第4話

「あー、体いてー」

 明朝僕らは牢獄を出た。固い床で寝たせいであまり気持ちよく寝れなかった。これならまだ草の上で寝てた方が気持ちいいってもんだ。それか女の子の膝枕で寝たらもっと気持ちいいってもんだ。

「明日が入学式なんだよね」

「そーだなー」

 ルフィツェブが興味なさそうに答えた。こいつ、学生としての自覚まったくないよ。僕もだけど。

「まず僕らの寮に行かなきゃね。どこにあるんだろう」

「その前にこの監獄、学校の敷地外にあったんじゃねえか。ったく戻るのめんどくせぇなぁ」

「え、マジで?」

 ルフィツェブに言われて辺りを見回してみると、あら不思議昨日のドでかい校舎は僕らの前方に小さくあり、遠近法的に見れば木の方がでっかい。

 ……こんなとこに牢獄作って、帰りは自分で帰れって。行きは車だったのに。トラックの荷台だったのに。

「まぁー、歩くか。昨日よりは格段に楽だ」

「……こんなときルフィツェブがいてよかったって思うよ」

 まだ出会って一日だけど。

「ルビッシュは大丈夫? 歩ける?」

「あ、はい、大丈夫ですルフィツェブさん。頑張って歩きます」

 ふむ、確かにこの子試験に来るときとか遅れてきたもんな。このちっこい体にはこの距離はいささか辛いだろうね。

「俺たちはルビッシュのペースにあわせて歩こうな。リフス」

「僕ははじめからそのつもりさ」

 別にそんなつもりなかったけど、ちょっと格好つけたかったんだ。そんなお年頃なんだ。

「いえ、そんな。置いていってくださっても結構ですよ」

「一晩一緒に過ごしたんだ。それだけでもう友達だろ? ゆっくり行こうぜ」

「そーそー、僕とルフィツェブは気にしなくていいよ。楽しく話しながら歩こうよ」

 二人でルビッシュに笑顔を向ける。これで好感度アップだっ! なんて思ってたらいきなりルビッシュの瞳から涙が零れ落ちた。

「どうしたルビッシュ?」

 ルフィツェブが心配そうに声を掛けた。

「いえ、違うんです……うれしいんです……」

「嬉しい?」

「はい……人に、ここまで優しくされたのが初めてだから、その優しさが、心にしみるんです」

 ルビッシュはビィビィと泣いた。嬉しくて泣いたのにこんな泣き方をされると罪悪感が沸いてくるのはなぜだろう。下心はないんだけどナ。

「こんなんで泣いてたら、これから毎日泣いちゃうことになるよ」

 僕は苦笑して、ルビッシュの頭に自分の手を載せてナデナデした。彼女の頭はなんだかふわふわしてて、いや髪の毛がふわっふわしてたんだけど、そのせいで頭の中空っぽなんじゃないかと思った。失礼だな、僕。

「やっぱリフスは女にモテるタイプだな」

 ルフィツェブが耳打ちをしてきて、イケメンにそんなこと言わせた僕ってあれスゴイ存在なんじゃねとか思い始めていたがルフィツェブの顔を見たらそんな幻想一発ではじけ飛んだ。嬉しかったけど。

 とりあえず落ち着くまでルビッシュの頭を撫でていた僕であった。横でルフィツェブが茶化すようにこっちを見ながら笑っていたけど、そんな彼も素敵です。

「ありがと、です。リフスさん、ルフィツェブさん」

「ん、もう大丈夫かな?」

「はい、誰かに頭を撫でられたのなんて初めてのような気がします。頭は、叩かれるものでしたから」

 そんなブラックな発言が飛び出してくるとは思わなかったが、それほど彼女の過去は辛いものだったんだろう。

「これからは頭は撫でられるものさ」

「……はい、ありがとうです、リフスさん」

 にこやかにこっちを見て礼を言ってくるルビッシュ。そんな彼女に僕はなんだか落ち着かない。

「あー、そのえっと……」

 なんて、何を言おうとしてるのかわかんなくなっちゃう僕。

「どうしたんですかリフスさん?」

「えっと……そう、そうだ、その呼び方変えてもらえない、かな?」

「呼び方ですか?」

「そ、さんとかつけられるの慣れてないんだ。呼び捨てで呼んでもらったほうが楽って言うか……」

 実際そんな気になっていなかったが、いまさら話を捻じ曲げるわけには行かないので、これで押し通すことに。それに呼び捨てっていいよね?

