耳鳴り通信

よろしくま・ぺこり

耳鳴り通信

 子供の頃は耳鳴りを、宇宙からの通信か、超能力の予兆だと思っていた。だから自分を「特別な人間だ。特別な人間なんだ」と自然に考えるようになった。実際、僕は特別な人間だった。勉強はいつもトップクラス。体育も得意だった。また、その考えに拍車をかけたのが、僕が左利きだったことだ。みんなと違う自分。高いプライドが形成された。クラスで野球が流行った。僕は貧しい父に、左利き用のグローブをねだった。しかし、子供用の左利き用のグローブなど、近所のホームセンターには売っていない。父は大枚をはたいて大人用の左利きファーストミットをスポーツ専門店で買ってきた。東京キングの王貞治モデルである。その頃王選手はホームランの世界記録を更新するかしないかの頃で、大スターだった。その彼と同じ型のファーストミット。友達は羨望の眼差しで僕を見た。「僕は特別な人間だ。特別な人間なんだ」ますます、その気持ちは大きくなった。

 耳鳴りは日に日に大きくなっていった。耳鳴りが鳴っていないことの方が珍しかった。四六時中なっていた。僕は「必ず超能力者になる」確信していた。宇宙人の力を借りて超能力を得て、この地球を支配する。子供ながらに恐ろしいことを考えていたものだ。

 中学になっても、耳鳴りは止まなかった。僕にとって耳鳴りはBGMのようなものだった。だけれど、僕には超能力はないし、宇宙人からのコンタクトもなかった。学業も人並みに落ちてきていた。その頃になれば、耳鳴りが誰にでもある現象だと、さすがに自覚していたし、自分が特別な人間だという意識もなくなってきた。

 高校、大学と進むにつれ、耳鳴りは大きくなってきた。特に眠ろうとするときに大きくなり、毎晩「自分は脳のどこかがおかしいのではないか?」と不安になりながら、いつの間にか眠っていた。耳鼻科に行けばよかったと思う。でも、僕は大の病院嫌いで、心配を抱えながらも、普通に生活していた。

 それが社会人になって二十年もたった、今年の春である。突然、耳鳴りが消えた。全くもって消えた。不思議な気持ちだった。物心ついてからこれまで、ずっと鳴り続けていた耳鳴りが忽然と消えたのだ。「ああ、これが正常な状態だったのか」と僕は感慨深く思うと同時に、少し寂しくなった。アイデンティティが失われた感じだったからだ。

 耳鳴りが消えてからというもの僕は不幸続きだった。まず、会社をリストラされた。社内一、優秀だと言われた僕がである。信じられなかった。次に、妻に逃げられた。僕らには子供がいなかったから、大したトラブルにはならなかったけれど、それでも、妻が男を作って逃げるとはショック大だ。

 僕はマンションからワンルームのアパートに引っ越した。一日中、日は差さず、床はグラグラと揺れ、給湯器からはぬるま湯しか出てこなかった。「人生の落伍者だ」僕は自分を蔑んだ。

 そんなある日のこと。突然、耳鳴りが復活した。僕は喜んだ。懐かしい気持ちになれたからである。僕の人生は耳鳴りと共にあった。耳鳴りのない人生は、僕の人生ではない。そんな時だった。耳鳴りが意味のある言葉を発した。(我々はずっと君に通信を送っていた)「えっ?」(でも君にはその通信の意味が伝わらなかった。なぜなら我々の言語で通信を送っていたからだ)「何なんだ?」(安心してください。我々はあなたたちの言語をマスターした)「?」(今から超能力を授ける通信を送る。その力で、地球を支配し、我々と同盟を結べ。我々は宇宙人である)

 僕がそれから、世界大統領になったのは知っているよね? 知らない? 

 そんなはずはないよ。僕は今、君を八つ裂きの刑に処したところだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

耳鳴り通信 よろしくま・ぺこり @ak1969

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