最終話 Epilogue: Arms Creator

 


 キィィィィンと甲高い音がした。


 歩は一旦持っている、刀を捨てるとそのまま最後の仕上げにかかる。



「……境界聖域グラニーツィアサンクチュアリ



 そして彼の両手から無限とも思える大量のワイヤーが展開される。それは幾重にも重なり合い、この空間にワイヤーによって構築された領域が誕生する。



 それに相対するのは、昨年度の三校祭ティルナノーグ覇者、清涼院せいりょういんまこと。彼は準決勝で有栖川華澄を下して、こうして決勝で歩と戦っている。



「……絶・亜空斬」



 誠は最後の力を振り絞り、自身の持ちうる最後の切り札を呼び起こす。空間すら切り裂くその剣戟は、まとも受ければ絶命は必至。



 だが、歩はそれを見て微かに微笑んだ。



「はああああああああああああああああああッ!!!!」



 駆ける。駆ける。駆ける。



 誠は全身全霊を持って、地面を蹴り、歩へ向かっていく。ワイヤーで構築された空間など御構い無しに進んでいく。



「もらったッ!!!!!!」



 誠のイメージには彼を切り裂いた感覚があった。その場で崩れ落ちていく歩の姿が見えていた。これを出すと心に決めた時、すでに勝利を確信していたのだ。



 一方の歩はその自信を、慢心を、打ち砕く。彼が切り裂いたのは、歩がワイヤーで構築した影武者だった。といっても高速で移動するそれは、普通ならば人と見誤ってしまう。土壇場で、この満身創痍な終盤だからこそ、彼は見誤ってしまった。



 そして、天から降って来る歩はその勢いのままかかとを彼の脳天に振り下ろす。



「ぐッ!!? が……うぅ……あぁああああ……」



 気力だけは負けていない。しかし、誠の体はここまでの死闘でもう限界だった。そして誠は自分の意識をそこで手放した。



 こうして、今年度の三校祭ティルナノーグの覇者が決定した。



「試合終了!!!!! 今年度の覇者は、なんと、なんとなんとおおお!!!!!! 七条歩選手ですッ!!! 一年生での優勝は史上初!!! 圧倒的な強さを前に、昨年度の覇者である清涼院選手を下しましたッ!! 盛大な、彼に盛大な拍手をッ!!!!」



 肩で呼吸しながら、彼は右手を掲げる。



「……詩織さん、まずは学生覇者になりましたよ……」



 溢れんばかりの声援を受ける中、彼はそう……呟いた。



 § § §



 あれから数ヶ月が経過した。


 詩織のクオリアに死をもたらし、彼女の世界が完全に崩壊する前に歩は生きて現実に戻って来た。



「……」

「あ、歩……」



 じっと彼女の遺体を見つめていると、そこにやって来たのは紗季だった。



「紗季……どうして……」

「クオリアの対策はしていたからね……他の人よりも早く意識が戻ったみたいだ……」

「そうか……紗季、終わったよ」

「全部終わったのかい?」

「うん……全てに死をもたらしたよ。みんな、みんな死んだ。いなくなったよ」

「そうか……終わったんだ。でも君が生きていて……本当に良かった。目覚めた瞬間、僕は……君が死んでいるかと……」

「……死ぬつもりだったよ。でも詩織さんが俺に生をくれた……」

「……もう死ぬなんて言わないだろ?」

「……そうだね。とりあえずは、世界覇者になろうかな」

「うん、頑張るといい。歩ならきっと、きっとなれるよ……」



 ギュッと歩を抱きしめて、紗季は溢れんばかりの涙を流す。



 あれから、歩と楓の試合は誰が操作したのか、意識の操作が行われていた。歩の勝利を覚えていて、楓の敗北を皆が覚えていた。映像にも残っていた。でもそれは本物ではない。D-7だろうか、それとも詩織だろうか、誰がそうしたのかはもう分からない。



