クレームの多い料理店

水乃 素直

クレームの多い料理店



「ねぇねぇ、あのね、ねぇねぇ」

「僕の顔になんかついてるかい?」

「いや、そんなことはない。こんなのどかな日には呑気に散歩にでも行きたいものだが」

「ねぇ、たいそう困ってしまったよ」

「草原しかないねぇ、私はねぇ・・・」

「なんだい?いったい?とにかく僕はお腹がへってしまって仕方がないんだ。」

「これからどうしようか、困ってしまったよ。あぁ、周りに食べれそうなものが全くないよ」

「君のことはいいんだ、いま僕はお腹がぺこぺこで……」

「それは私も同じだよ。君に限ったことじゃない。頼むから話を聞いておくれ」

「いや、すまない。それで、なんの話だったか?」

「私たちのこのくっつきそうな胃袋をどうしようかという話さ」

「そうだね、確かにそうだ」

 とてもちぐはぐな会話をしていたふたりは周りを見渡しました。ただ草原が広がっているだけです。ふたりはお腹が空いていたのでした。

 近くに肉のついた大きな動物もおらず、近くに魚の住む川も見当たりません。ここには今のふたりが食べられそうなものはありません。

「あぁ、いっそ早く帰りたいものだが・・・・・・」「なにを言ってるんだ。それまで僕はもたないんだ」「家に戻れば済む話じゃないか」「なに、そもそも途中でどこか寄ろうと言ったのは君が先じゃあないか」「なんだ、ただ言ってみただけだよ」

と二人は今にも喧嘩を始めそうな雰囲気でした。

 ふと後ろを振り返るとそこに一軒のお店が建っていました。

「こんなところにお店があったんだね」

「お店があったんだね。しかもレストランだ。洒落しゃれてるにちがいない。よし入ろう、僕は美味しい魚が食べたい」

 と二人はレストランの看板を見ずに中に入りました。



      ******



 二人がレストランに入ると一人の男が中から出てきました。

「ようこそ、わがレストランへ。私がシェフであり、オーナーでもあります。よろしくどうぞ」

 と帽子を取り、挨拶しました。

「へぇ、ここがあなたのレストランですか」「こんなところにあるなんて知らなかったよ」「良い香りのするレストランですね」「そうだね」「しかし、シェフ。貴方の服装がなってませんね」「なってないね」「あと、お手拭きも出してこない、なかなか失礼なお店じゃあないか」

 と、ふたりが言っても、男はただ黙っていました。

「ところで、シェフ。メニュー表は出てこないのかね?」

「確かに、僕らに何も食べさせないつもりかい?」

 と、ぼやくふたりにすかさず

「しばしお待ちを。厨房を見てまいります」

 と、男は丁寧に答えました。

「そうなのか、なんだかおかしいね」

「でも持ってくるのは当たり前だね、そうこなくっちゃいけないよ」

「そうだ、僕たちは客だ。ありがたい客なんだから」


 ふたりがそう言っている間に目の前にメニューが出てきました。一枚の木の板に子供が落書きしたようなメニュー表でした。先ほど作られたばかりにも見えました。しかし、ふたりは、

「失礼。私たちは魚しか食べないのだよ、シェフ。」

「僕たちはいつも魚しか食べないんだ。まぁ、それぐらい察して欲しかったけどね」

 また男は丁寧に頭を下げ、

「それでは、魚を用意いたします」

 と、言って奥へ引っ込みました。


「やれやれ」

「まったくだね」

 シェフが居なくなったあと、ふたりはにやにや笑いを浮かべていました。先程まで喧嘩していたのにそれが嘘のようです。ふたりの意見はまるっきり一致していました。


「「なってない」」


 ふたりは大声で笑いました。

 そしてふたりは次々に店が汚いだとかシェフがまるで上手そうに見えないだとかこんな処で食事が楽しめないだとか客が全くいないのはきっと不味くてシェフの対応が悪いからだとか悪口を言い合って笑いました。先程の喧嘩が嘘のようです。