「あ、わかりました……リフス」

「ん、そのほうがいいかな」

 満足げに僕はうなずいた。

「俺のことも呼び捨てで呼んでよ。さんづけなんて他人行儀見たくてイヤじゃん」

「はい、……ルフィツェブ、でいいですか?」

「うん、おっけー」

 ルフィツェブめ、便乗してきやがって。やーいこのイケメン野郎、お前の将来のお嫁さん妊娠してかわいい女の子産めー。あれそれって結婚するってことじゃん勝ち組じゃん僕駄目じゃん。

 そんな感じでぺちゃくちゃ話しながら歩き続け、僕らは寮の前に来ていた。ちなみにその寮の位置だが、貧民クラスの一年生の寮だけがまたもや学校の敷地から少し離れた場所にあったのでまたかなり歩くことになったのだがまあこの際どうでもいいだろう。

「ちゃんとした家があるっていいよなー」

 ルフィツェブが今日からここで住めることが嬉しいようで、キャッキャした無邪気な笑顔でそう言った。

「結構広いもんだね、何人くらいで住むんだろう?」

「10人前後ってとこだろ、たぶんな。もう入ろうぜ」

 ルフィツェブが待ちきれなくなったのか、勢いよく寮の扉を開けた。もし中に人がいたらどうするんだ。ビクゥッてなるじゃないか。

 案の定中にいた人たちはビクゥッてなったわけで。誰こいつらって言う目で僕らを見てくるわけでその眼差しにビクゥッてなる僕がいた。みんなビクゥッてなってややこしいな。

「どもっ我らが同士。俺はルフィツェブ、これからよろしくっ!」

 すがすがしい笑顔とともに右手を上げて手を振って、中にずかずかと入るルフィツェブ。僕とルビッシュはおどおどして二人でアイコンタクト。『どうしよっか』『どうしようね』なんてやっていた。目で会話が出来ればその心はきっと繋がってるはずさ。なんて思いたい15の昼下がり。

「あなたたちも、貧民クラスなの?」

 一番近くにいた女の子が言った。ふむ、ちょっと表情に色がないが、なかなかの美少女だ。こいつぁ隠れ巨乳だな。

「ああ、ども。隠れきょ……お嬢さん」

「お嬢さんなんてたいそうな身分じゃないわよ。嫌味?」

 じゃあどう呼べって言うんだよ隠れ巨乳め。

「んで、あんたら名前は?」

「あ、僕はリフス」

「わたしはルビッシュです」

「なんであんたら三人はこんな来るのが遅かったの?」

「えーと……牢獄に突っ込まれてたから」

 僕は隠れ巨乳に概ねの出来事を話した。すると、後ろッ側に座っていた男がつぶやくように、

「なんだ、ただの馬鹿かよ」

 なんて言ってきやがった。その子の横にいた女の子の頭を撫でながら。羨ましい。頭を撫でられていた女の子は幸せそうに男にすりすり頬擦りをしている。なんだたの勝ち組じゃん。でもこんなとこにいるんだからどうなんでしょうね。

「んで、君たちのことも知りたいな」

 僕は彼らに言った。ちなみにルフィツェブは家があるというのに嬉しく、あっちらこっちら行って落ち着きがなかった。顔はいいのに頭ん中五歳児みたい。気持ちは分かるけどさ。

