ゴールデンクロス
あれ東
第1話 燃える金
夏になると祖母を思い出す。文化住宅の二階から見える打ち上げ花火をぼんやりと見つめながら「ほれ、見いや宗介、金が燃えとる」と静かに言った。その頬は幼女のようにつやつやと輝き、打ち上がる花火の赤とか黄に染まり、言い終わった後の半開きの口元は薄く開いたまま呆けているようだった。
ベッドの横においた机の上には崩したタバコの葉と巻紙があり、小さな袋に入ったくすんだ緑色のバッズが夕日に照らされて俺の目は染みる。昼に巻いたジョイントを咥えて火をつける。深く吸い込んでから息を止めて、俺はまた祖母のことを考える。
あの時の祖母は、4人の子供を捨てて他の女の元へと去っていった祖父の葬式があった後で、なにかを喪って取り戻せない喪失感があったのだと思う。山奥の村で土地を持っていた祖父に戦時下に嫁ぎ、子を四人産んだ挙げ句に捨られた女の感情など俺には理解できない。
肺の中で限界まで止めた息を、大きく上に細く吐き出し、ゆっくりと枕に頭を下ろす。何度も繰り返してきたこの瞬間が俺は好きだ。脳の奥からじわりと染み出す鈍い快感に身を委ねながら、頭のなかで次の収穫時期について考える。
マリファナを育てるのは難しくない。ただ収穫時期は何度やってもいまだに満足いく収穫が得られていない。早過ぎると一株当たりの収穫量は100gを切ってしまうし、遅すぎるとTHC濃度が薄まるようで味が落ちる。桜川の農場で育てているマリファナはまだ収穫には早い段階だが、西野から毎日のように電話があり早く持って来いと督促されている。乾燥させる時間を考えると今週中に収穫しなければ間に合わない。やはり自分が一度農場に行かないとどうしようもないか。右手のジョイントはすでに親指と人差指で摘まなければ持てないほど燃え尽きている。これも金を燃やしているんだと思うと俺はより深く落ちる。このまどろみから戻ればマミに連絡をしようと考えながら俺は眠った。
目が覚めるといつ買ったか思い出せないペットボトルの水を飲み、マミに電話をかけた。
「そうちゃん、こんな朝から珍しいなあ」
「どうだ、桜川の野菜は?順調か?」
「そんなこと私にわかるわけないでしょ。とりあえず枯れてはないわ」
「ま、そうだろうな。今夜あたりご飯行かんか?」
「いいよ、仕事終わったら連絡するね。たぶん八時すぎ」
マミはWebデザイナーをしていて、俺の農場の管理人さんをバイトでしている。一日に一度、農場に顔を出して水耕栽培に問題がないかを確認してもらってる。月に20万を渡していて、見に行くついでに葉っぱをいっぱい叩いとけよ、と言うと冗談だと思ったのかケタケタと笑っていた。
大国町から地下鉄で難波に出て、川沿いを歩く。昔に比べて小奇麗になった道頓堀川だが、桜川の方はまだ昔の情緒を残していた。千日前筋を渡り雑居ビルの裏側にある日当たりの悪いマンションの五階の一室が俺の農場だった。
鍵を開けて中に入ると、むわっとした湿気がまとわりつく。同時に青臭い大麻の匂いが鼻腔をくすぐるのだった。腰より上の高さに育った植物に至近距離からLEDライトが当たっている。床には排水用のチューブが巡らされ、風呂場の排水溝へと続いていた。
適当な葉っぱにルーペを近づける。前に来た時は透明だった葉に着いた粉は乳白色からやや黄身がかった色になりつつある。本当は琥珀色になるまで待ちたかったが、もう西野に渡すしかない。そうと決めると早速、収穫に取り掛かる。花が咲いている株の先端30センチほどを切り取っていく。医療用のゴム手袋をはめ、出来るだけ花に触れないよう慎重に収穫した。
収穫した花の隙間から生える葉を切り取る。すぐに乾燥工程に進まないと味が落ちるのだ。パチパチと切り取り続け出来たものから、密閉型のテントに干していく。温度管理と消臭用の空気清浄機がちゃんと動いているか確認する。昼飯も食べずに一気に進めたから、すでに四時近くになっている。
スマホを確認すると案の定、西野からLINEが入っている。
『いつ持ってこれる?』
短いが西野の顔が頭に浮かぶと恐怖を感じる一文だった。
『いま回収してました。乾いたら持っていきますので3日ほどいただけますか』
と送った瞬間に返事が来る。
『了解』
これであと3日は西野に怯えなくて済むだろう。
腹が減ったので外に出てすき家に入る。牛丼と生卵を注文しかき込むように食べ、歩いてアメ村に移動するとレコード屋を巡り歩いて時間を潰す。マミから電話が来るまでの時間つぶしだった。数軒のレコードショップをゆっくり回ってもまだ六時で、仕方なく漫画喫茶に入ると烏龍茶だけを入れてソファで眠ることにした。
ゴールデンクロス あれ東 @hikarinokuni
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