掌編 闘鬼・闘神

ガジュマル

第1話


 闘鬼



 目の前に血だらけの顔をした男が立っていた。

 うん、いい顔だ。

 流れた血の間から刃に似た両目がこちらを睨んでいる。

 右の瞼がはれ上がり、少しばかり切れている。

 ガードの上からもいいパンチが何発か入ったから、何箇所か腫れあがっているな。

 でも分かっている。

 お前はこんなことでは倒れない。

 身長175センチ、体重91キログラム。

 元は総合出身のプロレスラー。

 うん、小さいな。

 ヘビー級をやってるプロレスラーとしては小さい方だ。

 それに軽い。

 そんなお前が、体を作るのにどれだけの時間をかけたのかが俺にはわかる。

 なぜなら、俺より頭一つ分低いお前が俺と互角にやりあっているじゃないか。

 例えばさっきの関節技だ。

 スピードのあるタックルから組み付いて、投げに行くと見せかけ飛びついての腕ひしぎ逆十字固めへの移行。

 すばらしいよ。

 安心して欲しい。

 お前と同じように、俺もこの体を作るのに時間をかけた。

 他のやつらが当然のように味わう日常という『幸福』を退けたんだ。 

 代わりに手にしたのは、闘う体と技の体系。

 ああ、スタンディングに入って、余計なことを考えてしまっているな。

 そろそろいいだろう。

 さあ、比べあう時間だ。

 流した血と汗と痛みの質量を。

 今。




 闘神


 右目、赤く染まってんじゃん。

 あーレフリーストップがなくて助かった。

 コレやるために十年かけてたしなー。

 それにしてもイテェな。分かってんだよ。

 目の前のアンタがコレやってくれったってことは。

 さっきの腕ひしぎ逆十字固めが決まる寸前。

 フツーなら腕をロックしよーとすんじゃん。

 そのまんま体重預けて俺の頭をマットに叩きつけるかよフツー。

 しかも間をおかずに頭狙って踵を落としてきやがるし。

 身長198センチ、体重112キロ。

 元はムエタイ出身の総合格闘家。

 デケーし、ツエーよ。

 マジツエー。

 でも負けたくない。

 負けたくねーな。

 それがアンタに対する礼儀だしね。

 アンタは知らないだろーけど、俺アンタのファンだったんだぜ。

 小学校三年だよ。

 酒乱の親父に連れられてアンタを見たんだ。

 田舎の総合体育館でね。

 スゲー試合だったな。

 もー鳥肌立ちまくり。

 あの試合でアンタは俺の神になったんだ。

 ムエタイって言葉を知らなかったから勉強したんだぜ。

 九九も覚えられねーガキがアンタの技とか研究してサ。

 あー、スタンディングになってごちゃごちゃと考えちまってんな。

 アンタが急に距離を置くからだぜ。

 あぁ、得意のハイキックでも狙ってんのかな。

 さーてと神殺しの時間だ。

 この場所にくるまで十年の時間をかけたんだ。

 神を殺して、俺は新しい神になる。

 今。



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