「あたしはクート・エマハス。よろしく」

 隠れ巨乳改めクートがぶっきらぼうに挨拶してきた。可愛いのに可愛くない。

「俺はイデル・レドネート。こっちのは妹のイデオットだ」

「あはー、イデオット・レドネートだよぉ、よろしくー」

 うん、イデルはなんか適当な感じでどうでもいいが、妹のイデオットはなんていうか、馬鹿らしい可愛いさがあるな。イイネッ。

「これで全員なんですか?」

 ルビッシュがクートに聞いた。

「いや、もう一人いるよ」

「どんな子? 男? 女?」

 僕にはとっても大事なことだ。今後の生活が左右されるといっても過言ではない。出来れば過言であって欲しいが。

「男よ」

「なんだ……ちぇ」

 男なんて三人もいれば十分なのにナ。いやでもまてよその男の子が可愛かったらそれはそれでありじゃないか? 待て僕の頭、この国では同姓同士の結婚は禁じられている。男と結婚するつもりはないけど。

「うぉっ、なんでお前そんなとこにいるんだぁっ?」

 そこらをウロチョロしていたルフィツェブがいきなり変な声をあげた。やーい変な声って言ってやりたかったが今言ったら周りの奴らにこいつなに言ってんの? な目で見られてしまうから今は言わなかった。

 まあそんなことはどうでもいい。ルフィツェブは押入れを開けている。その中には布団と共にちっちゃな男の子がいた。顔立ちがなんとも可愛らしいなハァハァ。再度言うが落ち着け僕の頭。あれは男だ。

「どこ行ったかと思ったら、またあんたそんなとこにいたの」

「お前も飽きないな。めんどくせぇ」

「おしいれのなかきもちいいのぉ?」

 先住民のお三方は見慣れた雰囲気のようにそれぞれコメントをしていた。コメント先は主に押入れの中にいるびくびくしたショタボーイ。

「……えーと、君は?」

 押入れの中に人間がいるなんて思っておらず、ルフィツェブがキョトンとした瞳で自然と出てきた言葉を言った。

「…………」

 返事がない、むしろガタガタずっと震えている。泣いていたのかな? 男の目の周りは少し赤かった。そんなショタボーイも素敵です。

しばらく沈黙が続き、みんなの目線はショタボーイへ。すると、その視線についに耐えかねたのか、ショタボーイが口を開いた。

「…………リティル……エシープです……」

 ショタボーイ改めリティルは、非常にびくびくったくしながらか細い声で自己紹介をした。てか、リティルって名前も可愛いなぁ。再三言うが落ち着け僕の頭。あれは男だ。

「リティルかぁ。よろしくっ。俺はルフィツェブ、さっき聞いてたよな?」

 そんなリティルにすらも陽気な笑いで手を伸ばすルフィツェブ。ほんっとこいつ格好いいな。さっきまで五歳児の頭してやがったのに。

 でもリティルはその手を無視して、俯いて『僕に構わないで』オーラを出し始めた。これにはルフィツェブもどうして良いか分からない様子。彼がオロオロしているとそこにイデルが寄ってきた。

「こいつは、なんだか知らんがいつもびくびくったくしてんだよ。めんどくせーからあんま構わないほうがいいぜ」

「でも……これから同士じゃないか、俺はもっとみんなのこと知りたい」

「今日明日だけが一緒にいれる時間じゃねえだろ別に。それこそ、時間はかなりあるんだ。めんどくせーことにな」

 なんだこいつ、めんどくせーって言うのが口癖か? だらけててなんかいやな奴。

「まぁでも、俺もお前らのことを早く知りたいってのは同意だぜ。勘違いすんなよ、知っておかないといろいろめんどくせーっていうだけだ」

 だらだらイデルはそう言って、リティルにタオルを投げてやった。「泣き終わったらそれで拭け。泣いてる男なんてめんどくせーだけだからな」

 この一連の会話を聞いて僕はさっき思ったことを考え直した。イデル君超優しいなにこれ惚れちゃいそうっ。さっきから男の子にばっか惚れそうになってる僕がいるなって心の中でつぶやいた。

