第3話
壁にはろうそくが数本。さっきまでの綺麗にされた床とは対称に、今僕が座ってる場所はむき出しの土。眼の前には鉄格子。横には硬い岩の壁。わずかな灯りが僕らの視界を支えてくれていた。なぜ学園に入学しにきたのにこんな牢獄に僕はいるのだろうか。
「ったくあのクソ学園長め、こんなとこに俺ら三人ぶち込みやがって」
お前のせいだよアホ。なんて言いたかったけどそれを言ったら結局僕にはあの人をどうにもすることは出来なかったんだろうなと思って黙っていた。
「……あの、お二人も、その、えっと……」
またおっかなびっくりびくびくしている子猫ちゃん。落ち着いていいのよ? なんて感じで言ったらセクハーラになって看守に打ち殺されるかもしれないのであくまでオブラートに言うことにした。
「落ち着いていいよ。さっきまでみたく急かす人はこん中にいないんだし」
ざっとこんな感じでね。うん、ちょっとカッコよかったねっ!
「はい……ありがとです。それで、お二人も、その、ひ、貧民クラスなのでしょうか?」
「うん、そうだよ、俺はルフィツェブ、こいつはリフス。よろしくな」
あ、こいつ勝手に人のこと紹介しやがった。おかげで僕の会話する機会が一回減ったじゃないか。止めてよねそういうの。格好良いから許しちゃうけどっ。
「あ、申し送れました、私はルビッシュと申します」
「ルビッシュか、よろしく」
あれ? いつの間にか二人きりの空間作動してね? 僕ここに要らないんじゃね? イケメンと女の子だけでいいじゃんいつの間にか僕モブキャラじゃん。僕は主人公にはいつなれるの?
「そこの君はどう思う? こんなモブキャラ」
「リフス、誰に話しかけてんだ?」
「僕らを見ている人さ」
「誰も見てないぞ」
「じゃあ僕のみぞ知るってやつさ」
なに言ってんだこいつ、ってな顔で二人は僕を見てきた。僕もなに言ってんだろうって思えてきた。はずかしぃっ!
「にしても貧民クラスって俺ら三人だけなのかね?」
「そんなわけないと思うけど」
僕はルフィツェブに入学要綱を渡した。ポケットに入ってたのをそのまま持ってきたのだ。管理が甘い牢獄だこと。
「ほらここに今日までにって書いてあるじゃん。つまり、この期日までに受けろってことだろきっと」
「なるほど、じゃあ先に入学試験を受けたほかの貧民たちもいるわけか」
「そゆこと。これに気づいてればルビッシュも遅刻する必要なんてなかったのに」
「そ、そうでしたんですか……分からなかったです」
ルビッシュがしゅんとした。やばい好感度が大幅にダウンしちゃうっ。話題を変えなきゃ。
「そうだ。ルフィツェブ、さっきの爺さんってなんで有名人なんだ? ただの一校の学園長じゃないか」
「ただの学園長ならな。あの爺さんの名前を知らないのか?」
「んにゃ、わからん。ルビッシュは分かる?」
「わかんないです……どこかで見たことある気がしますけど……」
ふぅ、とルフィツェブがやれやれといったように息を吐いた。そんな仕草にもドッキンってなったりしかけちゃうのは秘密だ。
「あの爺さんの名前はな、エルー・ディエクション。聞いたことくらいあるだろう」
その名前には聞き覚えがあった。というか、この国に住んでる人なら誰でも知っているだろう。同姓同名なんじゃないかと思った。あるわけないだろうけど。
なぜならその名前は。
「ナパイズの国王じゃないか……初めて見た」
「そ、よくご存知のとおり我らが国王エルー・ディエクション様様よ」
「なんで国王がこの学校の学園長なんかやってるんだよ」
「知らんよ、おおかたじじいの趣味だろ」
「趣味って……」
「分かると思うぜ、だってスローガンを考えたのはじじいさ。俺はさっきそれに従っただけ。じじいの前でな」
さっきから気になってるんだが名前を明かした瞬間国王のことをじじい呼ばわりって。看守にばれたらこいつ殺されるぞ。冗談じゃなく。
でも、スローガン通りか。生まれ変わりたけりゃ自分で変れって。つまりあの先生をぶっ飛ばしたり、意見を言ったりするってことか。自分で何とかしろってな。
はてそう考えるとルビッシュは果たしてどうなんだろうか? なんて疑問が浮かんだけどたいして気にならなかった。べつにどうでもいい。
