貧民リフスの学園生活
@lufituaeb
第1話
辺りは木々が僕をさえぎるように佇んでいる。一本の道を歩き続けて五時間、ようやく休憩所にたどり着いた。その間僕の横を何度も何度もバスやら自家用車が通り過ぎていった。
体中が汗まみれで気持ち悪い。ベンチに座ってゆっくり休み、カバンの中からタオルと一枚の紙を取り出した。
『ようこそ負け組み 生まれ変わりたけりゃ自分で変われ 変わるならナパイズ第一学園』
でかでかとそんなスローガンが印刷されてあり、残りはその下にちょこんと申し訳程度に名前を書く欄程度しかなかった。
学生募集の用紙のはずだが、堂々とようこそ負け組みなんて書いてあるのもおかしなものだ。
ナパイズ第一学園――。
この国ナパイズ王国で一番大きく、歴史が長い学校だ。そのため学生は国内からでも選りすぐりのエリートやどっかの貴族のお坊ちゃま、その付添い人、芸術分野の天才たちが集う学校だ。
その学校のスローガンのはじめにようこそ負け組みと来るのには訳がある。といっても、これは一般募集の用紙ではない。そもそも一般募集の期日などもうとっくに過ぎている。明後日が入学式である。
「お、君も第一学園の生徒?」
ベンチに佇んで水筒の水を飲んでいると、今僕が通ってきた道からきた男に声を掛けられた。いきなりだったので少しビクゥッ! ってなってしまった。
「うん、君も?」
「そうだよ、よろしくな」
爽やかな笑いを向けてくるその男をまじまじと見つめてみる。髪はその一本一本が金の糸で出来ているように思わせる黄金色をしており、顔は世界最高峰の人形師が丹精込めて作り上げたような、誰もが見た瞬間に脳裏にしっかりと焼きつくだろう美しさを持ち、背はスラッと高く、めんどくさいから一言で言うとただのイケメンだった。
そのイケメンが僕の隣に座り、服の裾をパタパタさせて仰いでいる。そんな姿でもイケメンだから様になる。服の裾からチラッチラ見えるお臍に少し興奮を覚えたのは秘密だ。
とりあえず何か話しかけなきゃ。煩悩以外の何か話題を。
「えっと、君はどこの貴族の子だい?_付添い人もいないで、大丈夫なのか?」
「ん? 貴族?」
イケメンが誰のこと? といったキョトンとした顔でこっちを見てきたので、あれ違ったかなと思い別の言葉を捜した。ちなみにキョトンとした顔にどきんと来たのも秘密だ。
「いや、君の容姿を見たらどこかの貴族の子だと思って。違った?」
「違うよ、貴族なんかとは縁遠いよ俺は」
イケメンはくすっと笑っていた。そんなところもかっこいい。
「じゃあ平民クラス? それだったらもっとすごいな。天才ってことだろ」
先ほども言ったようにこの学校に入学するには貴族であるか平民の中の天才的な才能を持っているか、である。
しかし、イケメンは僕が思っていた答えとは違う反応をしてくれた。
「はははっ、それも違うよ、俺にそんな才能はないさ」
「えっ……じゃあ、貧民クラス?」
「正解、軽蔑するかい?」
「いや、軽蔑はしないけど……ビックリはする」
誰だってビックリするだろう。この目の前にいるイケメンが貧民なのだから。こんな世界、アリ? ってなっちゃうよ。
貧民クラス、それはこのナパイズで貧困な生活を送っている一部の人間が入学できるクラスであった。入学試験等は一切分からず、基準は何か、定員は何人か、どういったクラスなのかなどがすべてが謎に包まれたクラスだ。募集用紙に負け組みと書かれていたのはこういう意味なのだ。
「君はどこのクラスだ? まぁ、こんな山奥を一人歩いていたらひとつしかないけどね」
「お察しのとおり、僕も貧民クラスさ」
僕も言わずもがな貧民クラスだった。あんまりいい人生を歩んできたとは言えないしね。
