で、小野田を見上げた。小野田は手を前に突き出した格好のまま、立ち尽くしていた。

 ーーいつまで経っても、花瓶は落ちてこなかった。


 謝罪して、知り合いと間違えた、という、言い訳にもならないような主張をしたと思う。頭がぼんやりとしていて、自分が何を言ったかあまり覚えていない。

 彼は、何か言って、許してくれたはずだ。が、何を言われたのか、やはり覚えていない。小野田は混乱しながら、体に染み付いた習慣を実行した。つまり、登校したわけである。


 それからも、予知が外れる事が続いた。一時間目の授業で、課題を忘れて叱られる未来を見たが、考えてみるとそもそも課題は出ていなかった。昼休み前に、大きな音で腹が鳴ってしまい、前の席の男に笑われる未来を見たが、腹が鳴らなかった……。


 映像で見えた事が、起こらないようになった。


 いったい、どういう事なんでしょう。亘理先輩。


「うーん、何故だろうね」


 結局小野田は、昼食もとらずオカルト研究部に来ていた。亘理と向かい合って座り、予知が外れるようになった事を相談していた。


「今朝の事なら、花瓶が故意に頭の上へ落とされたものだとしたら、説明がつくけど。君が男子生徒を突き飛ばしたから、座標がズレて、花瓶も落ちる必要がなくなった、と。……ただ、腹の音やらは説明がつかないな」


「……何が見えていたのかわからなくなりました」


 小野田は俯いた。


「なんだい。もしかして、今まで見ていたものも未来じゃなかったかもしれない、とか思い始めているのかい?」


「……全部、妄想だったんじゃないかって。俺にしか、見えてないものだし、自信がなくなってきて……」


「ぼくは、君が見ていたものは未来だと思う」


 亘理は淡々と話し始める。


「君は昨日、オカルト研究部に来たら不思議と映像が見えないと話してくれたよね」


 確かに、疑問のひとつとして話した。


「もし小野田くんの妄想なのだとしたら、ここでだけ見えないのはなぜだ? 今のところは特定の場所でだけ妄想に取りつかれない理由が見つからない。一方、君が未来を見ていたのだとしたら、ぼくに仮説がある。君がこのオカルト研究部に来たのは、未来予知について何か聞けると思ったからだろう?


 つまり、予知がなければここに来る事がなかった。予知で未来を変えるとどうなるのか、とも君は話していたけど……すでに未来を変えていたんだよ。君自身の未来を。そして、変わった未来は君の能力では見えない。だから、オカルト研究部にくると、未来が見えない……すでに変わった後のことだから」


「……えっと、じゃあ……すでに決まった未来があって、俺はそれを見ることができていたってことですか?」


「そうだね。君は世界の筋書きのようなものを見ている、だから、そこを逸脱したら、見えなくなる。……信じがたい話だから、仮説に過ぎないよ。だけど」


 亘理はにっこりと笑った。


「未来が見えていると考えた方が面白いじゃないか」


 面白い方を信じる、という考えが亘理にはあるのか。もしかすると、山岸にも。だから、あっさりと自分の言うことを信じたのだろうかと、小野田は思った。


「でも、予知が外れるようになったのはなんでだろう……」


「そうだね。結局、その謎は残ったままだ。ただ、これはぼくの予想だけど」


 ーー外れていないのかもしれないよ。


 亘理が言うのと同時に、チャイムが鳴った。


「……も、戻らないと」


 意味深な言葉は気になるが、昨日珍しくサボったせいで目をつけられている。今日またサボると、面倒な事になりそうだった。


「じゃあ、また放課後。気が向いたらおいで」


 亘理は手を振った。自称していたように、この男はミステリアス、なのかもしれない。自信たっぷりな表情を見ると、彼は何もかも知っているような気がしてくる。そんな気持ちを抱きながら、部室をあとにした。

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オカルト研究部部長の視えない苦悩 夕日 黛 @f6q

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