第2話



「それにしても、名前書くだけで入学ってものもすごいよな。ホントに大丈夫なのかよ」

「そうとしか指定されてないし、良いんじゃない?」

 あれから校舎に入り、指定の場所に案内されて、もって来た用紙に僕らは自分の名前を書いていた。ルフィツェブも言ったとおり、これで入学なんだから楽なものだ。疑いたくもなるよ。

 と、一応この名前を書くことだけが入学試験となっており、今僕らは受験者。目の前には審査官なんだかよく分からないおじいちゃんとスラリとした背丈の男の先生らしき人が座っている。

 そんななかでぺちゃくちゃおしゃべりしている僕らは彼らの目にどう映るんだろうか。生意気な貧民か、反社会的な学生か。少なくともいい印象ではないだろうな。

 バンッと後ろから響いた音がした。その音に僕はビクゥッ! っとなってそちらのほうに振り向くと、なにやらちっこい赤髪のおにゃの子が一人。あの子が犯人か。先生、彼女の素性を調べたいので体中をこねくり回してもいいですか、なんて言おうとしたら先に女の子が口を開いた。

「あ、あの、入学試験の会場は……ここで…………」

 ぼそぼそと下を向きながらなにやらごにょごにょしてる子猫チャン。そんな子猫チャンに追い討ちをかけるように目の前の先生らしき男が話しかけた。

「はっきりと言え」

「は、はいっ! 入学試験会場はこちゅらでよろしいんでしょうきゃ?!」

 噛んだ。二回も。可愛いな。

「入学試験会場はここだ。だが時間が過ぎている。これに対して何か言うことはないのか?」

 ちらりと男が時計を指差す。その時間は確かに用紙に書かれた時間を2分ほどオーバーしていた。

「そ、それは……」

「同じことを何度も言わせるな、はっきり言え」

「それは……ここまでの道のりに時間を掛けすぎて、間に合わなかったからです」

「それが理由か」

 男がその女の子を睨み付ける。少女はビクッと少し震えて、泣きそうになっていた。

「話にならんな、帰っていいぞ」

 男はその一言ですべてを片付けてしまった。

「……」

 少女は呆然とそこに突っ立っており、やがてその瞳から涙が零れ落ちた。こんなとこに歩いてきてこんな試験を受ける奴らに帰る場所なんてないのに。

 僕の大好きな大好きな女の子を泣かした。そのことに腹が立って、ここでなんか言えば女の子のハートキャッチできるんじゃね? という下心も満載で教師らしき人に掴みかかった。

「何のマネだ、リフス・イロメム」

 声のトーンを変えることなく先生らしき人は言った。それでも僕は屈しないっ。食らえ、僕のボイスワールドッ。特に言葉の意味はないっ!

「いいですか先生、この子は確かに遅れてきました。ええそうでしょう、その点に対しては僕も認めます、認めますともっ! ですが、ですがね、そのですね、彼女をそこで即刻帰らせるのはチョット待っていただきだい。僕らの未来の同級生を

引っ込ませるのはまだ早いんですよ!」

「どういう意味だ?」

 僕の言い回し方になにこいつうぜぇって表情している。オイオイ、僕の世界はこれからだぜ?

「僕ら貧民はそりゃあ今までは世間の人様に報われない生き方をしてきたんです。そう、時計の存在時間の概念、そのようなものが我々の世界には薄い存在なのですよっ! 時計なんて高級品僕らに持ってないですからね。だから時間に遅れるなんてしょうがないんですっ! ここで彼女のせっかくの希望を奪っていいんですカッ!? それよりですね――あれ、なにしてるのルフィツェブ?」

 僕が力説しているときにルフィツェブが席を立ち、男の目の前に立った。おいおい、今は僕のターンだぜ? まだ僕がこいつを掴んでいるんだよ?

「リフス、そんな説得必要ないよ」

 彼は右手を大きく振りかぶって――男の頬に思いっきり飛ばした。未来の先生に入学前からグーパンをかました。ダンッとどことなく気持ちのよい音がした。

「ば、お、ちょ、なにやってんのルフィツェブ!?」

「イヤだって、ムカついたじゃんこいつ。だから殴った」

 だから殴ったって、このアホなにやってんだ。僕の人生が台無しになる。もう大半がなってるかもしれないけど。

 男に眼を向けてみる。高そうな服がよれよれになっており、口からみっともなく涎が出ていた。それと気絶していた。この非常時に写真に収めたいと思った僕は笑いをこらえるのに必死だった。

「……お前たちはこの状況をどうするつもりだ?」

 と、もう一人いた爺さんが口を開いた。「どうしてこやつを殴った。理由を言ってみろ」

「ムカついたからだ」

 ルフィツェブが苦虫を噛み潰すように言った。そんな感情的な理由で人を殴っちゃいけないと思います。話題の中心だった少女もこの状況についてこれてないヨ? オメメぱちくりさせてまぁカワイイ。

「そうか」

 爺さんはゴホンッと咳払いをして、「その小娘の入学を認める」と一言言った。

 え、認めちゃうの? 人殴ったら入学って、ここそういう暴力校なの? 暴力で物事を解決するのはいいと思わないナ。

「……えっ? わたし入学できるんですか?」

 一番驚いているのは当の本人のようで、僕とルフィツェブと爺さんを繰り返し見ている。そりゃあ驚くだろうね。駄目ってのがグーパンで解決なんだから。

「でも、処罰はあるんだろ?」

「当たり前だ」

 ルフィツェブだけは一人冷静だった。まるで一人こうなることが分かっていたかのように。

「あんたの性格を考えればだいたいこうすればいいんじゃないかって容易に想像つくさ」

「ルフィツェブ、この爺さんのこと知ってるの?」

「もっちろん。ナパイズ一有名な人物だ。まぁ、俺らにはホントだったら縁のない人だがな」

 ナパイズ一の有名人……? このじじいが? 白髪が似合うこのじじいが? エロじじいとして有名とかかな? だったらヤダナッ。

「この爺さんはこの学園の学園長さ」

「あまり馴れ馴れしく口を利くな小僧。入学とはいえ、さっき言ったとおり貴様らに処罰を与えねばらならん。教師を殴った罰としてな」

 え、貴様らって。僕も入ってるのかな? きっとそうだよねド畜生。

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