 そして、しばらくしてシェフがやってきました。2つのお皿にそれぞれ料理を載せて運んできました。

「お待たせいたしました、メインのサカナでございます」

 テーブルの上に、白い皿に載せられた魚は首のところが折れていて、とても食べにくそうでした。

「これは魚だね」

「なかなかの魚だよ」

「しかし、こんな形にするなんて、きっとシェフは下手くそに違いない」

「でも、問題は味だね」

「しかしね、私のお好みよりも質が悪い気がするよ」

「そうかな」

「いや、きっとそうだ、そうに違いない」

 そして、ふたりは食べ始めました。

「うーん。私には不釣り合いだ」

「これはまぁ、美味しいんじゃないかな?」

「そんなことないよ、これは果てしなくまずい」

「そうかい?」

「この魚には深みがない」

「確かに」

「こんなロクでもないものを食わせるなんてどうかしている」

「うん。そうだ。その通りだよ。ロクでもない料理だよ」

「そして、極め付けはこれだね。ミルク。なにもってミルクと言えるのかを分かってない」

「すごくこなっぽいね。僕はあまり好きではないかな」

「とてつもなく、苦いよ。なんてまずいスープだ」



       ******



 そうして、ふたりは食べ終わりました。

「まぁ、こんなものにお金なんてものは払いたくないがね」

「しかし、一応きくべきだよ」

「そうだね、仕方がない。シェフ。お代金のほうは?」

 シェフが出てきて、言いました。

「代金は要りませんよ」

「なるほど」「当たり前だよ」

「そのかわり……」

「ん?」「なんだい?」

「あなた方、残してしまいましたね?」

「はい?」「どういうことかな?」

 ふたりは首をかしげました。そんなふたりの手元には一口だけ食べられたメインとほぼ残されたスープが残されていました。スープ皿の周りには牛乳が飛び散っていました。

「われわれどものルールでございます。無償で出された食事、与えられたといってもいいでしょう。あなたがた消費者は残さず最大限その価値を利用せねばなりません。つまり、残さず食べることすらできないようではわれわれのレストランのお客様としてすら、なってないのです」

 今まで冷静だったシェフにだんだんと怒りを感じ取ったふたりは慌てて

「い、いやだなぁ。シェフ」「はは、冗談だよ。怒ってくれるな」

 しかし、ふたりはシェフの何事にも応じない様子についに顔を合わせがくがくと震えだして、

「わわ、わ、われわれがお金がないと言っているじゃあないか」

「も、ももちろん、料理は最高級のものばかりだったよ、はぁ、食べ足りないなぁ」

 と言って、机の上にこぼされたスープを舐め始めました。

「わたしたちは……ひ、ひぃ!」

 ひとりが続けようとした時、

 そこでシェフが言いました。

「あなたがたにはぜひわれわれのレストランで働いてもらわなくてはなりません」

 怯えきったふたりは首をがくがくとシェフにむけながら、

「な、なにをするつもりですか…?」

 同時に尋ねました。

「われわれのレストランで、しっかり働いていただきたい。じっくりと煮込まれて、程よい肉感になったあとは、とてもとても綺麗に切れる包丁でブロックに切り分けられて、また新しくくるわれわれのレストランにふさわしいお客様に提供する……」

「あっ」「どうした?」「もしかして、僕たちも料理として出された魚のように……」

 ここで片割れが口走り、ふたりは気づぎました。

 シェフと言いたいことが分かったようです。ふたりと一人は同じタイミングで、

「「食材になってしまう!」」「食材にさせていただきます」

「逃げろ!」

 ふたりはすぐさま逃げ始めました。その勢いでスープの皿がひっくり返って今度は床を乳白色に染めました。


 遠くからせせら笑うように

「またのご来店をお待ちしております……」

 と、ふたりを脅しつつもまたどこか愉快そうな声が聞こえてきました。しかし、ふたりはそれを意識することなく、猛然と走っていました。



      ******



 一人の男がさびれた公園にいた。人気ひとけがなく、雑草が適当に伸びていた。

 男の格好はTシャツにジーパン。キャップのついた帽子を被っていた。お世辞にもお洒落とは言えなかった。

 男はちょうど二匹の猫が自分から逃げる場面を見つめていた。

 二匹はともどもでっぷりと太っていて、飼い主の趣味がわかるような変な服を着飾っていた。

 みるからに猫も飼い主も傲慢そうだ。いや実際、猫は傲慢だった。

 二匹は公園から抜けた草むらでもう一度こちらを振り向いて、また慌てながら逃げていった。

 牛乳がこぼれた草むらで、ほぼ残されたご飯の皿を持ちあげながら男は、独り、笑った。

「ずいぶん飼いならされてしまったね・・・」

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