海のような女

ktr

海のような女

 開け放った窓から、潮風に乗って子供達が歌う童謡が聞こえてくる。

「お前は、海のような女だな」

 僕は聞こえた歌からの連想で、夏休みを利用して遊びに来ていた従妹へとそんな言葉を投げかけていた。

 行儀悪く部屋の真ん中に寝転がって漫画を読んでいた彼女は、

「え、何々? またお得意の謎かけ?」

 顔の面積の多くを占める大きな丸眼鏡を揺らしながら立ち上がると、窓辺に立つ僕の方へと楽しげに駆け寄ってくる。

 理屈屋が高じて大学で哲学を学ぶ僕とは幼い頃からの付き合いだ。だから、こうした突然の謎かけにも慣れたもので、気軽に乗ってきてくれる。

「海は~……」

 思案しながら、何やら『海はホニャララ~』という歌詞が続く歌を口ずさみはじめる。高校で合唱部に所属する彼女らしい思考方法。関連する言葉を含む曲から、何かヒントを得ようとしているのだろう。

 そして、それは鋭い。

「海は故郷ふるさと……」

 その歌詞に至ったところで、

「あ! 故郷! 海は全ての生命の故郷で『母なる海』とか言われるわね! なるほどなるほど、つまり、あたしも成長して『母のように包容力のある女』になってきたってことね!」

 嬉しそうに腰に手を当てて、ドヤ顔で僕を見上げてくる。

 高校生の割に小柄な従妹がこんな風に振る舞うと、背伸びをした小学生のようだ。勢いよく見上げたものだから、大きな眼鏡が額にずり上がって慌てて直す仕草もまた微笑ましい。

 だけど違う。そうじゃないんだ。

「残念。『母なる海』は正解だけどちょっと違うよ。ヒントはさっき聞こえてた歌」

「さっきの歌って『海は広いな大きいな』ってあの童謡よね?」

「そう。あの歌には、何かが欠けてると思わないかい?」

「欠けてる……」

 人差し指を唇の前に添え、ハミングで童謡のメロディを口ずさみながら首を傾げる従妹。

「そう、海が『広くて大きい』ってだけじゃ、余りにも表面的じゃないかい?」

「表面的……あ! もしかして海には『深さ』があるってこと?」

「ご名答だ。まぁ、子供達が歌うような曲に空間的な把握をどうこう言うのもナンセンスだろうし、元々地球的規模で考えれば表面で間違いじゃぁない、とは思うけどね。だけど、僕は常々、あの歌は海を平面的に捉えているなって感じてたんだ」

「で、それがどう繋がるの?」

「そこで『母なる海』だよ。母性の象徴となる体の部位ってどこだ?」

「そりゃぁ胸……って……」

 急に言葉に詰まると、起伏の無い自身の体を見下ろすように俯いて、ぷるぷると震え出す。

「そう! 海は『平面的』で『母性=胸』に繋がる! つまり海は『貧乳』のメタファだったんだ!」

「悪かったわね、『貧乳海のような女』で!」

 窓からの潮風に吹かれながら、僕はグーで殴られて鼻血を吹いた。

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