第2話

 水分の抜けきった弁当をむさぼったゆえに、ひどく喉が渇いた。

食糧とちがって飲み水にはまず困らない。蛇口をひねれば無限に出てくる。でも、なんだか今日は味のついた、欲を言えば炭酸飲料が飲みたい気分だった。口内で弾けるコーラの刺激を想像し、よりいっそう渇きは増した。

ポケットに手を突っ込む。総額にして千円程度の小銭があるはずだ。意気揚々と指で探るのだが、直後絶句することになった。

なんと。ポケットの底に穴が空いていたのだ。むろん硬貨は一枚もない。ふざけんな。あまりの栄養失調ぶりに、そんなことにも気付かなかったのか。

破れかぶれである。俺は自販機の前まで猫背で歩き、下の隙間を覗きこんだ。こういうことはホームレスじゃなくても、みんなやってる。こんな高度な行為、カラスにはできまい。クルミを車が通る的確な位置に設置して、タイヤに轢かせて殻を割るのと、自動販売機の間隙に手を突っ込んで、誰かの落とした小銭を拾い集める行為。どっちが賢い?


 結局、駄目だった。いくら探しても十一円しか集まらない。

溜め息を吐き、観念して蛇口をひねる。不味い水を手で掬って喉に流し込んだ。


 スカベンジャー。掃除者。

腐肉食動物。読んで字のごとく主に死骸の肉をむさぼる生き物、ということだ。ハイエナとかジャッカルとか、基本的になんでも食べるカラスもまた然り。

それと、社会学的には俺もまたスカベンジャーなのだ。ゴミを漁って生活するヤツ、を揶揄してそう呼ぶ。

 ちなみに俺は曲がりなりにも大卒である。それでも路頭に迷うというのだから、シビアな世の中になったものだ。


 もといたベンチに戻ることにする。そこにはいつの間に黒いビニール袋が置かれていて、顔をしかめた――いや、違った。奴だ。

俺と同じ、スカベンジャーである。そいつは縄張りを主張するかのように、狭い木製ベンチの上で、羽毛で脚を隠すようにして座り込んでいた。

なんだか俺はそれを追っ払う気になれず、隣に躊躇なく腰を下ろすことにする。

そいつは俺の手元に何も食えそうなものが無いことを首を伸ばして確認すると、落胆してそっぽを向いた。……ように見えた。

なんで逃げないのだろうか、俺はそいつを覗き込んだ。犬や猫じゃあるまいし、こんなに馴れ馴れしいのは少し違和感がある。かつてここで誰かに餌付けでもされていたのだろうか?

ほんの出来心から、そいつの胸辺りを指で強めにつついてみる。すると奴はびくっと身体を震わせ、瞬時に立ち上がり、後ずさった。しばらくこちらを警戒するようにくちばしを向けたのち、俺に敵意がないことを認めたのか元の位置へと戻ってくる。

 気がつくと、すっかり日は落ちていた。時計は持っていないから、正確な時刻は分からない。隣のカラスは立って、ベンチ周辺をうろつきはじめている。それを見て俺は、おい、早く帰らなくていいのか、なんて呟いてしまう。街中で暮らしているイメージの強い彼らだが、やっぱり夜は森の樹の枝の上のねぐらで眠るものなのだ。


夕焼け 小焼けで 日が暮れて

山のお寺の 鐘がなる

おててつないで みなかえろう

からすと いっしょに かえりましょ


まぁいいや。俺も寝よう。

パーカーのフードを被ってベンチの下に潜り込む。瞼を閉じると、そんな童謡が頭に浮かんだ。

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