「おにーちゃんはいいこだねー」

 妹のイデオットがイデルのとこまでトコトコ歩いてきてその手をギュッと抱きしめた。

「お前もめんどくせーなー」

 そういいながらもまたイデルはイデオットの頭をナデナデし始めた。時折イデオットが「はわー」なんて漏らす言葉がまた可愛らしい。

「ま、これで全員ね。さて、何しましょう。明日までまだ時間はあるし」

「どうしようね、僕は……まずさっきルフィツェブも言ったとおりみんなのことを知りたいかな」

 人と仲良くなるには、きっとそれが一番だよねっ! ただし地雷である可能性が高いが。

「そんなに他人のことを知りたがるの? ここにいるってだけでも分からないの? みんなどんな境遇があるのか」

 ほら。こんなふうに隠れ巨乳にとっては地雷だ。

 僕は昨夜ルビッシュにそのことを伝えた。それでも、こうしていろんな人がいて、その人と話してみると知りたくなってしまう15歳なのだ。

「逆だよ。むしろ全員がこんな境遇なんだ。だからこそ、話し合える仲になるんじゃないかな」

 僕はにこやかな、敵意のない笑みをクートに向けた。

 そんな僕のキモヤカスマイルを見て参ったのか、クートはハァッとため息をひとつ漏らした。

「まったくここにいるあなたたちの気持ちが分からないわ。昨日もそうやって質問してきて」

「え、昨日もやったのかい?」

[ええ、イデオットがいろいろ聞いてきてね、その流れでわたしたち三人はそんな話をしていたわ。でもリティルは押入れでびくびくってしていたし、イデオットもずっと『あはー』なんて言ってたからわたしとイデルだけだったけどね]

「みなさん、仲良くなるのが早いんですね」

「なに言ってんの、結局まったくコミュニケーションなんて取れてないわよ。まぁ、イデルも苦労してるのねってしか思わなかったわ」

 ほう。この冷たい態度しか取らない隠れ巨乳にそんなことを言わせるなんて、一体イデルはどんな生活をしてきたんだろうね。

 僕がその話に興味を持っているような態度をすると、イデルが頭をぽりぽり掻きながら、こっちに近づいてきた。

「……イデル、こいつらにあんたの成り行きでも教えてやって頂戴。そうしなきゃ気がすまないんだって」

「あー? めんどくせーな」

「わたしも知りたいです、皆さんの過去を。どんな風に過ごしてきたのかを」

「ったく、聞いて気分悪くすんなよ」

 僕とルビッシュはこくりとうなずいた。ちなみにルフィツェブもいつの間にか押入れから離れてこちらに来ていた。

「もともと俺とイデオットは貧民だったわけじゃない。普通の家庭で育ったのさ。俺も去年までは普通の学校に通っていた。イデオットは別だがな。こいつは見てのとおり阿呆だろ?」

「阿呆って……?」

 その類の人間がこの世にいることは僕は知っていた。白痴ってやつだ。以前図書館の本で読んだことがあった。

「こいつはキャラを作ってこんな喋り方をしてるんじゃない。知的障害を煩っているのさ。字が書けるようになったのも最近、トイレもようやく一人で行けるようになった。去年までは俺がこいつのトイレの世話をしたりしていたさ」

「トイレの世話をですか……」

 ルビッシュはどうしてそんなことを、と言った顔をしている。イデルは自嘲するように笑っていた。

「なにをそんなに不思議がってるんだ。俺が変態とでも思ってるのか? 実の妹の下の世話をするのが」

「だって、おかしいじゃないですか、いくらなんでも……」

「じゃあお前は幼少の頃に一人でトイレに行けたか? 誰にも手伝ってもらわずにトイレにいけたか? こいつはな、頭の中がそうなってるんだよ。膀胱の辺りがもぞもぞしてきてもそれがなんだか理解できないんだよ。だから漏らしてしまう。まぁでも、ようやく人並みになってきたがな」

「…………」

 ルビッシュは何も言わない。自分が間違っているのかどうかがまだ判別できないみたいだ。

「親はイデオットを嫌っていた。そりゃ白痴だからな。イデオットの世話は全部俺がしたさ。それもなかなか覚えない。こんな年になるまで一緒に風呂にも入らなきゃいけない。一人で入らせたら湯船で溺れるかもしれないからな。こいつにとって世界は常に危険なものだらけさ」

 僕はちらりとイデオットに目をやった。僕の視線に気づいてイデオットは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにニコッと僕を見て笑ってくれた。