さてさてそんなルビッシュちゃんだが、まじまじと見てみるとまず最初に分かるのが、背がちっちゃい。140センチ位なんじゃないかな。ぜんぜん僕らより年下に見える。そんでいて、落ち着いたような、柔らかな雰囲気をかもし出す、天使ちゃんみたい。つまり何が言いたいかって言うとちっちゃくてかわいい。
「……なんでそんなジロジロ見るですか?」
いきなり声を掛けられビクゥッとなる僕。横ではルフィツェブがくすくすと笑っていた。
「ん? いや、君の後ろになんかいたようないないような、ああ分かった君の魅力がいたんだ。そこの君もそう思うだろう?」
「俺は素直にルビッシュのことはかわいいと思うぜ」
お前に聞いてないよアホ。話しに入ってくんなイケメン。やーいお前なんか女の子チラ見しただけでキュンキュンされちゃう存在になーれっ。あれそれってモテるってことじゃん。駄目じゃん僕負けんじゃん。
「それにしても……学校って、どんなことするんでしょうね」
ルビッシュが恐る恐る僕らに尋ねた。
「俺は勉強するって以外知らんよ、屋根と食う場所と寝床が保障されるんだからきたんだしな」
「そうなんですか……なぜ二人は貧民クラスに?」
それを聞くのかこの子猫チャンは。なかなかチャレンジャーだ。嫌いじゃないよ、そういうの。
「僕はただ単に親いないし、働くことも上手く出来ないし、噂に聞いたから来ただけだよ」
「俺もそんな感じ。てかこの学校に貧民として来た理由なんか、金がない、世間的に負け組、世間の屑って理由以外ないだろ」
ですよねこのイケメン外面勝ち組野郎。内面にどんな闇抱えてっか分からないから言えないけど。
「そういうルビッシュはどうなんだ?」
「わたし、ですか?」
ルビッシュは答えるのが辛いかのように視線を外した。
「まぁ、無理に聞きはしないけどさ」
「いえ、大丈夫……です」
ルビッシュは一呼吸置いた。「私はもともと、とある貴族の奴隷だったのです」
「奴隷って……召使い的な?」
「そう捕らえてもらっても構いません。ですがわたしは、このように背丈も小さく、体のあちこちも未発達で、いっつも使えないと怒られていました。何をやっても駄目駄目なわたしでしたから」
彼女が語る自分の過去は、とても遠い昔話を語るような優しい感じではなく、思い出したくない過去を無理やり語るような感じだった。僕は正直それを聞きたくなかった。愉快な話というわけでもないし、知ったところでどうにもならない。ルフィツェブはリアクションひとつ無しに真剣な表情で聞いていた。
「わたしは、家主の息子にいつもいじめられていました。わざと蹴飛ばされたり、叩かれたり……でも、文句は言えません。わたしは使えない子なのですから。ルビッシュは使えない幼女だ。ルビッシュは使えない幼女だ。ってつぶやきながら叩かれました」
「もういいよ、それで屋敷から逃げたんだろう? そのガキのいじめがイヤだから」
僕はそれ以上彼女のそんなことを言わせたくないので、勝手に話を終わらせようとした。こんな話は記憶したくないから。むふふなことだけ記憶してたいから。たとえば今はいてるルビッシュのパンツとか。何日お風呂入ってないんだろうなとカ。
「……はい、いまリフスさんが言ったとおりです、わたしは屋敷から逃げました。最初はどうにでもなりました、いくらかお金を持ってきてたから」
「それって二ヶ月前の話だろ? あれルビッシュの話だったんだ。新聞に載ってたよ。とある貴族の奴隷逃げる。って」
もっともその貴族は探す気なんて毛頭なかったみたいだけど。
新聞とかなら図書館に行けばいくらでも読めるし、僕は様々な知識を頭に入れるのが好きだったから、その話もちらっと見た。図書館はある意味僕の家であり、部屋だった。夜は外で寝ていたが。
ルフィツェブが驚くように声をあげた。
「二ヶ月も過ごすって、一体いくらの金を盗み取ってきたんだ?」
「……500ラルドくらいですね、あと100ネイ硬貨が数十枚くらい、かな」
「なんて豪華な逃亡劇……」
僕とルフィツェブは二人してその額に驚いた。