 そして、歩は代表となり、三校祭ティルナノーグに挑んだ。もうそこには詩織のためにという想いはなかった。ただ単純に勝ち上がりたいと想っていた。



 目指すのは彼女の辿った道。そして追い越していくのだ、彼女の背中を。



 だが、今までのようにはいかない。彼はクオリアを失ってはいないものの、クオリアの能力自体はもう使えなくなっていた。あの頃の実力はもう二度と戻ってこない。だというのに、彼はあの時の、クオリアネットワークが解放した時の記憶を辿ってその力を体に定着させようと試みた。



 それが功を奏したのか、それほど能力を落とすことなく三校祭ティルナノーグへ挑めた。しかし、どの試合も死闘であり、決勝へ行っても彼は自分の実力に自信を持てなかった。


 あの頃の彼女に比べれば、世界覇者の実力に比べればまだまだ足りない。



 歩は三校祭ティルナノーグを制した今でも、その考えは変わらない。



 でもきっとたどり着ける。そう願って、彼はその足を進めて行った。



 そして彼が三校祭ティルナノーグで初優勝してから……三年が経過した。



 § § §



「お兄ちゃん起きてよ!!!」

「歩、起きなさい!! 紗季も何かいいなさいよッ!!」

「うーん、椿ちゃんも華澄もうるさいなぁ……」



 ホテルの一室。そこには、歩、椿、華澄、紗季の四人がいた。あれから数年、なぜか歩はよく分からないまま椿、華澄、紗季と交際を進めることになった。



 ちなみに、翔は葵と、彩花は雪時と付き合っている。



 今でも覚えているのだが、三人の誰かを選べと迫られた時に紗季がこう言ったのである。



「なら、全員で付き合えばいいじゃないか。知っているかい? ポリアモリーといってね……」

「で、生物学的に見ても一夫一婦制は不完全。今や世界では結婚制度をなくして、パートナー制度を導入しているところもある。どうだい? 悪くない話だろう?」


「え……まぁ、そうだね」



 そうやって理論武装された紗季に諭され、気がついたら三人と交際していたとい情けない結果になった。と云ってもやることはやっており、実は三人とはすでに肉体関係にあるのだが、それは彼の史上最大の苦い経験であり、戦う以上に恋愛というのは大変なのだと彼は痛感した。



「はぁ……うるさいなぁ。まだ時間じゃないだろ?」

「もう二時間も前だよ、お兄ちゃん!」

「歩、しっかりしなさいよね! 私の仇を取るんじゃなかったの!?」



 三年が経過した今、歩は世界大会の決勝へと駒を進めていた。


 史上初の三校祭ティルナノーグ三連覇。それはもはや伝説になっており、その次の年には日本代表入りし、今こうして決勝までたどり着いたのだ。



 もう一ノ瀬詩織の再来とは言われていない。彼は、一ノ瀬詩織を超える次世代のクリエイターと謳われている。



(……詩織さん、ここまで来たよ。ここを制すれば、あなたと同じ……いや、あなたを超えられる。もうあなたの影を追うことはない)




 ずっと、詩織を殺してから、歩はずっと詩織の背中を追いかけて来た。見えるはずのない遠い場所へと進んでいった。どこまでいっても、彼女には届きようがない。そう思った日々もあった。諦めようと思った日もあった。でも、その度に彼女のことを思い出し、仲間に励まされ、まっすぐ進んで来た。



 その集大成が今なのだ。



 今、ここで超える。そうして、新たな世界へと進んでいく。



 彼はまだ詩織と本当の意味で別れを終えてはいない。



 彼は彼女との約束を忘れはしない。いや、約束というよりは一方的に伝えただけなのだが、それでも口にしたことは実現する。



 そのための3年間だった。



 戦闘力を上げるためにあらゆることを行い、研究者としての道も歩むために今は大学に進学し、二つの夢を実現するために努力を重ねている。



 思えば、遠いところまで来てしまった。でも、あっという間だった。あっという間の時間だった。刹那的といってもいい。詩織と出会い、彼女を殺し、彼女を超える。まるでたった一ページの出来事。



