そのさん サンクベリーにて


――サンクベリーの一族には近づいてはいけない。


 これは貴族間で共有されている一つのタブーである。

 サンクベリー家に関わってより良い余生を送った人間が居ない。その領地に攻め込めば嵐にあい、政略で持って陥れようとすれば全財産を失い、剣を交えれば槍が降る。おまけに嫌味を呟けばしゃっくりが止まらなくなる。

 数百年の歴史の中で何度サンクベリー一族は陥れられただろうか。全く分からないのは、そのどれもをくぐり抜けて現代に生き延びてきたからである。

 周辺の貴族たちはサンクベリー一族を洞穴から出てきた熊か何かのように、避けることが最善の道だといい加減悟った。

 だが、いまナタリオはそのサンクベリー家が治めるベジェ地方、更に言うなら領主館があるサンクベリー市に居る。

 敵陣のど真ん中であった。


「俺だって特別来たい場所と言うわけではないんだ」

 そう言いながら大通りを歩けば、やたらに活気のある人々の暮らしがあった。下手すると王都より上かもしれない。あくまで活気だけは。

 屋台は道にはみ出てるし、荷馬車はゆうに2階を超えるような過搭載だし、やたらめったらゴミは落ちている。

 この街の男性は長い裾を切り落としたスーツを着用するのが主流であり、なるほど確かに動きやすそうなデザインは非常にこの地に合っていた。

 つまり、ナタリオがフロックコートを着てきたのは間違いかもしれない。

 明らかによそ者といった出で立ちで、好奇の目に晒されている。それ以上に数歩歩くごとに付きまとわれる客引きが困る。

 アレか、ちょうどいいカモと思われているのか。

 他所から来た、騙されやすそうなお坊ちゃんかなんかと思われているのか。

 そんな考えを振り払おうとするが、右から左から聞こえてくる声といえば、

「ちょっと待ってくだせえ、そこの紳士殿。いえなにお時間は取らせません。実はですねえうちは骨董屋なのですが……」

「おやおや! そこの若いの、サンクベリー市は初めてかい? 紅茶はどうだい? 今港から競りにかけられたばかりの……」

 とかなんとかで、やっぱり狙われている。

 ただ、ナタリオは出で立ちこそカモそのものだが、カモには成り得ない経験を積んでいるのだ。

 ップップーッ!!

 間抜けなラッパの音に振り向いてみれば、そこには蒸気自動車があった。

 馬も牛もなしに動くこの最新鋭の乗り物はなかなか珍しい。高価な事もあるが、化石のように頑固者の祖父に言わせれば「何で動いているのかわからない辺り不気味でまともな神経を持った人間が乗るものではない」との事だ。

 実際、同じような考えを持つ人間は多いらしく、蒸気で動く乗り物は年寄り貴族を中心に嫌厭されがちだ。

 ナタリオもどちらかと言うと馬車を好んでいたので、乗る機会はそこまで多くはない。

 だがこうして改めて青空の下で見ると、光り輝く深緑のボディに補色のオレンジが配置されている、派手な割に上品なデザインは魅力的に思えた。

「来るとは聞いてたけれど、本当に居るのね」

 運転席からかけられた声は女のものだった。

 頭にスカーフを巻き、隠すどころがより一層その肩まで切り落とされた髪を強調している、先鋭的な女性。

 彼女はナタリオの悪しき、もとい良き友人シシィだ。

 と、同時にナタリオの婚約者、ということになっている。

 さらに言えば貴族たちを震え上がらせるサンクベリー一族の一人。

「今日は港に船が大量に着いたから辻馬車が捕まらないんじゃないかと思って迎えに来ちゃったわよ。とりあえず隣に乗って」

「ああ、すまない」

 ナタリオは慣れた調子でステップを上がる。

 馬車派であり、大の蒸気嫌いの当主を持つナタリオが蒸気自動車に乗る機会を得ているのは、ひとえにシシィのせいであった。

 彼女は自分の車を所有しており、あまつさえ自ら運転してそこらかしこへ飛び回っていた。

「しかし、良く見つけられたな」

「王都から来る汽車の到着時間は分かってたから。そして、貴方なら絶対寄り道なんてしないだろうと思って、まっすぐ最短距離を走らせたの」

「なるほど、大した推理力だ」

「時間ギリギリだったからペケは置いてきちゃった。アレも載せると速度が出ないのよねえ」

「あの巨体だしな。手紙にも書いたが急な用件が出来てな。手間をかけるが暫く滞在させて欲しい……できれば代金は控えめで」

「まあ! 私が愛すべき友人の身ぐるみを剥がすとでも思ったの? そんな気にしないで、この街一番のホテルに泊まるつもりで払ってくだされば良いから」

「……つくづく、それくらいの要求で助かったよ」

 こりゃ身ぐるみ剥がされるな、とナタリオは諦めた。


 大通りを過ぎるとやがて丘が広がり始める。

 家はだいぶまばらになったが、それでも石で舗装された広い道が広がっていた。

 この先にサンクベリー一族の本拠地の館があるのだ。

 貴族は働かずに住む暮らしを目指す。働かないということは神から労働を免除されていると言う特別な人間の証であり、貴族の特権だと認識しているからだ。もし家人が働いていたるのを見られてしまった場合、一夜にしてその情報は社交界を駆け巡り、王宮から出禁を食らう可能性すらある。

 だが、サンクベリー家の人間はそうは考えない。

 彼らは商いを好む。温暖な海に面した港は発展しきり、そこでやり取りされる商品に力いっぱい関わる。

 これが庶民のために、と言った志で行われているのならまだ救いがあるのだが、彼らは力いっぱい商人たちに吹っかける。

 こっちがハラハラして泣きたくなるくらい恐ろしい場所だ。

 だから今回サンクベリーへ行く必要ができた時、誰も迷わずナタリオに仕事を回した。ナタリオがサンクベリーの娘と婚約関係にあり、しかも、うまくやっているように見えるからだ。

「キミは、俺がどうして来たのか聞かないのか?」

「あら、仕事って言うのは人に言えないことがいっぱいあるものでしょ? だから聞かなくても構わないわ」

 潔いんだかなんだか。

 シシィは恐ろしい相手だが、信用できる人物だ。

「ほら、右見て。新しく馬の牧場を建ててるの。アレは厩舎になるのだったかしら?」

 確かにそこには資材の山があり、人夫が威勢よく働いていた。

「馬車なんて時代遅れと言ってはばからないキミとは思えないな」

「建ててるのはアタシじゃなく叔父様ダケドねそれに、荷運び用じゃないのよ。新しく開拓した交易ルートでとても良い競走馬が手に入るらしくて、馬で一山あってるつもりなのよ」

 確かに古来より馬を使った賭け事は人気だ。

 王都にはいくつもの競馬場が存在している。

「なるほど。それはキミ”達”らしいな」

「どーも」


 その言葉を最後にシシィとの会話は途絶えた。

 緑の丘に時々現れる建物を何とはなしに見て、気持ちの良い風に身を任せる。

 ナタリオに取ってサンクベリーという土地自体は以外に悪くないモノだった。

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サンクベリー一族の娘とその婚約者、ついでのポンコツロボ あきら @akira702

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