「漏らせば親に殴られる、だから俺がこいつを守んなきゃいけなかったのさ。ご飯もべちゃべちゃにして食べて怒られ、親が怒鳴り、こいつは怖がって泣いて、漏らして。そんな生活を送ってきたある日、親がイデオットを家から追い出したのさ。だから俺もそれについていっただけだ」

「親に追い出されて……か」

「そう、それが俺たち兄妹の出来事かな。まぁ、もう少し続きがあるけどな」

「続き?」

 これ以上ブラックな話が出てきたらどうしようかと思ったが、好奇心が勝ってつい聞き返してしまった。

「ああ、追い出されてからな、俺たちは自分の小遣いを使って生き延びてきた。イデオットを野宿させるわけには行かないからな。でも、その金も尽きてきたとき、一枚のチラシが目に入った。知能をあげる実験体募集。なんて書かれた怪しいチラシさ」

「それって……人体実験の、実験台を募集してる……」

 僕も見たことがある。もっとも、いかにも怪しくて、一度も行ったことがないが。

「それさ。それには住む場所と飯を与えてくれると書かれてた。まさにスラムにしか置けないチラシだよ。俺はそこにイデオットをつれてった。少しでも可能性があるなら、俺はそれに賭けてみたかったからな」

「それで、その結果どうなったの?」

「言ったろ? 最近のイデオットは人並みになってきたって。知能が日に日に上昇してるのさ」

「あはー、あたし、あたまよくなるんだよー」

 イデオットが無邪気に笑う。その頭にイデルが手を乗せ、優しく撫でていた。

「この学校には入れたのもその医者のおかげさ。紹介してくれたんだ。あの人は本物のいい人だった。俺らの親以上にな。白痴の子に愛と時間を与えてくれる人間がどれほどいる? 俺はこの学校を卒業して、あの医者みたいな人になりたいのさ。そんなことはめんどくせぇって言ってられないからな」

「そうか……頑張れ、まだ学校は始まってないけどな」

「おう、めんどくせぇけどな」

 僕らみたいな立場の人間で、自分の将来の夢が決まってる人は果たしているだろうか。金持ちになりたい、今の自分から抜け出したいなんて考える奴はたくさんいるだろうが、夢が決まって、それがしかも人のためになる職種なんて普通無理だ。僕らは理不尽な思いしかさせられてなかったんだから。