 そう感じる朝だった。



 朝日は祝福するように、歩を照らしていた。



 今年の世界大会は東京で開かれており、今は会場近くのホテルに泊まっている。歩は無理やり叩き起こされ、不機嫌ながらもいそいそと準備を始めた。



 歩と一緒に泥のように寝ていた紗季も椿と華澄に叩き起こされ、うにゃうにゃ文句を言いながら準備をしている。



 そして、四人でホテルを出るとそこには、雪時、彩花、翔、葵が待っていた。



「よ、準備はいいのか?」

「絶対に勝ちなさいよ!!」

「歩さん、あなたの伝説……この目に焼き付けますよッ!!」

「ははは、翔ってば相変わらずキモいね……歩、信じてるよ」



 それぞれの言葉を受け取って、彼は会場入りを果たす。




「……」



 シンと静まり返ったこの待機室で彼はあの時のように瞑想をしていた。



 無。どこまでいっても無。


 彼はすでに悟りを開いているのではないかという領域にまで達していた。



 だが、そんな彼に雑念だろうか。何か聞こえる気がした。



「……歩くん、ここまで来たんだね」

「詩織さん……」

「世界覇者まで……あと一歩だね」

「えぇ。もう少しです……本当にあと少し……」

「また背、伸びたね」

「まさか自分でもここまで伸びるとは。でも体だけじゃありません。心も成長しています。世界覇者になりうるマインドも持っていますよ。あなたの教えは永遠に、いや死ぬまで俺の心に刻まれています」

「うん……良かった。それじゃ、頑張ってね……」

「はい……」




 目を開けると、涙が流れていた。最期に涙したのは、詩織に死を捧げた時だろうか。そもそも今のはなんだ。幻聴か、幻覚か。クオリアネットワークも、クオリアも満足に使えない彼には全く見当がつかなかった。



 でも、幻覚だろうが、幻聴だろうが、なんでも良かった。彼女の教えはまだまだ生きている。詩織は自分が死ぬまで、自分の心の中で生き続けるのだ。



 彼が詩織の声を聞くのは、これが生涯の中で最後のことだが、そんなことは些事である。



 多くの戦いを乗り越え、多くの死を乗り越え、この場所へとやって来た。



 自分に負ける日もあった。他人に負ける日もあった。


 全てを投げ出したい日も、全てを欲しいと願った日もあった。



 そんな毎日を重ねて、1日1日を大切に思いながら、彼はこの日を迎えた。



 迷いはない。うれいはない。後悔はない。


 進むだけだ。いつものように、自分を信じて、自分の可能性を信じて、突き進むのみ。



 それこそが、七条歩にできる最大のことだった。



 彼はもう、一人ではない。数多くの仲間と、たった一人の師匠に支えられているのだから。



「さぁ……行こうか」



 これは至る物語。彼がこの世界で唯一のArms Creatorに至るまでの物語である。



 彼はそうして、ゆっくりと歩きながら眩い光に包まれていった。


















 § § §


 Arms Creator 完結。


 無事に完結いたしました。ここまでのご愛読本当に、本当にありがとうございました。長いあとがきはまた近況ノートで別に書くとして、ここでは謝辞を。この物語をここまで続けられたのは、読者の方々が読んでくれたからです。そうしなければここまでたどり着くことは出来なかったと断言できます。処女作で至らぬ点も多かったと思いますが、多くの人に読んでもらえて感謝しかありません。今後も執筆活動は続けていくので、どうか他の作品も宜しくお願いします。では、詳しいことは近況ノートに書くので、そちらで。


 今後はこの二つを主に更新していくので、この作品たちもよろしくお願いします。


 黄昏のフリージア

 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054882426358

 史上最高の天才錬金術師はそろそろ引退したい

 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054888520257


 

 完結まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


 

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Arms Creator-アームズ・クリエイター 御子柴奈々 @mikosibanana210

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