第2章 人為的事件

第8話 コンビネーション

 1月下旬。


 今にも凍え死にそうな寒気とは逆に、空は夏のような眩しい日差しを照らしつける。あの輝きはきっと、どこかで壁のようなものにぶつかって消滅しているのだろう。


 平日の午前、普通の一般高校生であれば、今頃はだるそうに学校で授業を受けているはずだ。それがどうして、こんな人気のない公園で憎むべき人間と二人きりで過ごしているのだろうか。相手は相手で異性であるから、こちらの素性を全く知らない人間が見たら恋人だと思われかねない。運が良いのかこの公園には全くといっていいほど人が立ち寄らない、近付かない。本当なら一刻も早くこの場を逃げ出し、家に帰ってずる休みした余暇を楽しみたいところだ。


 「寒い……」


 寒いやら暑いやら眠いやらの言葉は、そこに誰がいようがいまいがついつい呟いてしまうもので、学校や職場なんかではこれをきっかけに話を展開することもあるだろう。


 「うん、寒いわね」


 だけどお前は展開しなくていい。


 「はぁ……」


 思わず溜め息を吐く。それに便乗した雨宮がまたまた要らない話を展開しようとする。


 「はぁ。赤の紋章を持つ者がいれば、すぐにでも温まれそうなんだけどねぇ」

 「……悪い冗談だ」


 自分まで炎に巻き込まれかねない。なにせ相手はショッピングモールを全焼させた犯罪者だ。


 「冗談ではないわ」

 「は?」

 「赤の紋章を持つ者は、いずれ私たちの仲間になる」


 もしかして、雨宮の言う仲間って実は軽いものなのだろうか。嫌いな人と犯罪者を仲間呼ばわりするなど、いよいよコイツの気が知れない。


 「はあぁ……」


 今度は本格的に溜め息を吐いてやった。すごく大げさに。


 「彼は、次の事件に必ず訪れる。そこを捕獲するには、まず力を自在に操れるように練習しないとね」

 「……」


 やはり、このまま話についていけないのはまずい気がする。


 「次の事件……って?」


 負けた気がして仕方がないが、その“次の事件”とやらの詳細を訊ねた。


 「さっき聞いてなかったのね……まぁいいわ。読者様のためにももう一度教えましょう」


 雨宮の言っている意味がわからなかったが、とりあえず内容を聞かせてくれるようだ。


 「紋章離脱式――簡単に言うと、この紋章の力をなくすためのものね。彼はこれを起こしたいのよ」

 「紋章の力をなくす? 何のために? こんなお得な力をなくしたいなんておかしくないか」

 「この紋章は、物理や自然を無視する力や、驚異的な身体能力を得ることができる代わりに、新しい命を生んだり生ませたりすることが出来なくなる。つまりね、永久的に子供をつくれないの」

 「な、え、は……ッ?」


 つつつまりそれは、ピーしてピー出しても子供出来ないってコトですか!? それって人間じゃないよな!?


 「信じがたい話よね。私一人では確認することが出来ないから真偽は定かではないけど」

 「……」

 「確認……」

 「しなくていいです」


 横目で俺を見る雨宮に対して俺は即答した。チッ、となぜか雨宮は舌打ちしたが、聞かなかったことにしよう。雨宮とこの話の真偽を確認することだけは、絶対に避けたい。


 「……それで、この紋章離脱式を発動させるには、全7人の紋章を持つ者を集めて、それぞれが指定の位置――ヘプタゴンの頂点に立って同時に詠唱をしなければいけないみたいよ」


 ヘプタゴンって……あまり耳にしない言葉だけど、文脈から読み取るに七角形って意味だろうか。


 「で、赤の紋章を持つ者は他の紋章を持つ者を捜してるって言いたいのか?」

 「そう。恐らく彼は、最初はともかく順々にヘプタゴンの頂点の場所を“確保”して、その意味に気付いた他の紋章を持つ者を寄せ付けようとしているみたいね」

 「えーと……それって……」

 「確保するための犠牲は厭わないということね」

 「……」


 雨宮がさらっと残酷なことを言い放った。コイツには感情という機能が備わってないんじゃないのか?


