第4話

 オカルト研究部から離れて、帰る途中、また未来が見えるようになった。

 今日の夕飯が見えるという些細な内容だったが、家に帰って本当にハンバーグが用意されていた時、安堵のあまり泣きそうになった。


 小野田は今まで、これといった得意分野もなく、明るくもなく、ずっと日陰で生きていくのだろうと自分でぼんやり思っていた。

 だから未来が見えるようになって、初めてこの世界の主人公になれた気がしたのだ。自分が何者かになれるかもしれない予感が、小野田を支えていた。


 次の日の朝、教室に入るとクラスメイト数人に囲まれた。


「お前さぁ、莉子ちゃんに告白したんだって?」


「……」


 小野田は動じなかった。教室に入る前、この未来が見えていたからだった。彼らを睨み返した。


「そそそそ、それがなんだって言うんだよ?」


 小野田が見た未来では、言い返すことはなかった。ただ俯いていただけだった。

 入る前に何度も頭の中でシミュレーションしたのだ。言い返す言葉を。


 つまり今この瞬間、未来を変えたことになる。心臓が破裂しそうなくらい鳴っていたが、気分は爽快だった。


「はあ? なにその態度」


 リーダー格の男が小野田に近づき、そのまま腹を殴った。


「……ぐっ」


「調子乗んなよ」


 小野田は腹を押さえる。チャイムが鳴った。痛みで動けない小野田を置いて、彼らはそれぞれの席に散っていった。

 小野田は何となくーー無意識に、莉子の席を見た。見てしまった。何かあると彼女を目で追う事が癖になっていたかもしれない。莉子は小野田を見て、うっすらと笑いを浮かべていた。

 彼女が自分に告白された事を話したのだろうか。



 ーーどうやら、変えた後の未来は読めないらしい。映像は三分程度の長さだったが、その中で腹を殴られるなんてことはなかった。 


 小野田は憂鬱な気分で授業を受けていた。朝の出来事もそうだが、莉子に告白したことがクラス中に広まっているらしく、無遠慮な視線に晒されていることもその原因の一つだった。


 一時間目の授業が終わり、小野田は教室を出た。行くあてはないが、教室にいることに耐えられなかった。

 尿意もないのにトイレに行ったりして時間を潰していたが、すれ違う人皆に笑われている気がして落ち着かない。気のせいだと思うが、顔が上げられなくて、確認することもできなかった。


 どこかで一人になりたい。静かな保健室で横になりたい。しかし、今の状況で保健室に行くと、いかにも逃げたという感じで恥ずかしい。早退をするのも同じだ。


 ふと、オカルト研究部が頭に浮かんだ。


 あそこなら、人目がないだろう。逃げるつもりでもう二度と行く気はなかったが、今一人になれるならどこでもいい。

 生まれてはじめて授業をサボる気になった。



 こっそりと部室の鍵を職員室から拝借し、小野田はオカルト研究部に向かった。鍵を開けて中に入る。相変わらず、不気味な部屋だ。

 ふと、壁際の本棚が目に入った。昨日はインパクトの強いオブジェに気を取られて存在に気づいていなかった。

 本棚に並んでいる本は霊に関する本ばかりだった。部長の男は霊に興味があると話してたっけ。

 その他、宇宙人についての本なども数冊置いている。そちら方面にも興味があるのだろう。


「……超能力者の起源」


 小野田は思わず手に取った。未来予知についても何か書いてあるだろうか。


「小野田くん?」


 突然背後から声をかけられ、小野田は飛び上がった。


「ああ、やっぱり小野田くんだ。きてくれたんだね」


 部長ーー亘理亘だった。やはり、ここにくると未来が読めない。彼がくるなんて。


「すみません、俺……勝手に……」


 まだ部外者である自分が、勝手に部室に入り物を漁っているのは不信感を抱かせるだろう。


「まだ仮入部とはいえ、君はここの部員だから。いつでも来ていいよ」


 亘理は微笑んだ。


「あっ……」


 朝からずっと気を張っていたのが、ぷつんと切れた。小野田は突然込み上げてきた涙を堪える。

 ーー情けない。腹を殴られても莉子に笑われても泣く事はなかったのに、逆に優しさに触れて、涙腺が決壊しそうになっている。


「その、手に持っている本……」


 亘理は、小野田の表情の変化には触れず、手に持った本を見て言った。


「超能力に興味があるのかい?」


「俺……」


 小野田は言った。


「俺、超能力者かもしれないんです」

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