スカベンジャー・グレイス

kafan

第1話

 なぁ。これ、まだイケるよな?

むろん賞味期限は切れているだろうが、外観にも問題はない。


 俺はそのゴミ箱から抜き出したコンビニの弁当箱を掲げると、奴はあからさまにに馬鹿にしたような濁った声で、ホアァ、と鳴いた。

基本的に、カラスは自分より図体の大きい相手に立ち向かったりしない。だから人間と目があったりすれば威嚇したり、もしくは羽を広げて逃げ出すはずなのだが、そいつはなぜが、このゴミ箱そばのベンチの上に鎮座し、ものを漁る俺を凝視していた。見下しているのだろうか。

 試しに眉間にしわを寄せてそいつを睨んでみても、逃げる素振りは全く見せなかった。その黒いくちばしでベンチをつついている。

彼らは人間の顔を識別できるらしい。俺がみすぼらしい風貌してるからって、お前を捕って食う確立はゼロじゃないからな、あんまり調子に乗るなよ、いいな。

 透明な蓋を開ける。半分の豚カツ、ポテトサラダ、パスタに、六割は残っているライスには梅干しも埋められている。勿体ないなぁ。ワンガリ・マータイも呆れることだろう。


 出されたメシを残してはいけない。かつて親父は言った。途上国には食いたくても食えない子供たちが山ほどいるんだぞ、と。陳腐な言い回しだけどそれは間違ってない。

でも、食いたくても食えない奴なんてのは先進国、日本の東京にも腐るほどいることを知った。そのうちの一人になることによって。この揺るぎない事実を親父が知ったら、最悪、衝動的に首を吊られてしまうかもしれない。惨めだ……

 いくつかあるホームレスたちのコミュニティに加われば毎日確実に食べ物は手に入るし、雨をしのぐ屋根だって保証されるのだろうが、共同生活というものがどうにも苦手な俺は、それがままならなかった。


 公園の蛇口で洗って何度も使い回している割り箸で、おそらく「豚カツ弁当」なる商品名であったと思わしき品をつつく。ポテトサラダを掬い、口に運ぶ。味に一切問題はない。ジャガイモの甘みも、キュウリの清涼感も健在していた。

ゴミ箱の中にあったものを食うことに全く抵抗を感じなくなっている自分自身に鼻白む、なんて時期はもうとっくに通り過ぎた。

 そして、食事を始めた俺を見るや否や、そいつは羽ばたきもせずその細い足でこちらに歩みよってきたと思うと、ぴょんと俺の座るベンチの隣にやってきて、弁当を黒真珠のような瞳で睨んだ。捕食者の目である。

危機感を通り越して呆れてしまった俺は、あえて抵抗しないことにした。それをいいことに奴は豚カツを一切れついばむと、そそくさと走り去っていった。

そうそう、お前らのそういう図々しさがホント羨ましいわ。ひとはお前らとは違って、死骸やお供え物を食い散らかす訳にはいかないからな。

 豚カツを噛む。古くなった油が染み込んでいる。雑巾を咀嚼してるみたいだ。

……もちろん、選り好みなんてできない。

梅干しがあるおかげで中毒に対しては多少、安心できる。といっても、そんなものはあくまで気休め以下だろう。でも俺は信じる。プラシーボ効果というやつだ。

弁当を完食し、一息つく。やっぱり足りないな。分け与えるべきではなかった。

カラスといえども野鳥である。むやみに餌をやったりしてはいけない。

というかそもそも、公園に人が住んではいけない。

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