レイニーデイ

怪獣とびすけ

レイニーデイ

 レイニーは正真正銘の雨女だ。

 雨を自在に降らせる事ができる。

 人間の姿をしているけれど、本当は人間なんかじゃない、そんな少女。

 彼女の噂を初めて耳にした時、僕は心が昂ぶって、じっとしていられなかった。

『レイニーに会いたい。天候を操るなんて、まるで魔法使いみたいだ』

 そう思った。

 だから僕はすぐさま母にレイニーの居場所を訊いてみた。

 返答は、

「その話は絶対にしちゃ駄目」

 初めて見る鬼神の如き母の形相に、僕は黙り込むしかなかった。




 それから五年が経った。

 レイニーについて町の人間に訊いてみると、彼らは決まってこう言う。

「あれに近付く物好きなんて、この町にはいないよ」

 レイニーは町の嫌われ者だった。

 僕もこの五年で彼女の悪名は聞いている。

 ――彼女が三人家族であること。

――彼女の父は晴男であること。

 ――彼女の母は雪女であること。

 ――三人は勝手気ままに町の天候を変えてしまうこと。

 ――町の人間が文句を言っても彼らは止めようとしないこと。

 最近では、一週間も雨の日が続いた事もあった。

 僕もあの頃の憧れはとうに失っていて、ただただ彼女らの行為に呆れ返るばかりだった。

 そんなある時、ふと僕は思った。

『僕がレイニーに直接文句を言ってやろう』

 その思いつきは単なる気紛れだったが、やめる理由もなかった。

 仲間の制止も振り切り、僕はレイニーの元へと向かった。




 レイニー一家は町の外れ、森の中の一軒家に暮らしている。

 僕が一歩その森へ足を踏み入れると、ぽつぽつと顔に水滴が当たった。

 ――――雨だ。

 気付いた時にはもうどしゃ降り。

 僕は慌てて雨宿りできる場所を求め森の中を走り廻った。

 ……やがて、雨で服が使い物にならなくなった頃、僕は彼女に遭遇した。


 レイニーは、上空を見上げて立ちすくんでいた。


 腰まで伸びる長髪を垂らし、黒いワンピースに身を包んでいる。

 年齢はわからないが、少なくともまだ成人はしていない。

 雨粒が顔に当たるのをもろともしない彼女の姿は神秘的に見えた。

「レイニー?」

 僕が声をかけると、ようやく彼女は僕に気が付いたようで、首をこちらへ向けた。

「…………?」

 首を傾げる彼女へ僕は言葉を投げかける。

「僕は町の人間だよ。今日は君たちに話があってここへ来た。君たちに天候を滅茶苦茶にされるのは、もううんざりなんだ。……と、ご両親は家の中かな?」

 彼女は首を横に振る。

「いないの? だったらどこに」

 再度、彼女は首を横に振る。

「どういう事?」


「……お父さんとお母さんは一ヶ月前に病気で死んだ」


 僕はそれを聞いても何の感情も芽生えなかった。

 嫌われ者が二人死んだだけだ。悲しみも憐れみも覚えやしないさ。

 けれど、

「だから、雨なの」

 そう答えた彼女の表情には、

「雨が降れば、泣いてるのも誤魔化せるから」

 僕は心を動かさずにはいられなかった。





 一言「帰るよ」と呟いて僕はレイニーに背を向け、家に着くとそのまま眠りについた。

 ――――翌日、外へ出ると天気は雨。

 忘れていた感情が蘇った。

 子供の頃から僕は雨が好きだった。長靴を履き水たまりの上で飛び跳ね、レインコートを着て空を見上げ踊り廻った。

 だから僕はレイニーに想いを寄せたんだ。

 魔法使いみたいだからじゃない。

 僕の好きな雨を降らせてくれるから、だからレイニーに憧れた。




 僕は森の中を駆ける。

 レイニーは昨日と変わらず、雨の中に立ち尽くしていた。

「……なんでここへ来るの。私に会いに来る人なんてこれまではいなかった。みんな私を避けて近寄ろうともしなかった」

「だから、町の人達への復讐のために家族で天気を無茶苦茶に?」

「違う。私は雨が好き。お父さんは太陽が好き。お母さんは雪が好き。だから私たちは……なのに……」

 ぽつぽつとレイニーが言葉を紡ぐ度に、雨は強くなった。

 僕はもうその姿を見ていられなかった。

「……レイニー。僕も雨が好きだ。最近は忘れかけてたけど、子供の頃からずっと僕は君の降らせる雨が好きだった」

 でも、


「でも、涙を隠すためだっていうんなら、そんな理由の雨、僕は大嫌いだ」


 彼女は顔をぐにゃりと歪ませた。

 どんな雷雨だろうと誤魔化しようがない。

 レイニーは泣いていた。

「そんな雨、降らせないでよ。両親が死んで悲しくわけないじゃんか。一人が辛くないわけないじゃんか。誤魔化す必要なんてない。思い切り泣けば良いじゃんかよ」

 レイニーが地面に膝を付く。

「それでも、それでも雨が降らしたくなったんなら、森を出よう、僕と友達になろうレイニー。君をいじめる奴らがいるんなら、僕が守るから」

 泣き声が森の中に響いた。

 気付けば、上空では雲の合間から太陽が覗いていた。




 翌日の天気も雨。

 僕はすぐさま森へ行き、レイニーを問いただす。

「まだわからないのかレイニー。僕は」

「違う」

「え?」

 レイニーは笑顔で答えた。


「……これは、嬉し涙」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レイニーデイ 怪獣とびすけ @tonizaburou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