「だと思った。普通のやつならこんな山奥はバスか貴族らの自家用車を使うからな。でも、早速仲間にあえて嬉しいよ。俺はルフィツェブ、よろしくな」
前歯をチラッと覗かせて僕に握手を求めるように右手を差し出してきた。一瞬僕は戸惑って、ヤッベちょっと汗ばんでるけど気にしないカナ、なんて考えたけど相手は男だし別にいっかと思いその手を握り返した。
「僕はリフス、よろしくね」
「それにしてもいきなり同じクラスの友達が出来るとはな。正直心配だったんだ」
「分かるよ、僕だって学校に通うのなんて初めてだからね」
「俺らみたいな奴らなんて大抵そんなもんだろ」
この国では、貧困な人こそそこまで多くはないが、国としてその基準の人たちは当然いるわけで、僕らがそれだった。実際ルフィツェブはどれほどなのかは分からないが、第一学園の貧民クラスに通うんだからかなりのものだろう。
他の学園でも、少量のお金さえあれば特別に入学はさせてくれる。この学校のようにタダで入れるなんて、なにか裏があるに決まっている。それに入るってんだから、僕らの同級生はきっとそんなろくでなしばかりだろう。僕もその一員なんだけどね。
「リフス、そろそろ行かないか? あまりゆっくりしていると間に合わないぜ」
休憩所に設置された時計を見ると、いつの間にかだいぶ時間が経っていた。
彼は僕と一緒に行く気でいたみたいだ。ここで拒んだらいいキャラに見られないだろうけど、イケメンの隣を歩くなんてなんだかもやもやするんだ。でもまぁ、イケメン風の虎の威を借る狐みたいで、つまり僕が狐ちゃんで、あれ僕尻尾とか耳とか生えたら可愛いんじゃね? なんて考えていたら本当に時間がやばくなっていた。
「ありがと。じゃあそろそろいこっか」
と、二人で休憩所を後にした。
「それにしてもこの学校、まぁどこもだけど貧民の俺らに対しての扱いが酷いよな、五時間以上もこの道を歩かされるんだから」
「僕らにゃ金がないからしょうがないよ。でも横を素通りする車が羨ましかったよ。なんであいつらだけ運転手がいるんだろうな」
「金があるからだろ」
そんな感じの貧乏トークを二人で繰り広げ、さっきまで過酷だった道のりが嘘のよう。やっぱり誰かと一緒って楽しいね。これが女の子だったらもっと楽しいんだろうけどナ。
「貧民クラスに女の子いるかなぁ?」
突然ルフィツェブがそんなことを口にした。いきなりだったので僕は目を少しぱちくりさせて、彼の肩をガッチリ握り、「いたらいいよねっ! 可愛い子ッ!」なんてろくでもないことを言ってハッとなった。
それでもルフィツェブは特に気にした様子もなく、ニヤニヤした顔で、
「ほほう、リフスも女好きか?」
なんて聞いてきた。
「いや……まぁ、嫌いじゃ、ないけど……好きか嫌いかで聞かれたら抱きつきたいって答えたいけど……」
おっと心の声が少しポロリしてしまったゾッ。リフスのポロリ大会乳首はないよ?
「気が合うね。俺も女の子が大好きさ。男として当たり前だよな」
ルフィツェブは僕のポロリを流した。そのおかげで僕の精神も流されそう。便所の大の流すボタンを押したときのような感じに。あれ数回使ったことあるけど勢いすごいのね。そして滑ったギャグを流されることほど精神的に辛いものはない。
「……うん、そうだよね。でもルフィツェブは普通にモテるんじゃないのかな。そんなに格好良いんだし」
「俺はそんなモテないよ。確かに他の人よりも容姿はいいかもしれないけど、そのおかげで相手からあまり声を掛けられないんだ。格好良いってのもなかなか辛いね。リフスくらいがきっと一番モテるさ」
なんだかんだで余裕の発言をされたような感じなので少しムカついたが、超イケメンのルフィツェブが僕のことをモテるって言ってくれたので一気に機嫌が良くなった。お世辞じゃなければイイナッ!
