第5話

 結局放課後までオカルト研究部で時間を潰した。最初は気味が悪いと思っていたが、慣れてしまえば静かで居心地のいい部屋だった。


 小野田は窓の外から、帰宅する生徒達を見ていた。亘理はと言うと、本棚の中から超能力者についての本を何冊も引っ張り出して読み漁っていた。彼も一緒に授業をサボったことになる。


 付き合わせてしまったようで罪悪感を覚え、三年のこの時期にサボって大丈夫なのか聞くと、


「ぼくは優秀だから大丈夫」


 と返されたので、それ以上何も聞かなかった。

 そもそも、彼は小野田がいるからあわせてこの部室に残ったというわけではなく、自分が本を読みたいから残った様子だ。

 小野田の未来予知ができるという話に興味をそそられたらしい。


 正門に向かう生徒達の数がまばらになってきた頃、オカルト研究部の扉が開いた。


「すみません、遅くなりました」


 副部長の山岸海だった。


「どうだった? 今日、伊吹くんと調理実習が同じ班だったんだよね」

「はい、ですが全く話せませんでした。洗い物の時にチャンスがあったんですがスポンジを探している間に逃げられてしまって……」


 イブキくんとは誰だろうと疑問に思いながらも、自分から会話に入っていけないタイプなので、小野田は黙っていた。


「まあいいや。今日はとっておきの面白い話があるんだよ」


 と、亘理が小野田に目配せした。





「未来予知……ですか」


「映像で見えるんだよね」


 亘理がなぜか誇らしげに言い、小野田は頷く。三人は黒い机を囲む形で座って話していた。机の上にはせんべいとお茶が置かれており、時折亘理が話の途中でせんべいを齧っていた。


「この部室で怖くない話を聞くのは何だか新鮮ですね……。その能力に目覚めたから、オカルト研究部に来てくれたんですか?」


「は、はい。能力の事が気になって。なんで突然使えるようになったのかなって、思って……」


 亘理もそうだったが、こんな荒唐無稽の話をあっさりと信じるのはなぜだろう。今まで体験した予知の話をしただけで納得され、目の前で証拠を見せろ、とは言われなかった。

 幽霊の存在を信じているから、他の不思議なことも起こりうると思っているのだろうか。


「小さい頃、ESP……超能力を持っていると思わせる兆候があったと両親が話してたことは?」

「いや、ないです。ずっと普通に育ってきました」


 普通であることがコンプレックスだったくらいだ。


「家系でそういう能力者がいるとか?」

「それもないですね」

「うーん……このくらいの年で突然能力に目覚めるのは例がないわけじゃないけど、かなり珍しいんだよね。何かきっかけがあって、とかそういうわけでもないんだろう。大きな事故に遭ったとか」

「きっかけ……」


 そういえば。


「変わったことはありました。電車で変な人に声をかけられたんです。オカルト研究部に興味はないかって」

「部長……?」

 山岸が亘理を見る。


「いや、いや。いくら部員がほしくてもさすがにそんなことしないよ」

「金髪の人でした。ここの制服の」

「ああーーもしかすると、遊馬くんかな。ぼくと関わりがあってね。部員を探してくれてたんだよ。以前からずっと探してくれているみたいだったけどまさか追い詰められてそこまでしてたとは……可哀想に」


 どこか他人事の口ぶりだが、同情はしているようだ。亘理の知り合いだったのか。そういえば、恩人のためとか言っていた気がする。


「プレコグニション……予知」


 亘理が本を手に取り、真ん中くらいのページを開いて話し始める。


「さっきも言った通り、突然能力に目覚める例は少ないがある。山口県に済むK子さんはある日突然未来が見えるようになった。君と似ているよね。そしてある日の朝、K子さんは家族が事故に遭って亡くなる未来を見て、外出を控えるように言ったんだ。


 実際にその場所で事故は起きて……ただ、人は巻き込まずにドライバーが軽傷をおっただけで済んだ。それから、K子さんは未来を読めなくなったと言う話だ」


「家族を助けるために、能力に目覚めたわけですか」


「そう。未来に起きることを阻止するために能力に目覚める場合もある。君がその能力に目覚めた意味があるとするなら……」


 亘理は小野田をまっすぐに見つめる。


「君は何をしたい? 未来が読めるようになって……その能力で何を成したい?」


「俺は……」


 目の前に座る亘理を見る。

 彼には。いや、彼らには、本音を伝えたい。

 いつも人の好感度を気にして言葉を選ぶくせがあった。だが、この能力を信じてくれた彼らには、本当の事を言いたい。


「俺は、ヒーローに……なりたいです」


「ヒーロー?」


「誰かを助けたい、です」


「素敵です」


 山岸が微笑んだが、小野田は首を振った。そんな綺麗な思いではない。


「俺はずっと得意なこともなくて。だから、誰かを助けて感謝されたくて……すごいって思われたいんです……。自分の価値を、認めてほしくて。そんな理由なんです」


 この能力に目覚める前から、ヒーローになりたいと思っていた。主人公になりたいと思っていた。それは注目されたいからだ。誰かから尊敬されたいからだ。全部自分のためだ。


「君はもっと自分の善性に気付くべきだよ」


 亘理が言った。


「人が何かをする動機なんてそんなものだよ。みんなそうなんだから、そんな申し訳なさそうな顔をしなくていい。未来予知ができるようになってギャンブルで大儲けしたいとか、そういう自分のための事を言わない時点で十分お人好しだと思うよ」


「それは俺が勇気がないだけで……」


「やめよう。これ以上話すとぼくが良いことを言い過ぎてしまう。どこまで引き出すつもりだい? いちおうオカルト研究部のミステリアスな部長としてやってるからさ、困るんだよね。これ以上常識人なところ出させないでくれよ」


 見た目はともかく、彼と話していてミステリアスな印象はなかったが……。


「とにかく、君は誰かを助けたいんだろう。いつかその機会がやってくるかもしれない。K子さんのように、そのために君はその能力に目覚めたのかもしれない」


 誰かを助ける……。自分にそんな事ができるのだろうか。やはり未来予知ができるようになっても、小野田は自信が持てないままだった。


 そして次の日から、小野田の予知は外れるようになった。

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