 時間と愛を与えてくれる人がどれほどいるか。僕はそんな人に今まで会ったことなどない。会っていればそれこそこんなところにいるわけないんだから。

 では、イデオットはどうだろう。彼女はこの年までずっと頭がパーな子だった。それをずっと支えてきたのは、兄であるイデル。彼女は常に兄の愛を受けていた。

 白痴の子に何年と愛を与え続けてきた彼は、一体どれほどの優しさを持った人間なのだろうか。聞いてて涙が出てきた。

「あ、何だお前、泣いてんのか?」

 イデルに指摘され、それがなんだか嬉しいけど恥ずかしくて。

「ちゃ、ちゃうわーいっ。コレは涙なんかじゃなくて……いや涙なんだけど……イデルが最高に優しい人間だって思っただけだーいっ!」

「あー? 変な奴だな、お前。めんどくせー」

 めんどくさい性格してんのはどっちだよ、なんて心の中でボソッとつぶやいておく。

「あたしも最初聞いたときは驚いたわ」

「クートはどんなふうにここに来たの?」

 ルフィツェブがすぐさま聞いてきた。

「あたしはただ単に元から住む場所もなく、地獄のような日々を過ごしていて、少しでも楽になりたいからって理由できただけよ」

「なんだ、俺と一緒じゃん」

「そういうあんたらはどうなのよ」

「俺はクートと一緒」

「僕もかな。ちっちゃい頃に親に捨てられただけだし」

 と、貧乏トークをこよなく愛する二人組こと僕とルフィツェブ。

「ルビッシュ、あんたは?」

「わ、わたしは……」

 びくびくったくも、ルビッシュは自分のいきさつを語った。

 それは聞き終えると、クートは一度ため息を吐き出した。

「まぁ、ぼんぼんの家なんてそんなもんよね」

「はい……」

「いいのよ別にあんたが悪いわけじゃないんだから。ただ、これからの暮らしを考えると前までのぼんぼん生活のほうが楽だったのにね」

 確かにそれはクートの言う通りかもしれない。いくらいじめられる、虐待されるからって、住む家、ご飯がある生活だ。

 だがそれを捨て、住む場所もなくこのような学園に来た。これならどっちが幸せかなんて分からない。

 そんなことを考えてると、ルビッシュが僕のほうを見ていた。その瞳が昨日見たびくびくしていた彼女とは違って見えた。

「わたしは、リフスやルフィツェブに出会えました。クートさんや、イデルさん、イデオットさん、リティルさんにも。わたし以上に過酷な人生を歩んでいるんでしょう。みんなは。わたしの理由なんてただの甘えかもしれないですけど、それでも、後悔なんてしてません」

 力強く、まっすぐな口調だった。

 そんな彼女を見たクートは、その凄みに負けて、ちょっとおどおどし始めて、顔が赤くなって……あれなんでクートは顔赤くなってるんだろ。

「え、ど、どうしました?」

 ルビッシュも心配そうに声を掛ける。

 クートは真っ赤な顔で、下を向き、プルプル震えてる。それに隠れ巨乳、元が美人な顔つきだからめっちゃめっちゃ可愛い。

「あー、クートはな、自分の間違えとか指摘されたり、失敗したことをすると恥ずかしがるんだよ。その度合いがひどいだけさ」

 だんだんイデルが説明キャラになってきた。

「恥ずかしがる……え? さっきまでぶっきらぼうだったクートが?」

「恥ずかしさから身を守るために普段からぶっきらぼうなんじゃねーの? ちなみに昨日イデオットに皮肉っぽいことを言って、見事に自爆してくれたよ」

 そんな性格だったのか、クート。可愛いじゃないか。きっと、過去に何かあったんだろう。

 その後少し時間が経ち、ようやくクートが元通りになって、みんなといろいろ話してから、みんなで眠りについた。

 リティルはいつまでも押入れから出てこなかった。

 朝。僕らは学校に通うための制服を着ていた。こんな金持ちが着るような服を着るのは初めてだったので、僕とルフィツェブはキャッキャ騒いでいた。

 それと学校の命令で僕らは蜘蛛の形をしたネックレスをつけることが義務付けられていた。別に僕らはそんなものの意味に興味がないし、つけろと言われたら従うだけだった。

 イデオットがネックレスを見て不思議そうな顔をしていた。なにをそんなに不思議がってるの? と僕は尋ねた。

「くもがうごかないんだよー。いつもならうねうねきもちわるくうごくのに、どうしてかなー?」

「はは、それはコレが作り物だからだよ。作り物の蜘蛛は動かない」

「ほぇー、くもってつくりものなのー?」

「この蜘蛛はね。見てごらん、こんな硬くてきらきらしててかっこいい蜘蛛なんていないだろ? 本物の蜘蛛はもっと気持ち悪くて柔らかいんだ」

「ほんものよりにせもののほうがかっこいいの?」

「そう、ニセモノのほうがかっこいいんだ」

「にせものなのにー?」

「うん」

「ほぇー。あたし、また頭よくなったー?」

「よくなったね。なでなでしてやろう」

 僕はイデオットの頭をなでなでした。彼女はほわーって言って気持ち良さそうにしていた。可愛いな。

 イデルが僕のことをぽかんとした顔で見ていた。

「なんだ? 僕の顔に何かついてる?」

「いや、そうじゃなくて……おまえ、イデオットの話に乗ってあげれるんだなって思ってよ」

「そりゃぁ、普通じゃね?」

「ばか普通じゃねえよ。あーでもまぁ、今後もそんな感じで付き合ってくれ。そいつをもっと頭よくしてやってくれ」

「うん……? まぁ、いいけど」

 そんな朝を過ごして、僕らは学園に行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貧民リフスの学園生活 @lufituaeb

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