「そんななんだかんだ言ってぇ。実際ルフィツェブさんは女の子を契って(チュッチュして)は投げ、契って(チュッチュして)は投げしてるんじゃないのぉ? 女の子は日めくりカレンダーじゃないのぉ?」
ルフィツェブに褒められてにやけながら、ちょっとそんな嫌味を言ってみたが、当の本人はぜんぜん気にしてない様子のはにかみ笑顔。そんな笑顔を見たら嫌味を言った僕が超残念な子に見えてしまうから不思議だ。
「結局俺は貧民だからさ、それが原因でモテないだろうよ。金さえあれば違うんだろうね」
まぁ、思ってたけど理由はそこなんだろうな。金がないってやつだ。
「そっか……。僕たち変われたらいいね。この学園長が書いたスローガンの言いなりにはなりたくないけど」
「まったくだ」
ようこそ負け組みなんて堂々と書いてあってそれに従うやつになんてまずいないと思うからね。僕はとくにひねくれた性格で、人から言われたことの720度違うことをやってつまり二回転して言われたことを言われたとおりにする子なのだ。あれ、僕駄目じゃん。
「それにしても、誰かとこんな会話をしたのは初めてだ」
「そうなの? 結構慣れてると思ったけど」
「ああ、水商売とかで相手の話に合せてたりしたことあるからね。同年代の本当の友達なんて初めてだからな」
「へぇ……君も苦労してるね」
「リフスはどうだい? 他に友達とかいるのか?」
「僕?」
僕は笑って答えた。「友達なんかいたらこんな学校はいんないさ。そいつに頼るからな」
「だよなぁ、リフスは親はいる?」
「いない、見たこともないな」
僕には親の記憶なんてない。本当にいたのかさえ怪しいところだ。だとしたら僕は何から生まれたんだ? 孤独で寂しい少女の愛から生まれたと願いたいナ。
「俺と同じだ。ますます気に入った」
ルフィツェブがキャッキャと嬉しそうに笑ってる。自分の不幸自慢でここまで楽しめるのも僕らくらいだろうね。
そんな風に話しながら歩いていると、今まで木々しかなかった景色がだんだんと人工的な造りの物に変ってきた。
「っと、そろそろ見えてきたね、あのドでかい建物が第一学園かな?」
「だろうさ。にしても森の中に堀を造って、その上さらに壁なんて築いて、一体何からこの学校を守ってるのかね」
「金持ちの考えることって分からないや」
堀を越え、その先にある門を抜け、学校の中に入る。道はオフロードから石畳に変わり、さっきまでの景色とはまったく違う、金持ちによる金持ちの為の景色だった。どこから見ても金をかけている造りだ。僕が突っ立っているこの石畳の石でさえ僕が今まで使ってきたお金よりも高いんじゃないだろうか。
「右のこのでっかい建物が貴族専用の寮だってさ。んで正面が校舎でグラウンドの近くに一般寮か。俺たちの寮は一体どこなんだろうな。この地図にゃ書いてねえ」
「まー、扱いが悪いのはしょうがないよ、タダで入学させてもらえるんだから。王族貴族に媚びるのなんて嫌になっちゃうけどね」
と、一人の生徒らしき人が僕らの横を通り過ぎた。見るからにお高い服に綺麗な靴、そしてにじみ出る坊っちゃん態度をしていて、こいつ貴族じゃんって一瞬で分かってしまった。
その貴族が僕とルフィツェブがいろいろ大きな声で話しながら珍しげにあちらこちらをキョロキョロしているので、僕らを見てプフッと吹き出していた。
その視線に気づいたルフィツェブが、チッと舌打ちをし、貴族を睨み付けていた。そのルフィツェブの視線が恐ろしかったのか、さっきまで吹いていた貴族は走って明後日の方向に行ってしまった。それをみた僕の感想は、
「ルフィツェブさんかっけー」
だった。
「ああいうやつってホントイラッてするよな」
「うん、その上弱虫だしね」
まさに虎の威を借る狐だね。ルフィツェブがいるからこんなことを言えるわけで、あれやっぱ僕尻尾と耳つけたほうがいいんじゃね? モテモテキュンッじゃね?
「なぁリフス、俺ら貴族の奴らに負けないよう頑張ろうぜ、とことん捻くれるとかさ」
「最初からその考えさ僕は」
720度捻くれちゃうけどね。
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