ナパイズでパンをひとつ買うなら大体10ネイ位だ。1ラルドは1ネイの約100倍。つまりパンを軽く見積もっても5000個以上買える。僕にとっては一年働いても届かない額。
「え、まだそのお金残ってるの?」
「いえ……宿代ですべて消えてしまいました」
「ちなみにその宿はどれくらいの料金で……?」
ルフィツェブが恐る恐る聞いた。
「だいたい……一ヶ月200ラルドくらいですかね。他にもいろいろご飯代とかもありましたし」
「……いいとこ泊まってんだなぁ」
僕とルフィツェブはあり得ねぇって顔をした。
一般市民からしたら普通の額だろうが如何せん僕らはプアマン。泊まりに使うような額ではない。外で寝ればプライスレス。お金じゃ買えない価値がある。
「お二人はどのような宿で過ごしたんですか?」
「図書館の書庫にこっそり入ってそこで寝たり天気のいい日は外で寝たり」
これは僕。
「容姿を生かして汚い女と狭い部屋で寝たり天気の悪い日も外で寝たり」
これがルフィツェブ。
僕らの発言に超がつくほど驚いているルビッシュ。まあでも、もともと貴族のとこで働いていたお嬢さんならそんなもんかな。
「え……大丈夫、だったんですか?」
これだからお嬢さんは。貧乏に向かって大丈夫なんて聞いちゃって。
「なにが? そうするしか手段がなかった。俺はね、貧乏だからって、住む家がないからって犯罪に手を染める気はないんだ。だからそうした」
「僕も一緒。騙そうと思えば騙せる相手はいっぱいいたけど、プライドは捨てたくないよね、貧乏として」
価値は安いがプライドは高く。そうでなきゃやってられない。
「話が分かるな、相棒。ますます気に入った」
僕とルフィツェブはニコッて笑った。これでキュンとこなきゃ嘘だ。ここに鏡がなかったのが悔しい。
「ま、でもルビッシュがやったのは……慰謝料みたいなもんだから、別に良いんじゃない? 貴族相手なら安すぎる額だろうし」
ルビッシュが泣きそうな顔をしていたのですかさずフォロー入れる僕。あくまで自然に格好よく。
「あと、これから一緒になるクラスメイトとやらも多分そんな状況の人たちばっかだろうから、あんま大丈夫? とか軽はずみに聞かないほういいよ。軽蔑されるから」
以上僕からのおせっかいコーナーでした。来週は楽しいムニュムニュの仕方(図書館の本参照)。お楽しみにねっ!
「はい……」
あんまり元気が無くなった子猫チャン。シュンとしちゃって、まったくモー。
「それにしても、ルビッシュの髪色って赤くて印象的だね、綺麗な色だなぁ」
とりあえず相手がシュンとした顔になったらとにかく褒めろっ! それがモテモーテへの道の近道だっ! ナパイズジャストグッドボーイズ通称NJGB参照。つまり男性向け雑誌ね。なんでこんなの読んでるかったらモテたいじゃん? いざというときのモテシーズンに乗り遅れたらイヤじゃん?
「リフスさんの髪色も、印象的ですよね、灰色的というか……神秘的です」
おっとここで僕の髪色を褒めてくるのか子猫チャンめ。ンモウ気になってしょうがないお年頃なのカナ?
「あー、まぁね。この髪のせいで図書館の灰色ネズミなんて呼ばれたこともあるけど、自分では気に入ってるんだ」
「そうなんですか」
クスクスっとルビッシュが笑ってその笑顔に僕のハートがドッキンコッ。これが恋ってやつなのかな? 大人の階段一歩上がるってやつかな?
「リフスはルビッシュみたいな女の子が好みかな?」
ルフィツェブがいきなり茶化してきた。ンモー、すぐそういう甘い方向に持って行きたがるんだからこの恋愛初心者め。甘いだけじゃ虫歯になっちゃうよ?
ここは大人の対応を見せちゃろう。
「一緒に過ごしていくうちに惹かれていくかもね」
爽やかな笑みとともに軽くあしらうような大人の余裕を見せる僕。でも一歩間違ったらただのセクハラになってしまうフシギッ!
牢獄にいるはずなのにそんな楽しい時間を過ごせる僕たちだった。ちなみに騒ぎすぎて看守の人に怒られたのはまぁ、若さゆえの過ちってやつだ。
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