第3話
暴力的なほどの寒さによって目が覚めた。
朝焼け。まだまだ早朝だ。
ふらつく足元で蛇口を目指す。清涼感のない水で顔を洗い、うがいをする。
背伸びして手足をぶるぶる振る。
だんだんと意識が明瞭になっていった。
ゴミ箱を覗く。めぼしいものは何一つない。
あ、そうだ。ベンチに目をやる。
やはり、というべきか、奴の姿もなかった。ねぐらか巣にでも帰ったのだろう。
今日の俺には、することがある。教会へ行くのだ。祈りに行くわけではない。
どうにも、無償で炊き出しを行っているらしかった。利用しない手はない。
足取りは軽かった。アメイジング・グレイスなんかを鼻唄で奏でつつ、早足で歩く。神も聖書も、信じちゃいないけど……
教会には既に数十人の列が出来ていた。みすぼらしい格好の男、おそらく全員ホームレスだろう。俺はそこの最後尾に並ぶ。
やがて番が来て、幼児のような手つきで俺はスチロールの碗に入れられた豚汁と、握り飯二つを修道女から受け取る。きびすを返し、あの公園へと歩み出した。
ベンチに腰をどっと降ろし、貰った新品の割りばしを割って豚汁をすすり始める。
すると、案の定、そいつはあらわれる。ベンチの後方にある茂みを揺らし、隙間から抜き出るように颯爽と。
数歩の助走の後二回大きく羽ばたき、ベンチに乗ろうとするも、高さが足らずに地面に落ちた。再度試みるも同じ結果で、三度目の飛翔でようやく、上に登ることができたようだった。
羽根の動きがぎこちない。
もしかしてこいつ、飛べないんじゃないか。そういえば、こいつが空を飛んでいるところを見たことがなかった。
きっとそうだ。だから群れからはぐれてしまって、こうして公園で人間から餌を得て、一羽で何とか生き延びようとしている。
こいつも浮浪者だ。俺と変わらない。
ほらよ。
俺は握り飯を二つに裂き、その中にあったシャケを奴の目の前に放った。
するとそいつは一瞬、じっと俺を見つめると、その場でそれをつつき始めた。くちばしで身をほぐし、口内に取り込む。
豚汁を飲みきり、碗に張り付いたままの半月切りにされたニンジンもついでに恵んでやることにする。箸でつまんで、ぽいっ、と投げる。
そいつは無防備にも羽を広げている。そこにあるであろう怪我や不具合の類いを確認してみようと思い立ち、覗き込む。
これは……?
その真っ黒な翼の内側の隙間に、何かが挟まっている。飛べないのはこれが原因だろうか。
ふと、左手でそいつの腹の辺りを支えつつ、右手で翼を広げてみる。奴は抵抗しなかった。怪訝に首を回している。
湿った紙? 折り畳まれた、白っぽい長方形の紙状のそれが、風切羽に絡み付くように張り付いていた。それを指でつまんで抜き取った。
あ。
すると、そいつは今までの出来事なんてまるでなかったかのように、俺の恵みなどありがた迷惑だった、と言わんばかりに、濁った声で鳴いたかと思うと、両翼を激しく打ち付けたのち、ベンチを蹴って飛び立っていった。
呆気に取られてしまった俺はただ、茫然と上を見上げた。奴は久々の空中の感覚を噛み締めるように旋回し、やがてはどこかに消えていってしまった。
とり残された俺は、手に取った紙を広げてみることにした。ざらざらとした感触で、厚みがある。これは……
福沢諭吉の肖像画。紛れもない一万円札である。
アメイジング・グレイス、驚くべき恩寵。
スカベンジャー・グレイス kafan @yrtgk
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