番外編:満たされる
光の女神イリス。
闇の女神ダリア。
火神ファイアリィ。
その他大勢の神々が物心ついたときから傍にいた。姉や父や母や、村の人々には避けられていたけれど、神々はやさしかった。
俺も彼らの仲間であればよかったのにと思わずに居られなかった。そういうと神々はいつも困ったように皆笑っていたのだが。
けれど、今は人でよかったと思う。
ヴィオラッサに会って、ハジータムナクと知り合って、もっとたくさんの人と会う機会が増えた。怖いと思う人も居るけれど、やさしい人も多いことを知ったんだ。今なら神々のしていた表情の意味がわかる気がする。
「おい」
まどろみの中から目を覚ます。太陽を背にして、ジータが立っていた。どうやら見つかってしまったようだ。怒りの表情は見間違いではないだろう。
「おはよう」
「……貴様、毎回私を撒こうとするのをやめろ。捜すだけ手間だ」
怒鳴られるかと思ったがしかし、彼は怒りを抑えた声を発する。
「ちょっと一人になりたかったんだ。ごめん」
謝ったけれど、ジータはそれに関して返事をしなかった。その代わり別の話題を口にする。
「キルキトが」
「え? キト?」
「……キルキトがお前を捜していた。あいつを待たせるな」
口惜しそうに顔を顰めるのが可笑しくて、俺はちょっと笑った。弟子に甘いところが面白い。
「わかったよ。で、キトは?」
「店にいる」
「行くよ。ジータも行くんでしょ。一緒に行こう」
彼の眉間に皺が深く刻まれる。
「ハジータムナクだ」
何度も訂正される呼び名。もう何回も何十回も言われた。名前を最初覚えられなかったのは本当で、だけど途中から実は覚えている。
何度も、何度も何度も何度も――愛想を尽かさずに訂正してくれる。そこにある感情がすべて好意的ではなくてもいいんだ。俺の話を聞いてくれることが嬉しい。
嫌っているとはいっても、本当にそうなればジータは顔も見ないだろう。それを考えれば全然いいんだ。心から嫌われているのでなければいい。
「……おい」
「へ?」
黙々と歩いていると、不意に呼びかけられる。彼から呼びかけられるのは早々ないことだ。珍しい。
「あまりヴィオラッサに迷惑をかけるなよ」
「あー……わかってるよ」
ヴィーには仕事をたくさん代わってもらっている。それは俺が読み書きも出来ないほど何も知らなかったからだ。でも今は違う。教えてもらったし、自分でも考えて勉強したんだ。甘えるのはとても楽だし、甘えられることは嬉しかった。だから今度は俺に甘えてもらえたらと思う。
「ヴィーにはとても感謝してる」
「当然だ。この町も、お前もあの人に救われたんだ。だから馬鹿者の振りはもうおしまいだ」
ちらと顔を上げれば、じっと見つめられた。
「……気付いてた?」
「全てやれとは言わないが、出来ることから仕事を手伝え。そもそもはお前の仕事だ。私だって少しくらいなら手伝ってやる」
「うん。ありがとう」
返事はない。
顔も逸らされた。
だけど、その些細な一言が、俺の心をあったかくしてくれる。
その後はまた無言で歩いていたけれど、俺は満たされた気持ちでいっぱいになった。
はじまりの魔法使い ケー/恵陽 @ke_yo_
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