 「それで多分だけど、時計回りに頂点を確保するはずだから、次に起きるとしたら来週の火曜日の昨日と同じ時刻に、笹倉マンションなのよね」

 「それはどういう根拠で?」

 「オカルトチックな話になるけど、この紋章離脱式のためのヘプタゴンの頂点には、それぞれ曜日の意味を持つわ。昨日は月曜日だったから、位置的にはヘプタゴンの右上頂点ね……。そこから時計回りに約51.4度傾いた場所が笹倉マンション、というわけよ」

 「ふーん……」


 正直、頭で理解するのに精一杯だった。説明をいっぺんにされるとなかなか覚えられない。まるで、修学旅行で目的地に着いて引率の教師が長々と説明をしているときのような感覚。そして言われたことを順に理解していくと、ふと疑問が浮かんだ。


 「時計回りっていっても、必ずしもそのマンション側に時計回りとは限らないんじゃないか?」

 「あのねぇ……地図を見るとき、南を上に向けたりしないでしょう?大体、そんなひねくれたことされたらこちらも向かうに向かえないわよ」

 「そーっでっすね」


 なんだか小馬鹿にされた気分で適当に返事せざるをえなかった。


 「要は、来週の火曜日の午後七時半に笹倉マンションに向かえばいいんだろ」

 「ええ。でも、今のままでは駄目ね」

 「?」

 「この力を自分の思う通りに操れるようにならないと」

 「確かに……」


 確かに、俺はまだこの力の使い方すら知らない。“あの時”は火事場の馬鹿力というヤツでたまたま炎を抑えることが出来たけど、二度もそう上手くいくとは思えない。まずはこの力を思い通りに操れるようにならなきゃな。そういえば――


 「そういえば、お前はあの時紋章の力で俺を気絶させたんだよな?ってことはお前は操れるんじゃないのか?」

 「いえ、私が今操れるのは“あの程度”の力だけ。もっとも、大きな雷を試す場所を確保することができなかったんだけどね」

 「なるほどね。それで公園に来たわけだ」

 「ええ」


 つまり、俺はまだ大きすぎる力しか使ったことがなくて、逆に雨宮は小さい力しか使ったことがないわけだ。


 「んで、故意に力を使うにはどうすればいい?」

 「イメージするのよ。例えば東雲だったら水の力だから、この砂場に水たまりができる過程と結果を想像するとか」

 「よし、やってみよう」


 公園のすべり台を滑った先にある砂場に、だんだんと水たまりが広がっていく姿を想像した。


 「……」

 「何も起きないわね」

 「もう一回……!」


 また同じように想像したが、やはり何も起きなかった。


 「なんでだよ……」

 「もしかして、心の中で『どうせ無理だろ』とか『起きるわけない』とか考えてない?」

 「う」


 確かに、少々そう思っていたところがあったかもしれない。


 「一度無心になって、ただ想像して、それを実際に起こすと“願って”みて」

 「すぅ……」


 目をつむって深呼吸をし、言われた通りに一度無心になり、さっきと同様に水たまりが広がっていく姿を想像した。そして願った。今度こそ……!

願掛けをした直後に目を開いた。どうだ。


 「あ……」


 俺の視線の先には、見事に水たまりが出来ていた。想像した通りの大きさの水たまりであった。


 「おっしゃああ!!」


 成功の喜びの気持ちに満たされ、そこに雨宮がいることも忘れて大声を上げた。


 「くすくす。大げさすぎ」


 と雨宮は笑う。あとになって恥ずかしくなった。


 これが、紋章の力っていうやつなのか……と改めて実感させられた。無から水を作り出すこの力は、俺の願いを叶えてくれるのだろうか。――願い?

 そもそも俺の願いって、なんだったっけ……。雨宮はこの紋章のことを説明するとき、「願い」なんてワードは出さなかったはずだ。それがどうして、俺の願いと紋章の力を関連付けたがったりするのだろうか。しかし無意識に、この紋章の力は俺の願いを叶えてくれるだろうと確信していた。そうやって色々と考えている内に、雨宮が話しかける。


 「水と雷――いいコンビネーションになりそうね」

 「え?」


 雨宮の言いたいことは分かる。水と雷がコラボレーションすれば、確実に「感電」させられる。でもそれは、感電以外の用途などなく、少し間違えれば感電「死」を引き起こすことだってある。それを雨宮は「いいコンビネーション」と呼んだ。それはつまり、殺人予告を示唆するものであって、決して「そうだな」とは頷くことが出来なかった。


 やっぱり雨宮は異常だ――――――


 昨晩両親が殺されたばかりだというのに、人を殺すことを考えているなど普通じゃない。こいつの思考回路はどうなっている?


 俺には計り知れない。


 「美しき、死を捧ごう――」


 そう呟いて空を見上げる雨宮は、俺が知るあの頃の雨宮ではなかった。教えてくれ雨宮。お前はどうしてそんな異常者になったんだ。お前はどうして俺を裏切ったんだ。お前は今までの間、何を感じて生きてきたんだ――――

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CREST~7つの紋章編~ 館山理生 @Rio_Tateyama

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